第42話

 さて、馬車を降りたヴェルンと私はすぐに広場にいる人々の顔を見て回りました。まだ人々が集まってくる前という雰囲気でしたが、それでも三十人くらいは居たでしょうか。身なりの良い人々はそのうちの半分で、しかもターゲットは女性だということが分かっています。


 ヴェルンはわたしの手を引っ張るようにして走り回り、「違う」「居ない」と呟いていました。使用人たちや警備要員に何度も身分を尋ねられました。それはそうでしょうね。ここは身なりの良い貴族たちと、ガタイいの良いあらくれ者と、風体のあやしい魔法使いが同居している空間です。わたしたちは風体のあやしい魔法使いです。


「テロリストが紛れ込んでいても分かりませんね……」

「多くのテロリストは実際に戦争を経験してるからな。式典に参加する権利がある」

「桃魔女リーニを連れたレンガ色の魔女は身を隠しているでしょうけど、暗殺部隊はすでに紛れ込んでるということもあるかもしれませんね」


 歩き回る間、ヴェルンはわたしの手を放そうとはしませんでした。やはりノシリアの精神操作魔法を警戒しているのでしょうか、それとも私の身を案じているのでしょうか。すでにいる人々の確認が終わると、わたしたちは今度は到着する馬車を待つために南に移動しました。

「一時間後には式典が始まるそうです。到着する馬車が増えるでしょう」


 私たちは馬車が到着すたびに乗っている人の顔を確認し、使用人たちに怪しまれるという作業を繰り返しました。広場に人や馬車が増えてくると見通しが悪くなり、どれが確認していない馬車か分からなくなってきます。二台、三台で来る一族もあり、貴人はなかなか降りてこないということもあります。


「もうなにがなんだか分かりません」

「取りこぼしても構わない。式典が始まり人々が整列すればまとめて確認できるからな。だが、少しでも早く確認できればそれに越したことはない」


 また二台、馬車が入ってきました。わたしとヴェルンはさっそく確認に行きますが、その馬車から降りてきたのは私の知った顔でした。ウタイーニャ家の執事、キピトイチャでした。


「おや、魔女様方、なにか御用でしょうか」


 とキピトイチャ。ガタイの良い護衛兵も降りてきました。ヴェルンが馬車を覗き込もうとすると、キピトイチャが腕を広げて警戒します。

「こちら、ウタイーニャ家の馬車でございます。カイヤクイン伯とおくさまがご乗車されています」

 とキピトイチャ。奥様を強調したのは、私に例の事は隠してほしいという意味でしょうか。

「ポッセです」わたしは事務的に言いました。「人探しをしていますのでご協力ください」


 と、その瞬間、後方で騒ぎが起きました。わたしはすぐにそちらに目をやります。どうやらどこぞの魔法使いが演説を始めたのです。

「……中央のいう平等……に、他ならない……」

 演説をぶっているのは黒い魔法衣を着た、やや歳のいった魔法使いです。身振り手振りを用いて一生懸命ですが……、しかし声に覇気はきが無い上に人々がざわついていて、ところどころ聞き取れません。

「……真の平等……ノイルの理想…………のは外国勢力……」

 なんとなく言いたいことは分かります。都市部の魔法使い排斥運動を批判しているのでしょう。ヴェルンは先ほど、この追悼式のことを「政治的なもよおし」と言いましたが、その通りなのでしょう。そしてわたしはヴェルンの方を見ました。するとヴェルンは全く違う方向を向いていて、驚いた顔で硬直していました。そして呟いたのです。


「いた……。ノシリアだ」


 私がヴェルンの視線を追うと、その先にはウタイーニャ家の二台目の馬車がありました。私のよく知った人々がそこに居ました。イヨクナお嬢さま、メイド長のルツフェ、メイドのシクリーン、それに護衛兵が一人。つまり……、


「お嬢様が……ノシリア? ヴェルンの戦友だった?」

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