Day5

5-1

「“キグルミゾク”を倒そう」

 俺がそう言い放つと、三人の瞳が一斉に俺に集まった。一人はその顔に「何言ってんだ」と書いており、一人は俺の真意を探るような瞳をしており、最後の一人は面白おかしそうに表情を輝かせていた。

「えっと……蛍太、何言ってんの?」

「言ったままだ」

「いやそうだけど」

「美月の持ってた書類? によると……あいつらはこの地球に、7日間しかいられない。それ以上いると、徐々に体の穴という穴から血を出して死ぬらしい」

「エキサイティングじゃの!!」

「選ぶ言葉本当にそれで良かったの~?」

「俺たちが初めてあいつらを見たのは4日前。……ということはつまり、最低でもあいつらがこの地球にいられるのは、今日含め3日だ」

「……はい」

 そこで夜が小さく挙手をした。だから俺は、どうぞ、と手を差し出す。すると夜はゆっくり立ち上がった。そうされると、まるで教師にでもなった気分だった。

「その予想が正しいとして、僕たちがほっといてもあの方々は勝手に明後日、帰るわけだよね? わざわざ『倒そう』となる理由は?」

「よくぞ聞いてくれた。……確かにそうかもしれないが、そうなるとまたあいつらがこっちに戻ってきて、また美月を狙う可能性がある。……いや、ほぼ確定だ。あいつらの執念深さ、お前も見ただろ。7日間終わったから帰って、はい残念だったね、となるとは思えない」

「……確かに、そうだね」

 夜は俺の考えに納得してくれたようだった。しかし、でもね、と続けてくる。

「『倒そう』、には反対させてもらうよ」

「……」

「蛍太も見たでしょ? あの頑丈なロープを、怪力でちぎったんだ。僕たちじゃ、間違いなく歯が立たない。……その7日間が終わるまで美月ちゃんを守る、庇う、って言うなら、喜んで協力するよ。でも、そこまで積極的に行くのには、頷けないな」

「……」

 俺と夜は、しばらく睨み合うように見つめ合う。美月と雛都がそれを固唾を飲んで見守る中……あ、いや、雛都は小声で「修羅場か!? 修羅場なのか!?」と騒いでいた、うるせぇ。……とにかくそんな中、先に口を開いたのは、俺だった。

「……夜なら絶対、そう言うと思ってた」

「……」

「初めから、夜に同意をもらえるとは思ってなかったよ」

 俺はそう言って笑う。すると夜はどこか不満げな瞳で俺を見つめていたが……やがて、はぁ、と言って目をそらした。

「……分かるよ。止めても、どうせやるんでしょ。ついでに言うと……上手く行く確信も、あるんだよね」

「ああ」

 夜の言葉に、俺は迷わず頷いた。そう、確信がある。

 きっと、いや、絶対大丈夫だ。絶対上手くいく。

 何故だか、そんな確信があった。

「……だったら止めるだけ無駄だよ。好きにすれば?」

「夜……ありがとう」

「ただし、僕は何も口を出さないし、本当にやばそうなときは遠慮なく止めるよ。力づくでもね。それが、僕の役割だと思うから」

「……わかった」

 夜のその真っ直ぐな瞳に……大人としての視線に、俺は少しばかり緊張しながら頷いた。こういう時、夜はどこか強い。

 分かったのなら、どうぞ勝手に。僕は車の整備でもしてるから。とどこか投げやりな言葉で、しかし全く投げやりではない口調で、夜は車の方に向かう。それを横目に、俺は美月と雛都を見つめた。

「で、お前らは?」

「ワシはもちろん」

「参加だろ聞かなくてもわかるわ。言わなくていい」

「最後まで言わせんか!!」

「美月、お前は、どうする?」

「……」

 美月は俺の視線をはぐらかすように俯く。俺は何も言わなかった。……正直ここで、無理、とか、嫌だ、とか言われても、仕方ないとは思っていた。だって美月は、俺ら以上にあいつらを……“キグルミゾク”のことを知っている。昨日の口調的に、両親の死に様も……その目で見たのだろう。

 美月の気持ちを考える。恐ろしくてたまらないだろう。自分の命も、次の瞬間にはどうなっているかわからないのだ。

 だから。


「……やるよ」


 それでも美月は、強かった。

 美月は顔を上げ、俺のことを真っ直ぐに見つめる。その瞳に、ヤケになっているだとか、自暴自棄になっているだとか、そんなことは一切なかった。ただ、真っ直ぐだった。真っ直ぐで、真剣だった。

「……いいのか?」

「いいよ」

「……本当に?」

「しつこい」

 美月が俺を一睨みしてズバッと言い放つ。それに尻込みしてしまって、俺は口を閉じた。

「さっきあんたも言ってたでしょ。確かに最低でも明後日まで耐えれば、あいつらは帰るかもしれない。でもその後は? ……次いつ来るかもわからない。それを震えて、怯えて暮らすなんて……絶対に嫌」

 美月はそう言って、自分の左腕を右手で掴む。そして、強く握りしめて。

 その手は、小さく震えていた。

 それに気づいた俺は、何か言おうと一回口を開いたが、何も言えず、ただ呼吸をして、口を閉じる。何か言葉を掛けてやれるほど、俺の中に適した言葉は存在しなかった。

「……そうと決まったら、作戦でも立てるか」

「作戦!! 本格的に『ぽく』なってきたのぉ!!」

「本格的に『ぽく』って何よ……」

「何か秘密結社っぽいじゃろ!!」

「それじゃ俺たちが悪役みたいだろ。何か他にいい言葉ないのか」

「無い!!」

「「早いな……」」

 そんなことを言い合いながら俺たちは、あーだこーだと、案を出していく。雛都ではないが……確かにこれは少し、いやかなり、不謹慎だが、どこか楽しかった。



 車の点検をしていた夜は、ワイワイと盛り上がる蛍太たちを、真顔で見つめる。

 しかししばらくするとはぁ、と盛大なため息をついて、呆れたように笑う。

 まぁ、いっか、という言葉は、誰にも届かず消えた。

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