#2 パティとレン

 昨日、いや今日の夕方過ぎまで人生の敗北者だった俺は、少女に転生して勝利者になりました。

 ……と思って喜んでいるところを誰かに見られて、また敗北者に転げ落ちそうになっています、はい。




 声がした方を振り向くと、そこにはスラッとした長身の、中性的なイケメンの青年が立っていた。


 そいつは最初、(転生したことに高揚して)奇声をあげ興奮していた俺を見て、困った顔をしていた。

 けれど、すぐに気を取り直して落ち着いて、俺に確認してきた。


「えっと……君は〈ヘパティカ=プリムラ〉さん、で間違いない?」


 突然そんなことを聞かれても、今世での記憶が今のところ全くない俺には答えようがない。

 ただ、〈ヘパティカ〉という名前に引っかかるものはあった。


 青年は、俺が黙って考え込んでいるのを、自分が怪しまれているからだと思ってしまったようだ。

 だからだろう、続いて自分の身分を明かしてきた。


「僕は〈アザレア=エクスプローラーズ〉のトラブルシューター〈レン=アザレア〉。

 君のお母さんから、出かけたまま帰ってこない君の捜索を頼まれているんだ」


 そう言ってレンと名乗った青年は、自分の身分を証明するためだろう、板のようなもの

俺の知識の中で近いものを言えば、スマホ……の上に紋章のような映像を映し出して見せてきた。


 けれど並べられた単語群にも、映し出された紋章の方にも全く覚えがない。

 なので、俺はどう反応すればいいのかわからない。



――まあ怪しそうなヤツじゃなさそうだ。


 人を見た目で判断するべきじゃないが、疑い始めればキリがない。ここはすぐに身分を明かしたレンの誠実そうな姿勢と自分の直感を信じることにした。


「多分、間違いありません」

?」

「すみません。どうも頭の調子がおかしいのか、記憶が曖昧になっていて……」


 ……相手に『怪しいな』とか思われたんじゃないかと不安になる。

 でも俺は嘘も間違ったことも言ってない。

 後ろめたいことは何もない、と自分の心を落ち着ける。


「分かりました、ヘパティカさん」


 レンとかいうヤツも俺を疑う様子はなかった。


 ……ふと、レンが言った俺の名前が正しい事を思い出せた。

 ついでにもう1つ、思い出したことがあった。


「あっと、すみません。私のことは〈パティ〉と呼んでもらえますか?」

「パティ?」

「私のあだ名です。〈ヘパティカ〉だと堅苦しい感じがするので」

「ああ……」


 俺は『ヘパティカ』というのが『女の子の名前にしては可愛くない』と感じた。

 ぼんやりと思い出したこの世界での〈パティ〉の過去でも、この世界の俺パティは、そう思っていたようだ。しきりに周りに「パティと呼んで」と言ってあだ名を広めていた様子を思い出せた。

 転生前と後で感性が同じのようで安心した。


 ……けれど、『問題解決に即活動』なのアグレッシブさは転生前の俺とは真逆だと思った。



「ところでパティさん、『魔除け』はどうしたんだい?」

「魔除け?」


 レンが近づいてきて、俺の首筋の方に手を伸ばしてきた。

 何をするのかと驚いたけれど、レンは俺の首筋に引っかかっていたものを取ろうとしただけだった。


「あ……」


 そんなものが首に引っかかっていたとは。

 それは首飾りに使われるような細い鎖だった。


「――千切れているね」


 冷静なレンの言葉に、俺はぼんやりと思い出す。


 そういえば確かに、家を出る時の記憶では、俺は魔除けを着けていた。

 しかし何者かに襲われて、逃げる最中に千切れてしまった。そこまで思い出した……のだが。


 ――ちょっと待てよ。? ? 何に? 何から?



 俺が考えていると、レンは俺の体をジロジロと見てきた。

 少し恥ずかしい。


「――。膝、怪我をしている様だね」


 レンに悪意はないようだった。ゴメン。

 でも膝の怪我は、俺も気づかなかった。


「痛くはないよ」


 そう言ったのだけれど、レンは聞いたか聞いていないのか怪我をした部分に両手をそっと当てた。

 するとその部分に淡い光が生まれて、包み込んだ。

 レンが両手を離すと、そこにもう怪我は見当たらなかった。


「魔法!?」


「……この辺には魔物モンスターが出る。魔除け無しだと危険だ。早く家に帰ろう」


 レンは俺の問いかけに答えず、辺りを警戒するように見回しながら提案してきた。


 それにしても『魔法』だの『魔物』だの。

 ただ転生したんじゃなくて『異世界』に転生したことを認識できた。嬉しい。……のはいいんだけれど。

 魔物なんて第三者として見る分にはいいけれど、今の俺は当事者で、しかも、どうも普通の華奢な女の子だ。たしかに危険極まりない。


 ここはレンの言うことに従って、ついて帰ることにした。

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