第35話
「フノテンボガ・エリニハシ、リーニリーニ・モチモーマ、ノシリア・ルクヘイデ。この三人をわたしは知っている。そして、わたしはサイサロン事件の時にサイサロン村に居た……。そうだ。自分が若かったので遠征に連れて行ってもらえなかったというのは作られた記憶だ。わたしはあの時サイサロン村にいた。アロンの杖は……ノシリアだ。しかし、直後にわたしは気を失っている。その後……。そもそもが三年前の記憶なんだ。魔法に関係なく曖昧になってきている部分があるのだと思う。思いだしながら話させてくれ」
ヴェルンはそういうと、お茶を一口飲み、少し考えをまとめてから話しはじめたのです。ところがこの話が全然まとまっていませんでした。時系列が行ったり来たりします。それも仕方のないことで、このいわゆるサイサロン事件の中でヴェルンは二回気を失っています。目が覚めたときの状況から判断して、自分が気絶している間にこういうことがあったのだろう、という話し方をするのです。その、あっちに行ったりこっちに行ったりする話をどうにか最後まで聞いた私は、ようやく全体像が掴めてきました。サイサロン事件の真相が。
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最初は取るに足りない部隊に過ぎなかったノイル隊は始めは森の中で戦っていたそうです。ラパラティナ公と同盟関係にあるプジャージン公が送りこんだ三十人足らずの部隊でした。開戦当初はモニュマハイトの街は中立を宣言していたのでほとんど全ての反皇帝派勢力は森で活動していました。ノイル隊の当時の拠点はヴェルンが森の中に作った要塞でした。その要塞がどうやら一部人々の間で話題になったようです。ノイル隊と合流する義勇兵も出てきて少しずつ人数も増えました。その中にフノテンボガ・エリニハシも居たようです。
フノテンボガ・エリニハシは魔法力は弱かったが、剣術や格闘術に長けていました。フノテンボガには彼の気が合う仲間が居たし、ヴェルンはプジャージン出身者のグルーブでまとまることが多かったのでそれほど親しいわけではなかったそうです。
やがてノイル隊の元にノシリア・ルクヘイデがやってきました。すらっと背の高いモノトーンの魔女だったそうです。しかし大げさなフードの付いたマントを羽織っていたので顔の印象は薄いとヴェルンは言います。
ノシリアは有力者の
ノシリアはこの要塞を作ったのは誰かと問い、ヴェルンが名乗り出ると、ノシリアはヴェルンの杖を確認しました。杖を見ればヴェルンが並々ならぬ魔法力を秘めていることが分かったはずです。アロンの杖を扱うには周囲の空間魔法圧を一定以上に保てるだけの魔法力が必要です。ヴェルンは適格でした。そしてノシリアは言いました。
「モニュマハイトを要塞化してほしい」と。
それからノシリアはノイル隊とともに行動するようになりました。ノイル隊の一員だった桃魔女リーニリーニ・モチモーマがノシリアと意気投合し、ともに行動するようになったそうです。これはヴェルンが後に知ることですが、ノシリア・ルクヘイデは貴族でした。身分を隠してモニュマハイト方面の勢力と接触を持っていたのです。そこまでは思いだしたものの、どこの家の者かは未だに分からないとヴェルンは言います。
同盟側にも皇帝側にも
ノイル隊の若き錬金術師ヴェルンは、並の魔法使いではもてあますほどの高出力を誇るアロンの杖を持たされ、馬車に乗せられ、モニュマハイト――当時は今よりもずっと小さい街でしたが――の外縁を一周させられ、ひたすら城壁を作ったのでした。
カーキの魔女はヴェルンが独力で一夜にして街を要塞化したように言っていましたが、あれは少し大げさなのでしょう。街の方にも入念な仕込みが行われていたそうです。要塞化の下準備だとは思われない程度に、妙に頑丈な建物が立っていたり、地形を最大限利用した要塞化の段取りを全て整えてもらっていたそうです。アロンの杖を用いることで魔力を増幅できるとは言え自分の魔法力には限りがありますから。
要塞化と同時にモニュマハイトは反皇帝の旗を掲げるようになりました。モニュマハイトは皇帝派の支配地域の中に孤立した都市であることは間違いないのですが、国境が近いことと森が近いという地理的な要因から、補給はかろうじて維持され続けました。経済面で支援する街の有力者たちと、防衛のために街に立てこもる武装勢力と、森で自由にゲリラ戦を展開する部隊とで連携してモニュマハイトの街は守られました。
その戦いの中で、思惑の違う諸勢力が――理想の国家像は違うが反皇帝という一点だけで一致してバラバラに戦っていただけの諸勢力が、少しずつノイル隊を中心にまとまり始めていました。ノイルノイル・イスハレフはたしかにカリスマ性があり、軍事的才に恵まれていました。しかし、諸勢力をまとめるために
ノシリアが有力者たちを説得し、有力者たちはそれぞれが支持している武装勢力を動かしたのです。桃魔女リーニは低級魔法使いです。ノシリアは
モニュマハイトは孤立無援のまま抵抗を続け、注目を集めるようになると、有力者たちはノイルノイル・イスハレフを英雄化して抵抗運動の象徴として
ノイル隊はプジャージン出身の義勇兵という枠を超えつつありました。参謀らの思惑通り、ノイルは英雄となりました。モニュマハイト方面の諸勢力がひとつのイスハレフ大隊としてまとまっていく時、自分たちが世界が変えているような高揚感の中に居た、とヴェルンはいいます。それと対称的に皇帝派の抱えていた不協和和音のようなものがモニュマハイトにまで伝わってくるようになったそうです。防戦一方だったモニュマハイトですが、この頃から反転攻勢のチャンスを伺うようになります。
しかし皮肉なことに反転攻勢の気運がラパラティナ側の不協和音になり始めてもいたのです。開戦まえの状態を回復できればそれで満足だった勢力にとっては望ましくない雲行きでした。戦争の長期化を予感させる出来事でした。開戦から二年。同盟側にも、皇帝派にも
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