第7話 道化師、気に入られる
グレンさんの勧めで、まずは風呂に入ることに。
確かにずっと風呂に入っていなかったし、昨晩は大変な目にあって満足に水浴びもできなかったから、これは嬉しかった。
さすが貴族といった浴場で、とにかく広い。とにかく大きい。とにかく豪華といった感じ。
古代ローマ時代を題材にした映画でしか見たことないよ、こんなお風呂。
湯船で十分に疲れを取り、初老の執事──レイヴンさんが用意してくれた新しい服に着替えた。
「クラクモ様。ご当主様が、是非お食事をと」
「ありがとうございます。ご相伴にあずかります」
この世界の料理か……メイドさんが作ってくれたスープ以外では、初めて食べるな。
この世界の絵画や美術品が並んだ、豪華絢爛な廊下を歩く。
どうやら、地球に通じる感性があるらしい。世界レベルの審美眼を持つボクからしても、目を奪われてしまう。
「珍しいですかな?」
「はい。どれも素晴らしいものばかりで。特にグレン様の肖像画。製作者の愛を感じられます」
「ほっほっほ、よくおわかりで。あちらは奥様が趣味で描かれたものでしてな。ご当主様の1番のお気に入りでございます」
「なるほど、どうりで」
自分の主が褒められて嬉しいのか、レイヴンさんは朗らかな笑みを浮かべる。
でも……なんだろう、こっちの絵は。
グレン様の肖像画に並んで飾られている、髑髏の絵画。心臓を突き刺した槍を掲げ、勝ち名乗りを上げているようにも、嘆いているようにも見える。
筆のタッチはエレナ様そのものだ。だけど、絵の雰囲気がまるで違う。
「レイヴンさん。こちらの絵もエレナ様が?」
「はい。こちらは1ヶ月ほど前に描かれたものです。あの時の奥様は、まるで絵画そのものに取り憑かれたような気迫を感じました」
「そう、ですか……確かに、えも言えぬ怖さがありますね」
こう……強い想いというか……そんなものを感じる。
いったいどんな想いでこれを描いたんだろうか。……気になる。
廊下を進みながら、レイヴンさんとあれこれと美術談議に花を咲かせること数分。アーデラル家の食堂に着いた。
レイヴンさんが扉を開けると、中から食欲をくすぐるいい匂いが漂ってきた。
すでにリリナたちは揃っていて、食卓を囲っている。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。美術品の素晴らしさに見とれてしまいまして」
「なに、構わぬよ。あれは私のコレクションでね。苦労して集めたものを褒められるのは、気分がいい」
本当に嬉しいのか、グレン様が満足気にうなずく。
よかった、どうやら好感度は高いみたいだ。
席につくと、傍に控えていたメイドさんがそれぞれのグラスに飲み物をそそぐ。
この香り、地球で言うところのワインに近いだろうか。
「それでは、ミチヤ殿との出会いに」
「「出会いに」」
グレン様の言葉に続き、リリナとエレナ様がグラスを掲げる。
ボクもグラスを掲げると、みんなにこやかに笑ってくれた。
「では、いただくとしよう」
グレン様が手を上げると、メイドさんが食卓に並んでいる料理を取り分ける。
今日は肉料理がメインなのか、結構ガッツリ目な食事だ。
見たことのない料理だけど、どれも美味しそうだな。
皿に盛ってもらった肉を一口食べる。
「ん……お、美味しい……!」
塩気も抜群で、地球では食べたことのないスパイスが肉の風味を引き立てている。
少し独特な感じもするけど、ボクは好きな味付けだ。
ボクのリアクションを見て、エレナ様が笑いかけてくれた。
「ふふ。ミチヤさん、お気に召しましたか?」
「はい、とっても……!」
「それはよかったです。実はそのお肉、私が作ったものなんですよ」
「そうなんですか? こんな素晴らしい味付けのお肉、初めて食べました」
「あら、お上手ですね」
エレナ様は嬉しそうに頬に手を当てる。
これはお世辞でもなく、本当だ。素晴らしいの一言につきる。
「エレナ様は芸術だけでなく、お料理もなさるのですね」
「ほうっ。ミチヤ殿、あの絵の素晴らしさがわかるか……!?」
ワインを嗜んでいたグレン様が、ボクの言葉に前のめりになる。愛する妻の絵が褒められて、嬉しさが隠せないみたいだ。
「はい。本日見せていただいた芸術品の中で、グレン様の肖像画だけ、飛び抜けて製作者の愛を感じられました。レイヴンさんから、エレナ様が描かれたものとお聞きしまして」
「うむうむっ、よくわかっているではないかっ。あれは5年前に描いてくれたものでな。今でも私のお気に入りだ」
ワインを飲む手が止まらない。そんなに一気に飲むと、酔いが早いと思うんだけど……。
「あ……そうだ、エレナ様。ひとつお聞きしても?」
「はい、なんでしょうか?」
「グレン様の肖像画の隣に、髑髏の絵が飾られていましたけど……あれはどのようなテーマで描かれたのですか?」
「あぁ、あれですか……」
エレナ様もワインに口をつけ、困ったような表情を浮かべた。
グレン様も、リリナも、微妙そうな顔をしている。
え。ボク、何か聞いちゃいけないこと聞いちゃった……?
少し困惑していると、リリナが口を開いた。
「ミチヤ様、あの絵画ですが……実はお母様もわからないものなのです」
「……わからない?」
「1ヶ月ほど前、お母様が一晩で描きあげたものなのですが、お母様はそれを覚えていないと……」
覚えていない……? どういう意味だろうか、それは。
エレナ様を見ると、眉をひそめてうなずく。
「屋敷の者は、私が描いている姿を目撃しています。でも私自身、あれを描いた覚えはないのです。気味が悪く、燃やそうとも思ったのですが……」
「ダメだダメだ! エレナが描いた絵を燃やすなんてできるはずないだろう!」
「……とまあ、旦那様がこう言うので」
だから飾ってあったのか。
確かにあれは気味が悪かった。燃やさないにしても、飾る必要はないだろうに。人の趣味はそれぞれだけど。
「まあまあ、良いではないか。それより、本日は宴だ。パーッとやろうではないか!」
グレン様は頬をほんのりと赤くし、豪快に笑う。少し酔っているみたいだ。
そうだな……あの絵画のことは気になるけど、せっかくもてなしてくれているんだから、今は料理に集中しよう。
俺もワインを一口飲み、アーデラル一家とともに有意義な時間を過ごした──。
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