6-2

 事の顛末を聞くと、こういうことらしい。

「夜ー、夜ー!! これ!! これを買うのじゃ!!」

「雛都ちゃん!? それ何個目!? 流石に買いすぎ……戻してきなさい!!」

「夜のケチーーーー!!」

「ケチじゃないから!! ていうか僕十分甘やかした方だと思うんだけどこの個数!!」

「五個なんてすぐに消えてしまうじゃろ!! 最低でも十個はないと駄目なのじゃ!!」

「わーんお金持ちの思想怖いよー……」

 お金足りるかなぁ、と財布の中を覗き込む夜。尚も変わらずお菓子を手に譲らない雛都。そんな雛都の手からお菓子を奪い取る影が、一つ。

「こら、夜さんが困ってるでしょ。そのくらいにしてあげなよ」

「むぅ、美月」

「美月ちゃん……ありがとう」

「ところで私はこの高級アイスを」

「戻してきなさい」

 そんなこんな言い合いながら、夜たちは何とか買うものを全てカゴに詰め込み、レジまで向かう。店員が愛想笑いで商品をレジに通していく中、雛都が夜の袖を引いた。

「夜ー。ワシはあっちで待ってるからー」

「ええ? ……駄目。ここにいなさい」

「ヤダ!! 退屈じゃ!!」

「この子はほんともー……」

 外を指差す雛都に、親の顔が見たい、と夜が額を抑えると。

「夜さん、私が見てますよ」

「え……いやいや、そんな」

「そこまで遠くない所で待ってますから」

 ね? と美月が笑う。そんな美月に、夜は。

「んー……じゃあ、お願いしちゃおうかな……」


 その後、人々の悲鳴が響き渡った。現れたのは、“キグルミゾク”。一人や二人、なんてもんじゃない。一体今までどこに潜伏していたのか、沢山の“キグルミゾク”が現れ、美月と雛都を囲った。

 夜が出来た人混みをかき分け、その渦中の中に辿り着いた時。

 そこには真っ青になって腰を抜かした雛都しかおらず、美月の姿はおろか、“キグルミゾク”の奴も誰一人、いなかったという。

 騒ぎに乗じて夜は震える雛都を連れ、何とかここへ帰ってきた、ということらしい。



「ごめん」

 夜が、酷く冷静な顔で告げる。

「あの時僕が、無理矢理にでも僕の傍から離れさせなければ」

「……わ、ワシ、が、」

 すると夜の背中にまるで蝉のようにしがみついた雛都が、小さく震えた声で告げた。

「ワシが、あっちに行きたいとか、言ったから」

「雛都ちゃん……雛都ちゃんのせいじゃないよ」

「ちがう、ワシのせいだ。だって、あの時……」

 雛都の瞳から大粒の涙が零れだしたのは、その時だった。ダムが決壊したごとく、溢れて止まらない。雛都は必死に涙を手の甲で拭いながら続けた。

「あの時……っ、ひぐっ、怖くてっ……、そうしたら、あいつらがっ……ワシに手を、伸ばしてきて……そしたら美月が、ワシの前に立って……」


 逃げて。


 そう言って、笑って。


 俺も夜も、言葉を失った。夜の後ろで、雛都の涙は止まらない。夜は黙って、その頭を撫でた。

 ……美月……どんだけ強いんだよ、お前は……。

「……誰が悪いとか、そんなこと言ってる場合じゃねぇよ」

 きっと、誰も悪くない。いや、正確に言えば、“キグルミゾク”の連中が悪い。あいつらさえいなければ、ただの平凡な夏休みなのだから。

 ……それでも、事は起こってしまったのだから。つべこべ言っている暇は無い。

「作戦を早めよう」

「蛍太……」

「更に作戦の中に、美月奪還も追加する。美月奪還が最優先で、“キグルミゾク”をぶっ倒すのは、出来たら、ってことにしよう。……異論は?」

 俺の言葉に、夜も雛都も何も言わない。無言は、肯定の証だ。俺は車の中から作戦書を引っ張り出すと、追加で色々書き込んでいく。誰も何も言わない。空はあんなに晴れ渡って、爽やかなのに、ここはこんなに重苦しい空気だ。

「……ワシは……行かない」

 すると雛都は、涙混じりの声で告げる。俺がそちらに目を向けると、雛都は罰悪そうに俯いていた。申し訳なさそうに、目をそらして。……何で、とは、聞かなかった。

 俺と夜は視線を交差させ、頷く。

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