Day2
2-1
結局昨日は、夜の家で一晩明かした。リビングに俺と夜、鍵付きの部屋で美月。何でこの配置なんだよ、と夜に聞いたら、「だって知らない人と同じ部屋で寝れる?」と。ぐうの音も出なかった。
そして夜は、来るのが俺しかいないと想定していたから、布団は二人分しかなかった。お陰で俺は、夜と同じ布団で寝るハメになった。まあ、夜がソファで寝ると頑なに聞いてくれなかったため、それよりはマシだ。そう思うことにした。
朝起きて、俺は美月の居る部屋のドアノブに手をかけた。てっきり、開かないと思っていたのだが……扉は抵抗なく、あっさり開いた。そのため俺は勢い余って、部屋の中に倒れ込む。ドサッ、と、盛大な音がした。やっべ……。
「……何してんの?」
「……こっちのセリフなんだが」
美月は全く寝てなどいなかった。窓辺で、座り込んで、ただぼーっとしていた。目の下にはクマがある。たぶん、そんなに寝れていないのだろう。
「お前、ちゃんと寝たか?」
「……寝たよ」
「……あっそ」
そのあからさまな嘘に、俺は深くツッコまなかった。というか、ツッコみ方がわからない。嘘だろ、と、正面から言ってしまっていいものなのか。
美月は眠たそうにしながら頭を搔いている。ぼさぼさの髪だ。風呂に入った後、ドライヤーが無くて乾かせなかったせいか。
「……で、何しに来たの。夜這い?」
「な、ち、ちげーよ」
「何その反応。怪し。うわ、変態じゃん」
「だからちげーって!!」
俺は怒鳴るが、美月はにやにやと笑うだけだった。……昨日は、綺麗な奴だと思ったのに。そんな自分をぶん殴りたい。こいつはブスな女だ。
「つーかもう朝だし、夜這いとは言わねーだろ」
「じゃあ、朝這いだ」
「何だその言葉、勝手に作んなよ。あとちげーって言ってんだろ」
「……だったらほんとに、何しに来たの」
途端に美月の声から、「生気」ってやつが消えた気がした。感情の乗らない、平坦な声。俺は思わず唾を飲み込みつつ答えた。
「……夜が、お前が起きてるか確認して来いって」
「だったらノックするのが先でしょ。馬鹿?」
「馬鹿とは何だ!! っていうか何でお前はカギ閉めてないんだよ!! 警戒とかしないのか!! この馬鹿!!」
「……」
売り言葉に買い言葉だった。俺の言葉に、美月は口をつぐむ。そして、しばらく黙ってから。
「……犯してくれれば良かった」
「……は?」
「貴方たちが、私に手を出してくれれば、良かったのに」
その言葉がどういう意味か、俺にはわからなかった。
ただその言葉が、何となく、美月の本心でないことは、理解できた。だって美月の手、こんなに震えている。
「……馬鹿な事、言ってんじゃねぇよ」
何て言うべきかわからず、結局俺はそれだけ言った。美月は顔を上げる。その顔はとても悲しそうで、複雑そうで、俺は何故か、美月を見つめ返すことが出来なかった。だから、俯く。
「蛍太~……って、美月ちゃん、起きてたんだね。おはよう」
「……夜」
「……おはよう、ございます」
「うん、よく眠れた?」
夜の優しい声色に、美月は何も言わずに、ただ頷いた。それを見て夜は、そっか、と呟く。俺と同じで、美月が嘘を言っていることに気が付いているのだろう。でも、俺と同じで、何も言わなかった。
「朝ごはん作ったから、皆で食べようか」
「朝ごはん、何だ?」
「えっ、ふ、普通にトースト……」
「つっまんな。フレンチトーストとか作れよ」
「料理下手な僕にそんなクオリティ高いもの期待しないでください!!」
俺たちがそういつものように言い合っていると……くすっと、小さな笑い声が聞こえた。そっちを見ると、美月が、笑っていた。
思わず俺たちは、その顔をじっと眺める。美月はその視線に気が付いたのか、恥ずかしそうに頬を少しだけ赤く染め、そっぽを向いた。
「……お、お腹、すきました。……早く食べてもいいですか」
「あ、どうぞどうぞ」
美月の問いかけに、夜は笑いながら答えた。それは美月の表情を笑ったわけではない、そんな純粋な笑みだった。
美月は夜の横を通り過ぎ、リビングへ向かう。それを見送って、夜は再び俺の方を見た。
「蛍太、僕たちも……」
「……夜」
「ん、何?」
『貴方たちが、私に手を出してくれれば、良かったのに』
その声を、その表情を思い出して、俺は。
「……いや、何でもない」
「……そっか」
何かあったら言ってね、と夜は微笑み、俺の頭を撫でる。たぶん、バレてんな、なんて思いながら、俺は頷いた。
そしてまた俺たちもリビングへ向かう。目指すは、焼き立てのトーストだ。
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