4-2
「話してあげる」
美月が突然そう言いだしたのは、昼ご飯のカレーを作ろうと、夜が野外炊飯をしている時だった。「こんな夏に、しかも外でカレーかよ」、というツッコミはどうか心の中にしまっておいてくれ。そのツッコミは数分前に俺たちで済ませている。
さて気を取り直して、美月だ。カレーをよそう皿を片手に、嫌に真面目な表情で述べる。
「……あいつらのこと」
そう言って美月が目配せしたのは、言わずもがな、あの着ぐるみを被った二人組だ。夜通し外に放置したが、ピンピンしている。体力が落ちている様子も、腹が減っている様子も……全く無い。一体全体、こいつらは何なのか。……ようやくわかるのか。
夜はしばらく話を聞こうとじっとしていたが、じっとしていたらご飯が焦げることに気が付いたのか、またご飯をかき混ぜ始める。それを横目に、美月はゆっくり口を開いた。
「……まず、あいつらの名前は」
固唾を、飲む。
「“キグルミゾク”」
「……」
「……“キグルミゾク”……」
「……それは……何ともまぁ、ふざけた名前だな……」
「まぁこれ、人が勝手につけた名前なんだけどね」
「……何かすまん」
この名称つけた人、マジごめん。
「……それで、あんたたちも何となく察してると思うけど……あいつらは、人間じゃない。……地球外生命体、らしいんだよね」
「……本当にいよいよ……戻れないところまで来た、って感じだなぁ~……」
「地球外生命体……ロマンなのじゃ!!」
「……それで、その“キグルミゾク”とお前に、何の関係が?」
俺の問いに、美月は小さく頷いてから答える。
「私のお父さんとお母さんが、こいつらの研究をしていたらしいの。……表には出ない、日本の秘密組織、お父さんとお母さんは、その研究員、極秘のエージェントだった」
それで、と、美月は述べ、そこで急に言葉が詰まる。何かを言おうと口を開き、そのたびに閉じ、苦しそうに、その眉を歪めて。……美月の頬を、一滴の汗が流れる。
「……私の両親は……“キグルミゾク”に、殺された」
「……!!」
誰もが、息を呑んだ。あの雛都でさえ、口をつぐんだ。
『っ……ひぐっ……なん、で……どうして、お父さっ……お母さんっ……!!』
あの言葉に、全てが込められていた。美月の両親は、もう……。
俺の脳裏に、俺の父さんと母さんの姿が浮かぶ。いつも夏になると、俺の自由研究を手伝ってくれる父さん。少しずる賢くて、でも優しい母さん。
二人が俺の前からいなくなるなんて……全く考えられない。でも、美月は。
美月は、唇を噛み締めた。強く強く。でも決して、泣かなかった。
「……たぶん、“キグルミゾク”のことを研究してるのが、奴らにバレたんだろうね。奴らは、探してる」
「……何を?」
「これ」
そう言って美月は突然……ズボッと、自分の胸元に手を突っ込んだ。ほぼ条件反射というか、俺と夜は超高速で目をそらす。
「な、何してんだよ!!」
「仕方ないでしょ!! 他に隠し場所がないんだから!! ……ほら、もういいよ」
美月の声に、俺たちは視線を戻す。美月の手には……紙束が、握られていた。それは何だ、と聞く前に、美月は述べる。
「お父さんとお母さんがまとめた、“キグルミゾク”の研究結果」
「……」
「あいつらはこれを欲してる。……たぶんこれを手に入れて、処理して、娘の私もろとも……」
その先は、言わなかった。声に出せなかったのだろう。……当たり前だ。自分の命が、終わるか終わらないかの話なのだから。
夏なのに、寒かった。暑さからではない汗が止まらない。……シンプルに、怖い。俺たちは、脅威を目の当たりにしている。
だが、それと同時に。
……ワクワクしてしまっていた。不謹慎なのはわかっている。でも、胸の鼓動が抑えられない。今まで生きてきてしたことのない体験が、今、目の前にあるのだ。これを、ワクワクせずにどうする。
「……これでもあんたら、私に関わりたいと思うの?」
美月が、真剣な声色で述べる。その声が、小さく震えている。……ここで思わない、なんて言おうものなら、美月は、この表情が、一人ぼっちになってしまう。
だから。
「思うに決まってんだろ」
俺は迷いなく言い放つ。美月の瞳が俺を捉えた。その瞳は零れそうなくらい、大きく見開かれていて。……なんつー顔、してんだよ。みっともねぇ。
「今更ここで途中退場とか、ねぇだろ。ちゃんと付き合ってやる」
「……あんた……」
「ワシもワシもー!! 面白そうだから付き合ってやる!!」
「……あんたは不安なんだけど……」
「僕は」
凛とした声が響く。夜は、告げた。
「考えさせて」
「……はい」
夜は美月と目を合わせなかった。しかし美月は夜を見つめて、頷く。
正直、すぐにでも頷いてほしかった。でも夜は、俺たちよりもっと多くのことが見えているのだろう。真剣に考えていると分かったから、俺は何も言わなかった。
「……ありがとう」
そして絞り出すような小さな声で、美月はそう告げた。その声は、震えている。喜びと恐ろしさが混じっているような、そんなか細い声だった。
「……ご飯、いい感じだね、食べようか」
その声に優しく語り掛けるように、夜がそう切り出した。夜の手元を見ると、そこにはとても美味しそうなご飯がある。そしてそれを見計らったように……俺の腹の虫が盛大に鳴った。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ぷっ」
誰もが黙った後、美月がそんな風に吹き出した。その声が響いて、俺は思わず顔を赤くする。
「笑ってんじゃねぇ!!」
「いや……だって、そんなに盛大に鳴らされちゃったらさぁ……ぷくく……」
腹を抑えて笑いこける美月。すると。
また一つ、腹の鳴る音が。
「……」
「……」
「……ふ」
それは美月から鳴った音だった。なんて事はない。こいつもしっかり腹減ってんじゃねぇか。
「……何よ、笑いたけりゃ笑えばいいじゃない!!」
「いや? 別に? 笑ってなんかねぇけど? ……ククク」
「しっかり笑ってるじゃない!!」
「はいはい二人とも、そこまで~」
今にも取っ組み合いが始まりそうなところで割って入ったのは、やはり夜。俺たちの肩に手を置いて、苦笑いを浮かべている。
「お腹、減ってるんでしょ? 早く食べないと……雛都ちゃんに全部、取られちゃうよ」
「「……」」
俺たちの視線の先、雛都が先に一人で、もりもりカレーを食べ始めていた。しかもペースが恐ろしいほど早い。このままだと、あっという間に全て完食されかねない。
「雛都、テメェ、抜け駆けとかズルいぞ!!」
「お前らが乳繰り合ってるのがいけないんじゃろ。ワシは腹が減ったのじゃ!! 自分の欲求に従ったまでじゃ!!」
「「だから、乳繰り合ってなんてねーーーー!!!!」」
俺と美月の声が重なり、やはり仲良しではないか、なんて雛都が笑う。そんな俺たちを、夜が苦笑いを浮かべて見つめていた。
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