第37話

 森の火が村へと燃え移り始めていました。礼拝堂を包囲していた隊員たちも一人、また一人と安全な場所を求めて散っていきました。彼らは山火事を突破できる場所を必死に探しましたが、みんな焼け死んだことを歴史が記録しています。


 残るは礼拝堂の中の人質と礼拝堂を囲っている四、五人だけとなりました。刺客はもちろん戦闘に長けていますから、戦力差がここまで縮まれば彼らは包囲を突破し、空を飛んで逃げることが可能です。刺客はじっとその時を待っていたのです。対称的に空を飛べないノイル隊はみんなそこで焼け死ぬしかなかったはずですが、状況を打開できる魔法使いがそこに現れました。――そう、ヴェルンです。


 ヴェルンが礼拝堂にたどり着いた時、礼拝堂を囲う隊員達は礼拝堂に火をつけようとしているようでした。「どうせ燃えるんだ。道連れにしてやる」と言う声が聞こえたそうです。立て籠っている刺客たちは包囲さえ解ければ空を飛んで逃げられるはずですから、隊員たちがそれを許さなかった気持ちは分かりますね。


 しかしヴェルンが礼拝堂に近づいたちょうどその時、礼拝堂の入口から勢いよく演台が飛び出してきて、入口をふさいでいた男にあたり、男は吹き飛ばされました。立てこもった連中は今が強行突破のチャンスと見たのでしょう、礼拝堂の中からは次に机が飛んできて、入口に張っていた魔女を吹き飛ばしました。すると間髪いれずに入口から飛んで出てきたのは杖に乗った魔法使い達でした。三人が次々に飛び出して来ました。


 その強行突破の瞬間にたまたま現場にたどり着いたヴェルンは、ほとんど反射的に大理石を錬成してその魔女達の足に鎖で繋ぎました。飛んで逃げようとしていた魔法使いたちは見事に墜落し、無力化されました。次に体格のいい男が剣をかまえて飛び出してきたので、ヴェルンはほとんど反射的に大理石を錬成してその大男の突進しを受け止めたそうです。大男は失神し無力化されました。その四人は見たことない人間でした。内通者が外部から引き込んだ者たちだったのです。


 次に礼拝堂からゆっくり歩いて出てきたのが、シダラシダラ・リカーリーニーとニコーヘ・ツァズパニ・ケルサンでした。シダラとツァズパニはノイル隊長の参謀をつとめていた人物です。有力貴族の食客しょっかくでしたがノイル隊の支援を命じられていた人物だそうです。ヴェルンも彼らをノイル隊の一員とは認識していなかったといいます。シダラ、ツァズパニのどちらも男で魔法は使えないか、ほとんど使えないと考えていいレベルだったと言います。


 シダラはヴェルンを見ると驚いた顔をして呟いたそうです。


「ヴェルン、生きていたのか……」


 シダラは腰の短剣に手をかけたが、すぐに諦めてその場に崩れ落ちました。ツァズパニもため息をひとつ吐いて空を見上げました。ヴェルンはこの二人が内通者だったのだと悟りました。その場にいたモンガモンガ・タリスルノ、イノイノ・パノミモイ、ルノルノ・パノミモイがシダラとツァズパニを拘束しました。彼らの計画は失敗しました。彼らの敗因はヴェルンが死ななかったことです。


 すると礼拝堂の中からフードマントのノシリア・ルクヘイデと桃色の魔女のリーニリーニ・モチモーマがとても疲れた顔で出てきました。ヴェルンが「隊長は?」と尋ねると、ノシリアはゆっくりと首をふり「死んだ」と答えたそうです。ヴェルンは「嘘だろ! 誰がやったんだ!」と叫び、ノシリアに掴みかかりましたが、桃魔女リーニがヴェルンを制止しました。ノシリアは「もう時間が無い。お別れをしてあげて」と言ってヴェルンを礼拝堂に促しました。


 ノイル隊長は礼拝堂で確かに死んでいた、とヴェルンは語りました。ノシリアはノイル隊長が「死んだ」とは言いましたが誰が殺したかは言いませんでした。もちろんノイル隊長の一番近くにいて信頼されていたシダラかツァズパニのどちらかが殺したのは疑いありません。しかしノシリアはたぶん、この時点で事件の隠蔽いんぺいを考えていたんだと、ヴェルンは言います。


 実際に記録された歴史ではノイル隊はただ壊滅したことになっています。皇帝が退位し、ノイルが死んだことで内戦のひとつの段階が終わりました。同盟と皇帝派双方の貴族たちは内戦を続けることによってウコタンポポ帝国の国力をいたずらに消耗することを嫌い、停戦に合意しました。和平合意、内戦の終結に向けて尽力したのは、ノイル隊の参謀として亡きノイルの意思を継いだ――ことになっている――シダラとツァズパニだったのです。戦場で主導権を握っていたのはノイルたち武装勢力ですが、停戦、講和となると実務を取り仕切れるのは貴族たちだったという悲しい現実がありました。しかしそれは悲しいながらも最良の選択でした。大衆の熱狂は必ずしも国を良くしないというものまた悲しい現実だからです。


 しかし記録された歴史と、実際にその場に居たヴェルンの経験した史実は違ったのです。史実の通り、有力貴族が送り込んだ参謀二人の裏切りによって大衆から人気のあるノイル隊が壊滅したと歴史に刻まれていたとするならば、ことはそう簡単にいかなかったでしょう。そうなればモニュマハイトの有力貴族たちが真っ二つに割れていたはずですから。さらにノイルの後継勢力、ラパラティナ主導派、マギクラシー勢力、平等主義勢力、皇帝派。火種はいくらでもありました。


 裏切りもののシダラとツァズパニは英雄ノイルを殺すことで同盟側の勢いをそぎ、熱狂を冷まし、世論を停戦、講和に向かわせるためのきっかけにしようとしたのでしょう。彼らは皇帝派の中の講和派勢力とも連携していたはずです。なにしろ皇帝の退位と、ノイルの戦死のタイミングが見事に噛み合いすぎています。


 貴族出身でノイルの補佐を努めていたノシリアは、ノイル隊長を殺すなどという大胆な発想はもってはいなかったものの、おそらく、このときに知った彼らの目標には共感できたのです。ノシリアは帝国をひとつにまとめたままで内戦を終わらせたいと思ったのです。うまいこと立ち回ってシダラとツァズパニを無罪放免し、今回の企てを成功したように見せることで、理想的な形で内戦を終わらせるという目的は達成できるのではないかと、ノシリアは考えた。どの道もうノイルは殺されてしまって居ないのだがら、して内戦の泥沼化を待つより、出来ることをしようと割り切ったのかもしれません。しかも、催眠術師ヒプノタイザーの才を持っている自分ならば、そしてその場に自分の魔法力を補ってくれる可能性のあるヴェルンがいるならば、それが出来るのではないかと考えた。


 ヴェルンは言います。「許せないが、ノシリアの選択は正しかった」と……。三年が経っていて、結果が見えているからそう思えるのでしょう。ヴェルンが現代史の本を夢中で読んでいた理由もここにあるのかもしれません。自分たちの悲劇が人々の安寧につながっていると信じたかったのかもしれません。

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