第45話

 コテージに戻ると日は落ちかけていました。わたしはベッドの上に倒れこみます。


「はあ、疲れましたね……」


 一日でイスハレフびょうを二往復もしてしまいました。帰りがけにデルワダのカーキの魔女に声をかけられ、一体何が起きたのかと尋ねられました。


 当事者はヴェルンですから、なんか言えよという気持ちでヴェルンの顔を見てやりましたが、「ナピに聞いてくれよ。さっき全部ナピに話したばっかなんだ」とめんどくさそうにしていました。わたしもめんどくさかったこともあり、かいつまんで話しました。ヴェルンも桃魔女リーニもフノテンボガと同様に記憶を奪われていたこと。ヴェルンも、桃魔女リーニも、フノテンボガもノイル隊だったこと。ノシリアの素性を割り出すためには今日の追悼式がうってつけのイベントだったこと。そして、ノシリア・ルクヘイデとは、ウタイーニャ家の令嬢の偽名だったこと。今回の騒ぎは戦時のごたごたが原因だった、と完結に説明しましたが詳細は伏せました。その理由として「カイヤクイン伯爵家に関わるお話なので、わたしの口から話すのもはばかられます」と言っておきました。今は宮廷に出入りしている人物が戦時中に裏切りを犯していただとか、ウタイーニャ家の令嬢が古代の遺物をネコババしただとか、そういった話をわたしが告げ口したみたいな形になるのは望みません。


 触らぬ神にたたりなし!


 それで解放してもらえました。なにしろわたしは前日には誘拐ゆうかいされていた被害者ですからね。カーキの魔女、後日話を聞きに行くかもしれないけど今日はゆっくり休めと言ってくれました。実際疲れましたよ。


 ベッドに横になっていると猫のコケモモがやってきました。机の上にひょいと乗っかってちょこんと座りました。


「怪我の具合はどうですか?」

「さっきは助かった。ありがとう」

「いえ、助かったのはこっちです。あの虎が居なかったら守り切れなかったってヴェルンも言ってましたよ。――まだ動かない方がいいですよ」

 猫は毛づくろいを始めました。コケモモは猫のふりに余念よねんがありません。

「お嬢様やメイドたちはどうでしたか」

「メイドたちに怪我はないが、ショックは大きかったようだ」

「そもそもコケモモは、知っていたのですか? 今は何を知っているのですか?」

「お嬢様の作った孤児院に入ったのが二年前。つかえて一年だ。戦争のことは知らない。お前に頼まれてノシリア・ルクヘイデの名前を探していた時も、ノシリアとお嬢様が同一人物だとは思いもよらなかった」

「どうなるのでしょうか……」

「もう動き始めている」

「どういうことですか?」

「そのうちカーキの魔女がくる。おれからもお願いする」

「なに言っているんですか?」

「論点は二つだ。一つは三年前のイスハレフ大隊の内紛。つまり今は宮廷で行政官をやっているシダラやツァズパニの処遇しょぐう。二つ目はお嬢様がテモドート伯爵家の所有物であるアロンの杖を横奪おうだつしたことの処遇。杖のことは今のところはデルワダ分駐所も把握していない。リーニとヴェルンとお前は知っている。シダラやツァズパニやアストラガルス同胞団も知っている」

「それで?」

「ポッセは……、というかお嬢様もだが、三年前のイスハレフ大隊の内紛は表ざたにしたくないようだ」

「そうなんですか?」

「イスハレフ大隊はポッセの原形になっている。エルボアーテ家の人間であるシダラやイスルロード家の食客しょっかくであるツァズパニはノイル隊の一員ではなかったとはいえ、ノイルノイル・イスハレフの意思を継いだという建前でポッセという組織を作るのに尽力じんりょくした。ポッセの正当性が揺らぐような事件を表ざたにすることを望んでいない。三年前の事件が表ざたになり、本当のノイル隊の生き残りが現れて自分こそがノイルの意思を継いでいると主張し始めたら、理屈でその主張をくつがえすことは難しい。それにお嬢様はシダラやツァズパニを通じて中央政府に影響力を持っている。シダラやツァズパニが宮廷から放逐ほうちくされることを望んでいらっしゃらない」

「猫のくせに難しいことを言いますね」

「にゃ?」

「きな臭い話になってきましたね。もみ消すんですか? できますかそんなこと」

「お嬢様が平等主義を推し進めていることは有名だ。だからお嬢様が魔法主義者によるテロの標的にされることに疑問はない。式典でお嬢様が命を狙われたが助かったという物語に嘘臭さはない」

「たしかに。私がお嬢様と知り合ったきっかけもお嬢様にかけられた呪いでしたからね。でも、後に同胞団のメンバーが逮捕されたりしたらどうなるんですか? イスハレフ大隊の内紛も、お嬢様が杖をネコババしたことも知っていますよ」

「同胞団は今のところは秘密組織なので信憑性のある話はできない。せいぜい噂を流すくらいだ。そして今ポッセを掌握しているのはウタイーニャ家、エルボアーテ家、イスルロード家だ。この三家が同じ方向を向いているうちは黒いものも白くできる」

「猫のくせに恐ろしいことを言いますね」

「だからヴェルンとリーニが納得してくれれば、あとおまえが黙っててくれれば、今のところは深く掘り下げないでおくということは可能だ」

「そういうことですか」

「にゃー」


 コケモモは急に猫に戻り、窓の外に視線を移しました。誰か来たのです。コケモモの言っていた通り、それはカーキの魔女でした。カーキの魔女はコテージのドアをノックするので、わたしは「どうぞ!」と言います。コテージに入ってきたカーキの魔女は部屋を物珍し気に見渡しました。ここは相変わらずほこりっぽいコテージです。棚にはハーブの入ったつぼが並べてあり、その棚からは様々なハーブが吊り下げられています。

「ビスカハイト出身のくせに土臭い生活をしているんだな」と、カーキの魔女。

「意外ですか?」

「猫まで飼ってるのか?」

「飼ってるわけじゃないんですけど、仲良くなった野良です」

「猫に外してもらっていいか?」

 とカーキの魔女。コケモモの正体を見抜いたわけでは無いはずです。大事な話をするときは猫を警戒する。危機意識の高さ故でしょう。

「なにか大事な話ですか? 猫がいうことを聞いてくれればいいですけど」

 と、わたしが言うとわたしのベッドで毛づくろいしていた猫のコケモモは宙に浮きました。

「にゃー! にゃー!」

「ああ、痛いことしないでやってくださいよ!」

 こんどは戸が勝手に開いて、猫は外に放り出されました。

「さて……、」とカーキの魔女。「さっき、ナピが詳細を話したくなさそうにしていた理由はわかった」

「はい。触らぬ神に祟りなし!」

「ポッセとしても三年前のノイル隊に起きた出来事は、少なくとも当面は公にしない方が良いという判断に至った」

「はい。ポッセの正当性が揺らぐような事件を表ざたにすることを望んでいない、ということですね?」

「理解がはやいな……」

「わたしは長いものには巻かれるタイプです」

「話が速くて助かる。今日のことは平等主義を推進するウタイーニャ家の令嬢が狙われたテロ事件として発表されることになると思う。公式に発表されること以外のことは何も見なかった、聞かなかったことにしてもらいたい」

「わかりました」

「それともう一つお願いがある」

「もう一つですか? それは予想外です」

「桃魔女はウタイーニャ家に好感を持っているようなので了承してくれた。ナピもあっさり受け入れてくれた。あとはヴェルンを説得したい。付いてきてくれるか?」

「なるほど。でもヴェルンも了承してくれると思いますよ」


 こうしてわたしとカーキの魔女はヴェルンの小屋まで歩いて行きました。

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