Day7

7-1

 生意気な女だと思っている。

 口は悪いし、態度はでかいし、性格が最悪。……笑った顔は、割とかわいい方だと思うけど。

 まぁとにかく。……俺がそんなあいつのためにこんなに動くとは、初めて出会ったときは、全く予想していなかった。

 ……美月。

 お前は今どこで、何を考えている?



「……」

 俺は誰に起こされるわけでもなく、目を覚ました。何度も瞬きをして意識を覚醒させ、それでも眠気を吹き飛ばすには足りなくて、俺は頭を数回、犬のように振りまくる。……目の前の景色に見覚えが無いことに首を傾げたが、次いですぐに思い出した。

 確か昨日は、美月が連れ去られて……それで雛都を家に送った後、俺と夜は捕らえていた“キグルミゾク”二人組に……“キグルミゾク”のアジトを、聞き出したのだ。

 そして俺たちは今、無事に侵入に成功し、このアジト……敵地のド真ん中で、一晩を過ごした、というわけである。

「……ああ蛍太、起きた?」

「夜……お陰様で、ぐっすり……」

「そっか……それは、良かった……ふあ……」

 俺の言葉に笑い返したものの、夜はとても眠そうに欠伸をした。……この調子だと、一晩中起きて見張っていてくれたのだろう。……俺のために。

「夜。当番制にするって約束だっただろ、何で起こしてくれなかった」

「何でって……」

 そう言って夜が目をそらすものだから、俺は眉をひそめた。……何だよ。

「どれだけ起こしても蛍太が起きないから」

「………………」

 ……自慢じゃないが、俺は眠りが深いタイプだ。確かに……目覚まし時計は最低でも五個必要だし、結局起きれなくて、学校に遅刻しかけたこともしばしばだ。いや、もう普通に遅刻している。俺はしばらく黙ってから、絞り出すように言った。

「……すまん……」

「まぁそれは冗談として」

「ぶん殴るぞてめぇ」

「僕が行くより、蛍太が行った方が上手く行くと思ったからさ」

 顔を上げた夜。その目には大きなクマが出来ていて。……普段から10時には絶対寝る夜にとって、夜通し起きているというのは、どれだけ大変なことだっただろう。わからないけど。

「蛍太が万全な状態にしておこうって」

「……ありがとう」

「まぁ起こそうと思っても起きなかったとは思うんだけどね」

「それは俺も思う。すまん」

「はは」

 苦い顔をする俺の手に、夜は水鉄砲を握らせる。ついでミネラルウォーターを。水鉄砲の補充のため、何より今日は真夏日だ。室内とはいえ、脱水症状の危険がある。そのためのものだ。

「僕はここで待ってるから」

「え?」

「寝不足で動けないし……もしここにあの方々が来たら、何とかこれで対抗するからさ。心配しないで」

 そう言って夜はもう一個の水鉄砲を片手に、ニヤリと笑う。その表情は何というか、夜には似合わないものだから。……俺は思わず、吹き出してしまった。

「何、何で笑うの」

「いや、似合わねぇのと、カッコつかねぇなって」

「酷い!」

 俺たちはしばらくそんな様子で言い合って、それから笑い合う。似合わない表情を、お互い浮かべて。

「……行ってくる」

「……うん」

「美月を連れて、必ず戻ってくるから」

「わかったって。早く行きな?」

 クスクスと優しく笑う夜に、俺はまた口を開く。

「あと」

「うん」

「お前のせいじゃないから」

「……」

 それ以上言うことは無い。俺は、踵を返して走り出した。向かうのは、美月の所。どこにいるかなんて、わかるわけねぇ。でも、向かうだけ。

 ひたすら走って、俺は美月を迎えに行く。

「……蛍太……」

 そして一人残された夜は、小さく、どこか困ったように眉をひそめながら、微笑んで。

「……ありがとう。行っておいで」



 その時、美月は。

 とある場所で、目を覚ましていた。

 まず目の前に広がるのは、自分の顔を覗き込む沢山の“キグルミゾク”の無機質な顔、顔、顔。次に見えたのは、その内の一人が持つ、注射。

 注射の先端、何かの液体が針を伝い、美月の体に落ちた。針の先が光に反射して光る。

 逃げようと美月は身をよじった。しかし、それは無駄なことだった。……美月の体は、拘束されていた。何の素材か、バンドのようなもので手足を拘束されている。美月の力じゃ到底、この拘束から逃れることは不可能だった。そうはわかっていたが、美月は必死に抵抗した。抵抗、しなければ。

 ――自分は一体、どうなる?

「――ッ」

 美月の心を、恐怖が染め上げる。あっという間に全身の毛が逆立ち、心臓の鼓動が耳元で鳴り響く。怖い、怖い。とてもとても。

 ――怖い。

 暴れる美月を、“キグルミゾク”が総出で押さえつける。しかしそんなことにも構わず、美月は暴れ続けた。どうして、どうして自分が、自分だけが、こんな目に。

「暴れるな、安心、しろ。これは、自白剤。生死に関わるモノでは、ない」

「ッ……そんなこと、信じられるとでもッ……」

「ニンゲン、オンナ、オマエはただ、場所を教えれば、いい」

「……」

「オレらについての、資料、ドコへ、やった」

「……」

 美月は、黙る。黙って、そして。

「……知らない」

「……」

「知ってても、教えるわけないでしょ。あれは、お父さんとお母さんの調べた、大事なものだ。それをあんたらに奪われるわけには、いかないんだから。……っていうか、その感じだと……私の身ぐるみ剥いで、私が持ってないかもう調べたんだ? うっわ、無いわー……ありえないんだけど」

 美月はそう言って鼻で笑う。

 怖がるな。

 悟られるな。

 強くあれ。

 笑え。

 必死に心の中で、そう言い聞かせて。


「私は、あんたらに負けたりなんてしない」


 “キグルミゾク”は、誰も何も、言わなかった。

 ただ、説得を諦めたのかもしれない。注射の針の先が、美月を向く。美月は反射的に身を震わせた。強く、あらねば。それでも、当たり前だ。……怖いものは、怖い。

「ッ、やだッ……」

 暴れても、押さえつけられる。注射の針が、刺さり。何かを入れられ。


 まるで、水の中に沈んだような、そんな感覚だった。


 一瞬の出来事だった。その針が刺されただけで、もうどうでもよくなってしまいそうだった。どうでもいいか。なんで私だけがこんな目に? 何日も、怖がり続けて。夜もまともにぐっすり、眠れなくて。そもそも研究をしていたのは両親で、自分ではない。どうして自分が、こんな目に合わなくちゃいけないんだ。どうして、どうして……。


 ……もう、どうでもいいか。


水に、沈んでいく。意識が遠のいていく。一方で、諦めちゃ駄目だと、声がする。強い自分が、呼んで、こちらに手を伸ばす。

見えるよ。でも、もう頑張れない。もう強くあれない。もう十分じゃない。もう十分私は、強くあったよ。……もう頑張れないよ。

 だからこのまま、目を閉じて。

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