2-3
「はぁ……っ、はぁ……!!」
「っ……どんだけしつこいんだよ、あいつらは……!!」
俺は舌打ち交じりでそう声を出す。あの着ぐるみの二人組、逃げても逃げても追ってきやがる。こんなに暑いのに、顔色一つ変えることなく。……いや、顔も見えないのに「顔色一つも変えない」はおかしいか。
……とにかく、逃げ始めてもうだいぶ、時間が経っていた。俺だけならまだ、逃げ切れるかもしれない。でも、美月は?
体力がもうほとんど残っていないのだろう。最初こそ握り返してくれていた手に、もう力が入っていない。俺に手を引かれるまま走っている。そんな印象だった。
「……ね、ぇ……」
「っ、何だよ……!!」
「……あいつらの、っ、目的は、私だけ……だからっ」
「一人で逃げろって!? 寝言は寝て言えよ!!」
美月がその言葉を全て言い切る前に、先回りして俺はそう叫ぶ。こいつは、本当っ……!!
「……くそっ……!!」
あいつらの体力がどれくらいあるのか、俺にはわからない。ただ一つ言えるのは、あいつらより確実に先に、俺たちの体力が尽きる!!
美月を置いていく? んなこと、できるわけない。でも、だったら、どうする……!!
曲がり角を曲がり、裏路地に入ったところで。
「……あ?」
「……?」
突然声を上げた俺に後ろを走る美月が気づき、不思議そうに首を傾げているのがわかる。これは……いや、でも、何でこんなところに……? ……でも、好都合だ。使わせてもらおう。
「美月!!」
「え!? 何!?」
「俺が合図したら、思いっきり飛べ!!」
「……え!?」
「いいから!!」
俺を信じろ!!
ほぼ条件反射のようにそう言って、一方美月は、わかった、と小声で返事をする。それを聞いて、俺は思わず小さく笑った。きっと、いや、絶対大丈夫だ。絶対上手くいく。
何故だか、そんな確信があった。
いち、にぃの、と、心の中でカウントをして。
「……今だ!! 飛べ!!」
「っ!!」
さん!! と心の中で叫ぶと同時に、実際に合図を出す。一瞬遅れて、美月も大きく地面を蹴った。
……ジャストタイミング!!
俺は走るのを止め、立ち止まる。それに伴い、美月も足を止めた。
「ちょ、ちょっと、ねぇ、逃げないとっ……」
「……諦めよう」
もし。
「あいつらがあの仕掛けに気づいたら……な」
「……仕掛け……?」
美月が俺の言葉をオウム返しにすると同時。
俺たちのことを真っ直ぐに追いかけてきていた不審者二人組が……上に吊るし上げられた。
「えっ……ええ!?」
「おー、綺麗にかかったな」
「ちょっと!? 何でそんなに冷静なの!? どういうことか、説明して!!」
「美月、こう見ると文字通り網にかかった犬猫じゃね?」
「聞け!!!!」
美月が大声で俺にそう急かす。俺は目の前でジタバタ無駄な抵抗をする着ぐるみ二人組を見ながら、ほくそ笑んだ。
「誰かがここに罠を仕掛けたんだよ。仕掛けを踏んだらその瞬間、問答無用で吊るし上げられる。そういう仕組み」
「……で、あんたはその仕掛けに、チラッと見ただけで気づいたと?」
「……ま、まぁ、こういう工作、好きだからな」
「照れないでよ褒めてないから……」
「そこは褒めておけよ。お陰で助かってんだから」
「……」
美月はそっぽを向いてしまう。チッ……かわいくねぇ奴。
そう思いつつも俺は、相変わらずジタバタしている二人組に近寄って、そいつらの顔をまじまじと見た。……が、俺に何かがわかるわけもなく。
「……おい、お前ら、何でこんなブスな女を追ってんだよ」
「誰がブスだ!!」
「……」
そいつらは俺の言葉に、ジタバタするのを止めた。そして、こちらをじっと見てくる。……いや、正確に言うと、ぬいぐるみの、目のところを向けられているだけなのだが。……正直怖いから、あまり見ないでほしいし見つめ返したくない。美月の手前、言わないけど。
「……ニンゲン、オンナ」
「……は?」
「……オレたちのこと、知ってる」
「危険、だから、排除する」
「オレたちの世界、平穏、守るため」
「……」
俺は思わず黙ってしまう。……美月が、こいつらのことを知っている。で、こいつらは、その美月を……排除、しようとしている。
……いよいよ、冗談じゃ済まされない話に、なってきたな。
俺の頬を、汗が伝う。それは決して、暑いからだけでは、ないのだろう。
「美月……」
「……」
俺は振り返り、美月を見つめる。しかし美月は、黙って首を横に振るだけだった。……やっぱり、まだ何も話す気はない……か。
「お前ら、そこで何をやっておる」
するとそこで路地裏に、新たな声が響いた。
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