第38話

 さて、ノシリアは指導力を発揮するタイプではなかったとヴェルンは言います。身分を偽っていたことが分かっていますから、あまり目立たないようにしていたのかもしれません。


 ところがこの時、指揮官を失ったノイル隊のわずかな生き残りとともに四方を火に囲まれた八方ふさがりのその場を果断に指揮したのはノシリアだったと言います。ノシリアはその場にいた数名に生き残っている者たちを集めるように言いました。


 ノシリア、枷をかけられたシダラとツァズパニで三人。それからノイル隊の生き残りがヴェルン、桃魔女リーニ、モンガ、イノ、ルノ、ラーメ、そしてフノテンボガの七人。フノテンボガ・エリニハシは負傷して気を失っているところをラーメが見つけました。フノテンボガさん。わたしが最初に記憶を戻したのがこのフノテンボガでした。治癒魔法師の桃魔女リーニが重症を負っているフノテンボガに応急処置を施しますが、フノテンボガはこれ以降ほとんどの期間気を失っていて、モンガモンガ・タリスルノに背負われていたそうです。これで合計十人です。それからヴェルンが枷をはめた刺客の四人も転がっていました。


 刺客の中でも空を飛べるサイコキネシストの三人は状況を打開しうる可能性がありましたが無視されました。後知恵で考えればその理由は底巧みを抱えるノシリアにとって刺客を生かした場合に後処理が面倒になるからです。催眠術師ヒプノタイザーの奥義たる精神操作魔法は信頼関係が必要であり、今まで顔を合わせたことのない刺客たちの記憶を消すことはできない。しかしそれを除いても、刺客には焼け死んでもらわなければここに生き残った者たちの腹の虫が収まらなかったとヴェルンは言います。捕虜にするなら魔法の使えないシダラとツァズパニの方がよっぽどあつかいやすく、取引材料としても価値が高い。


 ノシリアはヴェルンにノイル隊長との別れは済んだかと問いました。心の整理がついたとは言い難かったが、火が迫る中で時間が無いことは分かっていた、とヴェルンは言います。そしてノシリアは知略に優れたシダラとツァズパニに打開策を尋ねたそうです。ノイル隊の生き残り七名と、ノイル隊に協力していたノシリア、裏切者シダラとツァズパニを含めた三人。合計十人が生き残る方法があるかどうかと尋ねました。


 シダラは答えました。

「そこに転がっているサイコキネシストに運んでもらうのが定石だ。わたしたちはそのつもりで作戦を立てていた」


 するとノシリアは言います。

「人数が増えたので不可能だと思いますが?」

「ノシリア、偉そうにしているがこの場を支配しているのはノイル隊のヴェルンだ。ヴェルンとパノミモイ姉妹は小柄だ。ノイル隊の六人を三人のサイコキネシストで運べる可能性はある。ノイル隊はサイコキネシストを事件の証人に使える。ノイル隊でもなければ空も飛べない我々はお役御免だ。どうだ、ヴェルン?」


 しかしツァズパニがシダラのその案に反駁はんばくします。

「証人だと!? われわれの裏切りが明るみに出れば同盟が割れることになるぞ、ノシリア。見てみろ、この状況を。結局のところ英雄ノイルを担いでいたのは貴族の手の物だ。そして貴族は都合が悪くなるとその英雄を殺したんだ。ノイルだけじゃないぞ。ラパラティナを守るために純粋な気持ちで戦ってくれた義勇兵たちを殺したんだ。わたしは彼らの犠牲が多くの人の命を救うと考えたから悪魔に魂を売ったんだ。ここでみんな死のう。私たちがここで死ぬことで多くの人の命が救われる」


 するとノシリアがツァズパニを追及します。

「ツァズパニ、なにか腹案がありそうに見えますが? 打開策があるのですか?」

 なぜノシリアがそう考えたのかは分かりません。しかしノシリアはツァズパニらとは何度も顔を合わせて情報交換をしてきているはずですから、彼の癖のようなものを見抜いていたのかもしれない、とヴェルンは推測します。

「ノイル隊のみんなには申し訳なく思っている」とツァズパニ。「しかしここでみんな死ぬのが最善の策だとわたしは考えている」


 すると今度はヴェルンが口を開きます。

「ここでみんな死ぬ案には乗れない。わたし一人ならば火の中でも生き残れる自信がある」

「なんだと!? いや……、そもそもヴェルン。なぜ生きているんだ……」

「特級錬金術の奥義を……」


 という自信まんまんのヴェルンの返答をノシリアがさえぎります。

「時間がありません、ツァズパニ。なにか策があるんですか?」

 するとツァズパニは観念し、敏速にその場を取り仕切り始めました。

「ヴェルン。アロンの杖はあるな? 杖があるなら策がある」


 するとヴェルンはぐるっと回り、虚空からアロンの杖を出しました。それを見たシダラは「くそっ!」と地面を叩いて歯噛みしたそうです。その杖が見つからなかったがために作戦が失敗したわけですから。


「よし。時間が無い。移動しながら話すぞ」と、ツァズパニ。

 ツァズパニの指示で十人は北に移動を始めました。四人の刺客は置き去りにしたそうです。シダラは去り際、刺客に声をかけました。

「こんなことになってしまってすまない……」


 ツァズパニとシダラは手に枷をはめたまま、モンガモンガ・タリスルノは気を失っているフノテンボガを背負って、十人は森の中を走りました。


「北に五百メートル。少し丘を上ると深い谷があるな? その谷には川が流れている」


 高い木の上の方にはすでに火が回っていて、まるで火のトンネルを走っているみたいでした。燃え落ちる枝はバチバチと音をたて、容赦なく一向に降り注ぎました。木々の間をものすごい熱風が吹き抜けていきます。顔は焼けるように熱く、煙を吸い込むたびに乾いた咳を繰り返しました。火の中でも生き残る自信があると言い放ったヴェルンですが熱さは感じるし、息ができなければ苦しいのです。


「ヴェルン、適宜てきぎみんなに水をかぶせてくれ」とツァズパニ。「いいか、その谷を少し下れば川が蛇行だこうし、そこは窪地くぼちになっている。しかし川の出口は一か所だ。土砂でも石でもなんでもいいのでそこをせき止める。そして水を大量に錬成すればかなりの広さの池になるはずだ。そこに舟を浮かべれば、おそらくこの山火事をやり過ごせる」


 これがツァズパニの策でした。一向が谷を下ると川に出ました。谷はまだ火の回りが遅かったということです。時間的余裕は十分にありそうだったとヴェルンは言いますが、周りはたぶん冷や汗たらたらだったでしょう。こういう場面で時間的見積もりが出来るのは魔法を使う本人だけです。


「あそこだ、あの崖が張り出している場所がいい。高さにして二十メートルは積み上げたい。いけるか、ヴェルン?」手枷をはめたツァズパニが両手を使って指し示します。「二十メートル積み上げるつもりで土台は広く取れ」


 しかしそんな段取りは不要でした。

「この杖は直径二十メートルの一枚岩を出せる」


 そう言うとヴェルンは魔力を一度に圧縮します。その場にいた魔法使いたちは耳鳴りに悩まされたことでしょう。――いや、空間魔法力を吸収するアロンの杖ならば、もしかすると空間魔法圧の影響は軽減されるのかもしれませんね。


「ヴェルン、無茶は禁物です」ノシリアが言います。「その後に大量の水が必要なんですよ」

「問題ない」

 とヴェルン。実際涼しい顔で巨大な一枚岩を錬成し、川をせき止めたそうです。その瞬間から水位は上がり始めました。少し問題があるとすれば舟でした。ヴェルンは舟を錬成できないのだと言います。橋も作るし、その気になれば街を一個造ってしまえそうなヴェルンが舟を造れないというのですからわからないものです。ヴェルンは出来ない理由を説明したそうです。


「石の舟なら出来る。石はわたしの得意な素材だからな。しかし木製の舟というのは、確かに原理は単純かもしれないが、何枚もの板が隙間なく……」

「もういい!」ツァズパニはヴェルンの言い訳を遮りました「いかだで良い! 丸太と縄を出してくれ!」


 ヴェルンが筏を錬成すると、その場にいた十人は筏に乗り込みました。重症を負っているフノテンボガは意識を失ったまま横にされ、筏から落ちないように縄でつながれました。それからヴェルンが大量の水を錬成すると、小さな池はどんどんと水位を上げていき、森を飲み込んで大きな池になったそうです。そうです。わたしがシクリーンと一緒にルビアを採集したイワダレ池です。


 こうしてツァズパニの奇策は上首尾に終わったそうです。

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