2-2
朝ごはんを食べた後、夜が「近くのスーパーに行く」と言って、家を出た。どうやら、食べ物はもともと二人分きっちりの貯蓄しかないらしく、更に、何か緊急事態があった時のために、軽くて胃に貯まるもの……要するに、健康補助食品を買いためておくそうだ。まあ、昨日のあれがあったら、そりゃ警戒するよな。
そして家に取り残された俺と美月。俺には夜から洗い物の任務を任され、すると美月が、手伝う、と自分から言った。
というわけで俺たちは今、横並びになって一緒に洗い物をしている。
「……ねぇ」
「……何だよ」
「もっとしっかり水切ってよね。布巾がびしょびしょになるじゃん。てか全体的に雑……ねぇ、これ油汚れ付いてんだけど。もっとしっかり洗って!!」
「あーうるっせぇな!! じゃあお前がやれよ!!」
「ええいいですよー。その代わり、お皿拭きはしっかりやってね」
そう言って俺たちは、立つ場所を入れ替える。今度は美月が皿洗い係、俺が拭く係だ。
すると俺に文句を言っただけあって、美月は丁寧に、そして素早く、皿洗いをこなしていった。その手際に、思わず横で見ていて惚れ惚れしてしまう。
「……何見てんの」
「……見てねぇよ」
「あっそ。……早く仕事してね」
はい、と美月がよく水を切った皿を差し出してくる。文句を言っていただけあって、よく切られていた。俺はそれを受け取って、布巾で拭く。
確かに水がよく切られていると、拭きやすかった。
皿洗いも終わり、俺は手持無沙汰で、夏休みの宿題を机の上に広げていた。今やっているのは、自由研究。……正確に言うと、自由研究の案を考えていた。
というのも俺は毎年この自由研究で、工作をしている。小学生の時はエンジン付きペットボトルロケットから始まり、去年は本格的なロボットを作成した。父さんにも手伝ってもらい、それなりにクオリティの高いものも作れたと思う。……だから、俺は。
その時、視界の端で何かが動いた。いや、動いたというか、この家の中で今動くのは、俺と、美月しかいない。そして俺の動きは、俺の目には映らない。
要するに、美月が動いた。
ゆらりと立ち上がり、ふらふらと歩いて。何だ、便所か? なんて思っていると。
「……」
「……っておい、美月!?」
キィ、バタン。そんな無情な音が目の前で響く。つまるところ、美月が家から出たのだ。一切何も言わず、さりげなく。まるで、元からそうする予定だったかのように。
「おい……! ってぇ!?」
立ち上がった拍子に、俺は思いっきり机に膝をぶつけた。おまけに麦茶を入れていたコップが倒れ、自由研究をまとめていた紙がずぶ濡れになり、床も濡らした。コップは欠けた。まるで死ぬ直前、「最後くらい誰かに迷惑をかけてやりたい」という、ある意味生命力の強い迷惑野郎のようだった。わかりづらい例えか。悪いな。
……って!! どうすんだこれ!? 夜に絶対小言言われるだろ……!!
いや、っていうか、美月が……!!
「……ああああ!! めんどくせぇ!!」
俺はもうキャパオーバーだった。夜、ごめん。と心の中で誠心誠意謝り、そして家を飛び出す。鍵もきちんと閉めた。
美月はちょうど曲がり角を曲がるところで、すぐに姿が見えなくなってしまった。でも方向が分かれば追える。俺は階段を3段飛ばしで駆け下り、美月を追う。これでもクラスの中で足は速い方だ。早歩きで進む美月には、すぐ追いついた。
「おい、美月」
「……」
「なぁ」
「……」
「おいっ、無視すんじゃねぇよ!!」
「うるさいなぁ」
美月が突然立ち止まって振り返ったため、危うく俺は美月に正面衝突しそうになった。あっぶねぇ。
「うるさいって何だよ、お前今、外出たらまたあのやばい奴に追われんじゃねぇの!?」
「……あんたには、関係ないでしょ」
「はぁ!?」
「関係ないでしょ!!」
美月は大声で叫び、俺は口をつぐんだ。それは、美月の大声に気圧されたから……ではない。
美月のその叫び声は、まるで悲鳴のようだったから。
「あんたたち、ほんっと意味わかんない!! 見たらわかるでしょやばそうだって!! なのにご飯とか寝る場所とか貸してくれるし、詳しく聞いてこようとしないしっ……その割に、何も要求してこないし!!」
意味わかんない。美月はそう、小声でもう一度呟いた。
……それって……つまり……。
俺が口を開こうとした、その時。
「いた。昨日の、オンナ」
すぐ近くから、そんな声が聞こえた。振り返ると昨日の、変な着ぐるみを身に着けた、二人組。
……マズい。
俺は反射的に美月の方を見た。……美月は、震えていた。青ざめ、真っ白な唇を震わせ。……恐怖で動けない。そんな言葉が、ピッタリだった。
「……美月!!」
俺は大声を出す。美月の泣きそうな瞳が、俺を捉えた。その弱々しい雰囲気に、思わずどこか落ち着かない気持ちになりながら。
俺は美月の手を取って。
「走るぞ!!」
そして美月は、俺を見つめ返して。
「……うん!!」
返事を聞くと同時、俺は美月の手を引いて、走り出した。
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