第44話

「ナピさん、ルヒカを治してやってください! お願いします!」


 と、必死のお嬢様。お嬢様一行の中心には黒い魔女が横たわっていました。黒い東洋風の魔法衣を着た幼い魔女です。


「見えない! 患部かんぶはどこですか?」


 手探りで患部探しますが煙幕えんまくで患部が分かりません。心臓は動いているが呼吸が出来ていないようです。しゅーしゅー音を立てています。口に何かが詰まっている? わたしは口に指をつっこみましたが噛まれてしまいました。


「誰か風を! 治療が出来ません!」


 私が叫ぶとすぐに風が吹き込んできて煙幕がかき消されました。さすがです。歴戦れきせんの魔法使いが集まる追悼集会ですからね。


 私の目の前に横たわっていたのは黒い東洋風の魔法衣を着た幼い魔女でした。脇腹に血がにじんでいます。


「肋骨が折れてる。肺に穴……? みんなでこの魔女の手足を抑えてください」


 近くにいた五人が手伝ってくれました。わたしは虚空から小刀ナイフを取り出して服を切り裂きました。東洋の魔女の脇腹があらわになります。その小刀で東洋魔女の脇腹を切り裂き、手を突っ込みました。血がどっと吹き出します。その瞬間にシクリーンが悲鳴を上げて失神しました。わたしはかまわずに折れた肋骨を整復しました。それからわたしは立ち上がって杖を取り出し治癒魔法をかけました。緊急事態ですから、もったいぶった手順は省きました。脇腹の傷がふさがったのが見えます。歓声があがりました。わたしはすぐにしゃがみ込み、東洋の魔女が息をしているのを確認しました。


「この子はもう大丈夫です。さっき足を斬られた護衛はどこですか?」


 わたしがそう言いながら立ち上がると、目の前にヴェルンがいました。

「ヴェルン! どうなってますか?」

「攻撃は止んだ。空を飛んで来た魔女は消えた。フノテンボガも消えた。けが人を頼む」とヴェルン。

 わたしの前には続々とけが人が運ばれてきます。みんなけが人の運び方も上手です。

「みなさん慣れてますね……」


 思えば「せろ」とか「北西だ」という声も適切な指示であり、重要な情報でした。みんな戦い慣れているんですね。どう動くべきか分からなかったのは私だけです。


 六人を治療をすると、わたしを必要とする人は居なくなりました。式典は中止になったと聞かされました。ウタイーニャ家はそのまま帰った様子ですが、広場にはまだたくさんの人々が残っていました。北西の森のあたりに何人か集まって話をしています。その中に例のカーキの魔女を見つけました。また、わたしが今いる場所よりすこし南の方の馬車に人だかりが出来ています。ちょうどその方角からヴェルンがこっちに歩いてきます。わたしはヴェルンに駆け寄りました。

「リーニが保護された」とヴェルン。ヴェルンは人だかりの出来ている馬車を指さします。


「本当ですか? 怪我はありませんか?」

「リーニも治癒魔法師ヒーラーだ。心配いらないだろう。すぐにデルワダに搬送されるみたいだ」とヴェルン。

「ちょっと見てきます!」

 わたしはそう言って人のたかっている馬車に向かいました。


 桃魔女リーニが救出された。正直なところを言うとリーニの事は頭から消えていました。なんだか混乱していたし、気がたかぶっていたのです。しかしリーニ救出の報はわたしの心を落ち着けてくれたような気がします。わたしがこの事件に対して積極的に動いていた動機がリーニでしたから。そしてヴェルンは杖がテロリストに渡ることを阻止しようと手を尽くし、デルワダ分駐所の魔女たちはアストラガルス同胞団を逮捕しようと奮闘してくれたのです。


 人をかき分けて目的の馬車にたどり着きます。馬車は四角い幌馬車でした。貴族の馬車と比べると見劣りしますが、わりと馴染なじんでいますね。舟型のコネストーガ型や農作業に使うような荷馬車だともっと目立ったでしょう。

 しかしその中を覗き込んでも誰もいませんでした。


「今の魔女の知りあいか?」

 と親切な紳士が声をかけてくださりました。

「桃色の魔女さんです。見ました?」

「ポッセの馬車で搬送されてったよ。ほら、あれだ」

 そう言って紳士は走り去る馬車を指さします。

「あー、残念です」


 仕方ないですね。つっ立って走り去る馬車を眺めているとヴェルンがやってきました。


「あとで話す機会はあるさ」とヴェルン。

「リーニとヴェルンは戦友だったわけですよね。それなのにお互いを忘れていた……。ヴェルンこそ話したいこととかあったんじゃないんですか?」

「少し覚悟がいる」

 と、ヴェルン。

「覚悟ですか?」

「三年間の夢から覚めたみたいだ。夢の中に居るときは自分だけ置いて行かれたような気分だったが、真相が分かった今、悪くない夢だったような気もするんだ」

「たぶん、フノテンボガも同じ気持ちだったんだと思います。フノテンボガは自分の戦争を終わらせる方法を探している。そう、詩人が言っていました」

「詩人?」

「そういえばフノテンボガはどうなったのですか?」

「フノテンボガの姿は無かった。空を飛んでいた魔女にも逃げられた。剣士の一人は捕まえたがもう一人は死亡した。演説をぶっていた老魔法使いと煙幕を投げていた男も捕まった」

「目的の人物を守れたしアロンの杖を奪われずに済んだし、何人か捕まえられたならお手柄じゃないですか」

「捕まえたのはわたしじゃない。参列者には軍務経験のあるものが多いからな。各々が適切に状況を把握し、敵戦力を分析し、適切に動いた。逆に言えば同胞団にとっては一瞬で勝負を決めるしかなかったのだ。一瞬でノシリアを殺し、霊界から出現した杖を奪って逃げる。それ以外にチャンスがなかったはずだ」

「なんで強引な手に出たのでしょう。むしろ帰りの馬車を狙った方が確実と考えていたはずですが」

「わたしとナピがちょこまかしていたからだろう。私たちがノシリアを特定し、本人も警戒するようになったら杖の回収は難しくなると考えて強引な作戦を決行した。一瞬のチャンスにかけた」

「たしかに怒涛どとうでした」

「しかし、あの虎が居なかったら守り切れなかった。虎はどこ行った?」

「さ、さあ。知りませんねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る