Day1
1-1
「あつい」
口をついて出たのは、そんな言葉だった。
暑い、とにかく暑い。空から、地面から、とにかく熱気が押し寄せる。おまけにこの人混み。暑い。とにかく暑い。誰もが涼しい顔でこの人混みを歩いて行って。東京のやつらは皆、特殊な訓練でも積んでるのか? 流石都会だな。
俺はホームの端に寄ると、自前のリュックサックから水筒を取り出した。蓋を開けて、キンキンに冷えたお茶を飲む。しかしここまで長旅だったからお茶はもうぬるいし、何よりもう無いに等しい。俺の口に辿り着いたのは、わずか一滴だった。くそ、喉乾いた。必要最低限の金しか持たされてないから、新しい飲み物なんて買えねぇし。
こりゃ、早く
俺はそう決心すると、リュックサックを背負い直して、改札を出るためホームを歩いて行った。
「
聞き慣れた声に、俺は振り返った。そして何とか人混みの中を縫って、俺はそいつのところに辿り着く。
「夜、何でこんなに人がいるんだよ」
「え、何でって、そりゃあ……東京だし……ほら、皆夏休みなんじゃないかな。蛍太と一緒でさ」
「理由とかどうでもいいから、この人混みどうにかして」
「蛍太が聞いたのに!? ……って、僕にできるわけないでしょ、こんな一介の大学生に……」
「イッカイ? 夜、一階に住んでるのか?」
「築30年の賃貸アパートの2階に住んでおります、蛍太さん」
蛍太にはまだ難しいかな、なんて夜は笑った。馬鹿にされている。それくらい俺にもわかって、俺は思いっきり夜のすねを蹴り飛ばしてやった。いったあ!? なんて悲鳴を上げて、夜はその場にうずくまる。人魚座りで。
「……なあ、知り合いだと思われたくないから、早く立ってくんない?」
「蛍太が蹴り飛ばさなければ僕、こんなことになっていないんですけどぉ!?」
はー、とため息をついて、夜は立ち上がる。そしてポケットから何かを取り出した。それは……車のキー。
「それじゃあ、行こうか。蛍太」
「おー」
「あ、後部座席のクーラーボックスにアイス入ってるから、食べていいよ。ここに来るまで、暑かったでしょ?」
「マジか!! やった!! 夜さん、ゴチになるっす!!」
「……ほんと、調子いいんだからこの子は~……」
俺は揺れる車内、ただ淡々と、窓の外を眺めていた。どこを見渡しても、人、人、人。もし「人博覧会」的なモンがあるなら、俺は間違いなく、ここをメインの会場にするね。
……さて、察しがつくかもしれないが、俺は地方からこうして東京まで一人旅行にやって来ていた。目的はここ、単身赴任で東京に住む父に会いに行くためだった。年齢は13歳。中学2年生である。ちなみに誕生日は、6日後。そうしたら俺も無事、14歳になる。
……え? 一人じゃないじゃないか、だって? ……まあ、正確に言うならそうだけど。
「蛍太、もし喉乾いたら、そこのバッグにお茶入ってるから……」
「あー、わかったから、夜は運転に集中して。免許取ってまだ一年なんでしょ。油断して事故とか絶対に起こさないでよね」
「中学生に運転を注意される僕……」
期待に添えるように頑張りま~す……、と弱々しく呟いたこの男、夜は、俺の従兄弟だ。感覚としては、正直本当の兄だと言い切ってしまっても、あまり差異はないと思う。とにかく、気づいた時からこいつは俺の記憶の中にいた。昔は……もう少しおどおどしていた気がするけど、今ではすっかり、俺と軽口を叩ける仲である。
本当は、最初は、本当に一人で行こうとしていた。だって父さんの家までの行き方は知っているし、俺一人のほうが馬鹿になる交通費も抑えられる。何より俺は、もう中学生なのだ。このくらいひとりで行ける。……そう母さんをいくら説得しても、母さんはよほど俺のことが心配なのか、決して首を縦に振ってはくれなかった。「私が行ければいいんだけど、動けないおばあちゃんを一人にしておけないし……」「だから、俺一人で行くってば」「いっそ、行かないっていうのは?」「父さんが可哀想だろ」「そうね……あの人、電話の向こうで泣きそうだわ……」。そんな押し問答を繰り広げ。
白羽の矢が立ったのが、東京の大学に通うために東京で一人暮らしをしていた、夜だった。
母さんが電話をすると、夜はすぐに承諾してくれた。夜は「超」がつくほどのお人よしだから、絶対に断らないと思ったわ、なんて、母さんはおどけて笑っていた。
ついでだから、東京をゆっくり観光してきなさいよ。今まであの人の家に行くだけ行って、東京のことなんて全然知らないんだから、実際に東京を巡ってみなさいよ。それがいいわ。……そんな母さんの一言で、俺の予定表に「父に会う」の他に、「東京観光」の一言も足されてしまった。……恐らく、母さんは知っているのだろう。俺がクラスメートに、「東京は俺の庭だ」と触れ回っていることを……。何故なら地元は、世間が狭い。
ちなみに夜の予定表にも「東京観光」の一言が付け足されたのは、まさに昨晩だった。『え、き、聞いてないんですけど……?』「今言いましたから」『あ、そ、そうですか……』。そんな夜と母さんの会話を横で聞いていた俺は、道連れが一人増えたみたいで、してやったり、なんて思っていた。
電話を切って母さんは一言、流石に悪いことしちゃったわね。なんて言うものだから、俺は思わず吹き出してしまった。最後まで堂々としてりゃいいものを。
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