7-2



「――美月!!!!」



「――ッ!!」

 ハッ、と、美月は目を覚ました。水を切り裂く声がした。誰かが、自分の中に土足で図々しく、入ってくる。それが不愉快で、でも、安心して。

 何故だろう。わかっていた。自分は水の中になんていない。真っ暗なのは、目を閉じたから。息が苦しいのは、自分で呼吸を止めようとしたから。

 分かっているのに。


 どうして今目の前が、潤んで、霞んで、見えないのだろう?


「……け……」

 声が出ない。声まで掠れてしまったようだ。本当に、困る。こちらに手を伸ばす影が見える。そのことに、安心する。

 本当に、困るくらい、安心する。

「蛍太ぁっ……」



「美月!!!!」

 俺はとある部屋に飛び込んだ。というのも、とても厳重そうな扉で、いかにも「ラスボスがいます」的な雰囲気を醸し出していたからだ。その割に鍵とかかけてなかったし、かなりガバガバな警備だったが……夜の言う通り、あいつらはそんなに頭が良くないらしい。

 中に入った俺の目にまず映ったのは、何やら手術台のような所に寝かされる美月だった。次に、美月一番の近くに立つ“キグルミゾク”の姿。

 そこからの俺は、早かった。道を開けと言わんばかりに俺は水鉄砲を構え、美月に真っ直ぐに進んでいく。あっという間に美月の所に辿り着くと、俺は彼女の顔を覗き込んだ。

「美月……」

「……あんた……」

 美月の瞳は、潤んでいた。そしてその瞳には、安堵の色が浮かんでいる。……とりあえずは無事そうで、俺はホッとした。

「……遅い」

「は?」

「待ちくたびれた」

「この女……人がせっかく……」

「!! 後ろ!!」

 そこでふと美月が大声を出す。何だ、とは聞かなかった。俺は振り返りざまに水鉄砲を構え、放つ。俺に手を伸ばしていた“キグルミゾク”に水はクリーンヒット。俺の頬を、冷や汗が伝う。……あっぶねぇ……。

「ゆっくり話すのは、また後でみたいだな!!」

「ね、ねぇ。こっからどうすんの!?」

「とりあえず……っ。お前のその拘束をどうにか解いてから……」

「あ、そこのボタンで解除できたはず」

「そーだよなガバガバだよな知ってた」

 俺は何とかあいつらの隙を突いて美月の方に体を向き直し、言われた通りボタンを押す。すると美月を拘束していたベルトはあっさり引っ込んだ。……額を抑えたくなってくる。もうちょっと……こう、なんか……工夫を凝らした方がいいと思うんだが……いや、乗り込む側としてはすごく助かるけど。

「美月、立てるか!?」

「う、うん、平気」

「よし、行くぞ!!」

 俺は立ち上がった美月の手を掴む。その時、美月の手首が目に映った。……跡がついていた。抵抗した跡だって、すぐにわかって。

「……ねぇ……?」

「……何でもねぇ」

 戸惑ったような顔をする美月に、俺は何とかそう返す。代わってやれたら。そう思うが、俺には何も出来ない。とりあえず、今出来ることをしねぇと。

 俺は今度こそ、美月の手を引いて走り出した。



 一方その頃、一人残された夜は。

「……思ったよりだっっっっれもここ通んないな……いや……来てほしいわけでもないんだけどね~……。……」

 はぁ、と夜はため息を付く。いい加減、寂しくなってきた。先程からこの場には夜の独り言しか響いていない。ちなみに何故喋っているのかと問われれば、「眠気防止」である。

 本日何度目かのため息を付いて、視線を宙に投げる。考えるのは、自身の従兄弟のこと。

「……蛍太、上手くやってるかな~……」

 一人で行かすなど、少し前の自分なら卒倒していただろう。自分が行けば確実に安全……というわけではもちろん無いが、自分の目が行き届かない範囲にいるということは、どうしても不安だ。

 ……しかも昨日は、「目の届く範囲」にいたのに、失敗したばかりだ。

「……」

 それでも。

 きっと、いや、絶対大丈夫だ。絶対上手くいく。

 何故だか、そんな確信があった。

 ……彼の凛とした瞳から、そんな確信が芽生えてしまったから。

「……これで蛍太に何かあったら、僕おじさんに顔向けできないなぁ……顔の輪郭変えられちゃうかな~……いや、命取られるかも……」

 おじさん……蛍太の父親のことを考え、そんな独り言をぼやく。でも、甘んじて受け入れるべきだと、思い直して。

「……今僕に出来ることは、信じることだけだ」

 自身の従兄弟、そして、可愛らしい少女のことを考える。お互い口を開けば喧嘩ばかりしていて、でもそれが「喧嘩するほど仲がいい」であるということを、夜は知っている。

 またあの二人の、そんな様子が見たいから。

 ただ、信じて、祈るだけ。

「……ぁっ、いけない!! 目を閉じたら駄目だ寝ちゃう~っ……」

 うっかり祈りながら寝落ちしかけた夜は、いっそこの水鉄砲で、顔面に水をぶっかけてやろうかと考える。そして本気でやろうと夜が引き金に指をかけた、その瞬間。


 ガッシャン!! と遠くから大きな音が響き渡った。


「ほぁっ!? ……な、何!?」

 思わず一人で情けない悲鳴を上げ、誰にも聞かれてないよな……と思いながら一回辺りを見回す。そして再びここに誰もいないことを確認してから、夜は音の方に目を向けた。その音は……こちらに近づいてきている。

 一体、何が起こっているのか。夜は先程まで自分に向けていた水鉄砲を構え直す。いざという時が、来てしまった。蛍太にはああ豪語したが、本当に自分に対処は出来るだろうか。……いや、やるしかない。

 冷や汗を流す。汗で滑りかける水鉄砲を、握り直してから。

「……ッ!!」

 曲がり角から先に飛び出し、銃口を向けた。相手は何人か、水は足りるのか、自分で本当に対処できるのか……そんな不安が一気に頭の中を駆け巡り、吐き気がする。しかし夜は、しっかり瞬きをして目の前の景色を捉えてから……。

 目を、見開いた。

「……君は……!?」

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