5-3
「あんたさ、怖くないの?」
その日の晩、何だか眠れなくて車の外でボーっと空を眺めていると、後ろからそんな声が聞こえた。誰だなんて、聞くまでもない。美月だった。
「……寝ないのか?」
「そっちこそ。……ていうか、先に質問したの私」
「……」
「怖く、ないの?」
美月はもう一度、念を押すようにそう言う。俺は空を仰ぐ。星の見えない、東京の空を。
「……怖くはない」
「……上手く行く確信が、ある?」
「……ある」
「俺を信じろ?」
「なっ、いつの発言蒸し返してんだ!!」
3日前です~、なんて美月は笑って答える。今の美月の、俺の発言を蒸し返した言葉、全部謎の声真似付きだった。くっそ、むかつく……。というか今冷静になって考えると、だいぶ恥ずかしい!!
美月は俺の隣に座る。家が燃えたせいで風呂になんて入ってないのに、何だかいい香りがした。……女の子って不思議だ。
そう意識すると、何だか落ち着かない。変な気分だ。どうすりゃいい……。
「……あの時、ちょっと、楽しかったなぁ」
「……」
美月の瞳が空を映す。美月の綺麗な瞳の中に、東京のくすんだ空がある。
視線を美月から空に戻し、俺は呟いた。
「……怖くないというか」
「うん」
「……まだ何となく、現実味がない」
「……うん」
「俺はお前と違って、“キグルミゾク”……あいつらの恐ろしさなんて、何もわかっちゃいねぇんだと思う。そいつらと戦うって決めたけど、実感が、無い」
こんな生半可な気持ちだと、怒られるだろうか。一瞬そう思ったが、その思考は、次の美月の発言でどこかへ行った。
「良かった」
「……良かった?」
「うん。……あんたが怖いもの知らずじゃなくて良かったなぁ、って」
わけが分からず、俺は首を傾げる。怖いもの知らず。そっちの方がいいに決まっている。俺があいつらの恐ろしさを理解したとき、俺はどうなるのか、わからない。だからこそ、怖いものなんてない方がいい。
俺がそう言うと、美月は首を横に振った。
「あった方が、私は嬉しいよ。……私と一緒なんだな、って、安心できるから」
「……美月は、怖いか?」
「もちろん。怖いよ」
怖い。もう一度、美月は呟く。ただその顔は笑っていて、空に浮かぶ月がその輪郭を淡く映す。
……何だっけ、無性に、あの文が頭の中に、浮かんでくる。
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。
……蛍はねぇけど。
「ねぇ」
「何だよ」
「ありがとう」
美月を見つめる。美月は俺を見つめ、笑っていた。
「あんたがいてくれて、良かった」
「……」
その表情に、何も、言葉なんて出なくて。
「……あ、そ……」
「何、照れてんの?」
「てっ、照れてなんてねーよっ!!」
「えー、怪し」
俺の反応に、美月はクスクスと笑う。馬鹿にするように。……くっそ、ほんと、調子狂う……!!
「あ、ねぇねぇ。花火やろ。夜さんの車から見つけたんだ」
「はぁ? あいつ、そんなん積んでたのかよ」
「みたいだねー。ライターもあったからさ。ほら、火つけよ?」
「んな勝手に……ま、いっか」
美月がライターを手に持ち、火が灯る。花火の先にそれが伝染すると、光が弾けて、輝いて。
その後もしばらく俺たちは、花火で遊んで、それが終わったら眠くなるまで空を眺めながら、他愛もない話をするのだった。
その日は、夢を見た。
夢ってやつは、浅い眠りの時に見るものであるらしい。俺は眠りが深いのか、普段夢は見ないタイプだった。なのに夢を見たということは、この日は何か特別だったのかもしれない。
『いや、たすけて……!!』
『美月……!!』
やめろ。
そいつを連れて行くな。
頼むから。
そいつを悲しませるな。そいつを泣かせるな。絶対に、笑っていてほしいから。
だから。
行くな。
行くな!!
美月!!
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