1-3
しばらく爆走して、それからどんどんスピードは緩められていった。……そしてそれと同時に、運転席に座る夜の背中が、どんどん小さくなっていくような、そんな錯覚に囚われた。
「……どーしたんだよ、夜」
「いや……夢中でここまで来ちゃったけど……絶対やばいよねあれ!?」
「……確かに、やばそうな奴らだった」
「傍から見たら白昼堂々誘拐、スピードの出しすぎ、いっぱい人居たし、SNSが蔓延るこの世の中、絶対車のナンバー吊し上げ祭り……」
「そっちかよ」
「僕の人生かかってるんですけどぉ!?」
うるさ、と夜の半泣きで言った発言を一刀両断してから、で? と俺は告げた。
「どうしたの、お前」
「…………」
先程から一言も喋らず、全然動かない女の子。瞬きも呼吸もしてはいるが。まるでそうすることが正しいみたいに、車の後部座席でじっとしている。
「ちょっと蛍太、乱暴な聞き方しない」
「でも、夜だって聞きたいだろ。人生かかってまで助けたんだから」
「うーんそれは結果論的な話だけど……まあ、気になる……っちゃ、気になる……」
最初から素直にそう言えばいいのに。
「ってかお前は運転集中しろ」
「はあい……」
夜はどこか不満そうに返事をしながら、視線を前に戻す。俺はそれを確認してから口を開いた。
「俺は蛍太。運転してるのが夜。お前の名前は?」
短く自己紹介を済ませると、そいつは俺と夜、それぞれに少しだけ視線を投げてから、再び視線を自分の膝に戻した。
「……
そしてしばらくしてから、声が聞こえる。危うく聞き逃すところだった。……美月。それが、こいつの名前らしい。
「……そっか、美月ちゃん、君、どうしてあの……人? たちに追われてたか、わかる?」
「夜が『ちゃん』付けで呼ぶとか、犯罪臭すごいな」
「蛍太???? 僕のこと嫌い????」
「……嫌いじゃねぇよ、からかっただけだし」
俺がそう小声で言うと同時に、美月が呟いた。
「……心当たりは、ある」
「そうか。あいつらは何なんだ?」
「…………」
その言葉に俺が聞き返すと、美月は口をつぐんでしまった。……話す気は無い、ってことらしい。言われたわけじゃないけど、何となくわかった。
いやでも、気になる。心当たりがある、と言われて、その心当たりを教えてもらえないとは。生殺し、ってやつだ。
「……あのさ、俺たちはお前を助けたんだ。教えてくれたっていいだろ」
「…………」
「なあ」
「蛍太」
すると夜が、鋭い声で俺を咎める。
「駄目」
「……だって」
「だってじゃない」
夜のその口調に、俺は口を閉じざるを得なかった。……夜はこんな、強い声を出すような奴だったろうか。まあ、昔に比べりゃ気が強くなったもんな。
「……わかったよ」
無理に聞くな。夜がそう言っているのがわかって、俺は聞くのを諦める。でもだったら、どうすればいいんだ。……女の子と話す話題なんて、持ってない。
すると俺のそんな気持ちを察したのか、夜が明るい口調で告げた。
「美月ちゃん、クーラーボックスの中にアイスがあるんだ。……疲れたでしょ? 食べていいよ」
その声に、美月は少しだけ反応した。まるで機械のようにぎこちなく、言われた通りに、クーラーボックスに手をかけて、蓋を開ける。そして。
「……ッ!!」
美月の顔に、初めて感情が浮かんだ。そのことに俺も夜も気づき、思わず驚いたように目を見開く。美月は、震える手で、アイスを一つ、取り出した。ソーダ味の、棒付きアイス。
袋を、ゆっくりと裂いて、その空色が目に飛び込んでくる。すると美月の頬を……ポロポロと、涙がこぼれ始めた。
「っ!? おい……!?」
「っ……!!」
戸惑う俺に構わず、美月はアイスを食べ始めた。一口、一口。その度に、しゃく、しゃく、と音が鳴る。それに合わせるように、美月の瞳から大粒の涙が溢れる。何なんだ、意味がわからない。
「……よ、夜!! 夜が泣かせた!!」
「ええっ僕のせい!? ……み、美月ちゃん、どうしたの!?」
「っ……ひぐっ……なん、で……どうして、お父さっ……お母さんっ……!!」
その言葉に、俺と夜は思わず、バックミラー越しに視線を合わせる。お父さん、お母さん。確かに美月は、そう言った。
美月には、一体何があったのだろう。……俺たちには、何もわからない。聞くこともできない。わかるのは、恐らく美月は不安なのだろう、くらいの、誰でもわかることだ。
「ああああああああああっ……!!!!」
車内にはただ、美月の泣き声だけが響く。
俺たちはまだ、知らなかった。この女の子、美月との出会いが、それは濃厚な一週間を連れて来ていたことに。
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