2-4

 俺と美月は勢いよく振り返る。昨日の今日だ。警戒心がとても強くなっている。……そこで現れた新しい奴。もしかして、こいつらの仲間……。

「……」

「……」

「おい、ワシの言葉を無視するな。そこで何をやっておる、と聞いているのだ」

 俺と美月、思わず顔を見合わせる。何故なら。

 そこにいたのは、こじんまりとした、女の子だったからだ。

 ……えっと、小学1年生……くらいだろうか。とにかく小さい。なのにその老人口調。……に、似合わねぇ~……!!

「……ねぇ、あんたが話してよ」

「……は? 俺?」

「……そうだよ。聞かれてるんだから答えるのが、礼儀ってもんでしょ」

「……」

 自分のことは棚に上げやがって。ほんとこの女……。

 俺はため息をつきながら、身をかがめてその女の子と目線を合わせた。

「……えーっと、お前は誰だよ」

「先に質問したのは、ワシじゃ。先にワシの質問に答えろ」

「……」

「ぷっ」

 後ろで美月が吹き出した声がして、目の前の女の子はドヤ顔。……このクソガキどもっ……。

「……俺たちは、こいつらに追われていた。そしたら、この罠でこいつらは動けなくなった。……これでいいか!!」

「……ふん」

 その女の子は俺の横を通り過ぎると、その二人組を見上げた。ふむふむ、と呟きながら、そいつらを360度、ジロジロと眺めていく。……何なんだよ、こいつは。

「……で、俺はお前の質問に答えたんだよ。俺の質問に答えろ」

「……それもそうじゃな」

 俺の言葉に、その女の子は再び俺の方を向いた。

「ワシの名前は、雛都ひなつだ」

「……ヒナツ。お前が、この罠を仕掛けたのか?」

「え?」

 俺の質問に反応したのは、美月だった。こんな子供が。そう言いたいのもわかる。しかし俺は確信を得た上でそう言っていた。……今さっき罠を、そして二人組を見ていた、あの瞳。……確実に、仕掛けた奴の視線だった。

「そうじゃ」

 予想通り、雛都はあっさりそれを肯定し、頷いた。そして再び、二人組に……いや、正確には、自分の仕掛けた罠だろう……に、視線を移す。

「夏休みというのは、非常に退屈な時間だからな。こうして暇潰しに罠を仕掛け、引っかかった奴の反応を楽しんでやろうかと思っていたのだが……とんでもないものが釣れたのぉ」

 そう言うと雛都は、楽しそうにケラケラと笑った。……暇潰しに罠を仕掛けるとか……恐ろしい女だな……俺が気づいたから、引っかからなかったものの……。

「で、そこの生意気坊主と男勝り女子は、こんなところで乳繰り合っていたのか?」

「お前の方がガキだろ!!」

「男勝り女子って何!!」

「「っていうか乳繰り合ってねぇよ(ないから)!!!!」」

「仲良しだな。本当に恋仲ではないのか?」

「「こいつとなんて死んでもごめんだ(ごめんだから)!!!!」」

「……はははっ!!」

 何笑ってやがる、このガキ……。

 俺と美月の目が合い、俺たちは同時にそっぽを向いた。こいつとは、仲良くなんてない。断じて。

「つーか、俺は蛍太。こっちは美月。……つーかこいつらに追われてたって、言ったばっかだろ!!」

「ほう、そうだったっかのぉ。老人だから、そんな昔のことは忘れてしまった」

「……お前、俺より年下だろ。何言ってんだ」

 ほほほ、と雛都は笑う。……何キャラなんだこいつは……。

「……なぁ、お前どうせこいつらに興味ないだろ。こいつらの身柄、俺たちに渡してくれないか」

「ふむ、良いぞ! その後どうするかには、興味ないからな!」

「……あっそ」

 いち早く立ち去ろう。そう思いながら、何かこいつらを縛るものはないかと考えていると。

「……いや、やはり、ワシの条件を呑んでくれたら、許可しようではないか!」

「はぁ?」

 突然意見を変えた雛都に、俺は思わず声を荒げる。一方雛都は、そんな俺に構わず、堂々した口調で言い放った。

「ようわからんが! ワシもお前たちの仲間に入れろ!」

「は!?」

 声を上げたのは、美月だった。また人が増えるの、とその顔に書いてある。全くの同感だった。

「どうせ家にいても暇だし、お父様とお母様は勉強しろと口うるさい! お前らといる方が楽しそうだ!」

「……お前なぁ……言っておくが、こいつらはだいぶやべぇぞ? こんな子供二人を一切息切れすることなく追ってくるんだ。危ないぞ。わかったら回れ右して帰れ」

「やだやだ!! ぜーーーーったいに!! お前らと行くーーーー!!」

 すると雛都は地面に寝っ転がり、両手両足をジタバタとしだした。……老人口調のくせに、こういうところはガキかよ……!! はぁ、めんどくせぇ……。

「しかも今なら!! ちょうど二人分を縛るロープが付いてくる!!」

「テレビショッピングか」

 実際に雛都は、どこからか頑丈そうなロープを二本取り出した。……確かに、これがありゃ助かる。

 俺と美月は顔を見合わす。そして同時にため息をついた。



「はぁ……遅くなっちゃったな。二人とも、喧嘩せず仲良く大人しくしてるかなぁ……」

 夜は大量のレジ袋を腕に、アパートの階段を上っていた。中学生というのは食べ盛りで、正直この量でも足りるか不安だ。しかしひとまずはこれでいいだろう。そう腹をくくりつつ、家にいる二人を心配して。

「ただいまぁ~……」

 そして玄関の扉を開き。


「あーーーーっ!! 美月!! 押すんじゃねぇ!!」

「うっさいなぁこのド下手くそ!! そこ退いて!!」

「はははーーーーっ!! ワシが一番じゃーーーーっ!!」


 ゲームをしながら喧嘩をする蛍太と美月。それは良かった。問題は、二人の間で騒ぐ変な口調の女子小学生は誰なのだろう。そして、縄でグルグル巻きにされている着ぐるみを被った二人組。いつの間に捕まえたのか。

 その計5人(3人と2匹?)が、自分の狭い家にぎゅうぎゅうに収まっている。何故。

「……あ、夜、お帰り」

「あ、荷物持ちますよ。夜さん」

「む、お前が家主の夜か!! しばし世話になるぞ!!」

「…………」

 夜は呆然としつつも美月に荷物を渡し、しばらく黙ってから。

「……何事ですか!?」

 そう思いっきり叫び、隣人から苦情が来るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る