第33話

 コテージに帰ると作業台で猫を待ちながらなんとなく状況の整理をしていました。同胞団が杖を探しているという説、ヴェルンは確信を持っていたようです。実際そう考えると謎がひとつ解けます。反政府武装勢力が要人を襲撃するというなら疑問はありませんが、今回狙われたのは私だったり、低級治癒魔法師だったり、存在もあやふやな特級催眠術師メスメリストですからね。たしかにつじつまが合いますし、仮説とはいえ敵の目的がはっきりしてきて良いですね。


 作業台で悶々と考えたり、干したハーブをひっくり返したり、食事の用意をしたりしていると猫が戻ってきました。にゃー、と鳴いて去っていきましたが郵便受けに謎の手紙が入っていました。謎の手紙にはこうあります。


◆ イスハレフ廟の石碑にノシリア・ルクヘイデの名前がある

◆ いちごだいふく

◆ 今日は用事があるのでお前の面倒を見てやれない。危ないことはするな


「いちごだいふく……」

 "いちごだいふく"とは何でしょうか……。皆目かいもく見当もつきません。特に意味のない呪文でしょうか。猫の世界に存在する結びの挨拶でしょうか。いやそんなことより……、イスハレフ廟の石碑にノシリア・ルクヘイデの名前がある? つまり……

「ノシリア・ルクヘイデは死んでいる……。サイサロン村の事件で死んだってこと?」


 わたしは乗合馬車でイスハレフ廟に向かいました。コケモモの情報を信じないわけではないけど、もう一度碑を見ておいた方がいい気がしました。気になる名前があるかもしれない。


 イスハレフ廟につくと、普段は人気のないはずのイスハレフ廟が意外と騒がしいことに気が付きます。人々があつまり、開けた場所になにか台を作っています。


「なんでしょうね……」


 わたしは廟のドームに向かい、その前においてある石碑を確認します。ずらっと並ぶ名前を辿たどって行くと、ほとんどが魔法使いの名前ですが、たまに不佞ふねいの名前が混じっています。よくある名前もあれば、あまり聞かない名前もあります。しかし北方によくある名前が多いようですね。


「ノイル隊はプジャージン出身者が中心の部隊だったと聞きましたからね」


 わたしが石碑とにらめっこしていると、廟の中から背の高い男性が現れます。例の詩人です。


「やあ。また来たのか?」


 詩人は亜麻あまのシャツに、下は朱色しゅいろ地に黒のチェック模様という相変わらずのけったいな格好です。


「こんにちは。リカーボネさん、でしたね? 今日はなんだか騒がしいようですね」

「夕刻にセレモニーがあるんだ。今日はサイサロンの事件があった日。イスハレフの命日だからね」

「へぇ、そうなんですか」

「昼過ぎあたりから次々に貴族がやってきてあの台に花をおいていくんだよ。もくとうの儀とお偉いさんの講演と演奏会がある。わたしはにぎやかなのは苦手なのでね。そろそろ場所を移すことにするよ」

「あ、ひとつうかがいたいのですが、ノシリア・ルクヘイデという人物を知りませんか?」

「ノシリア・ルクヘイデ。知ってるよ。ノシリアとセイスキ王の神話に出てくる女魔法使いだ。ちなみに、ここにその名前があったな」


 リカーボネは石碑の名前のひとつを指さしました。


「本当だ……」

「なんでだ?」

「ここに名前がある人はみんなノイル隊の犠牲者なんですか?」

「半分以上はそうだろうな。しかし、ここにはサイサロンという村があって、そこの住人の名前が含まれているし、ノイルには部隊外の参謀が何人もついていたと聞く。みんな焼け死んだんだ。それがどうかしたのか?」

「なんででしょう……。こっちが聞きたいんですよね。――というか、神話の登場人物と同じ名前なんですか?」

「そうだ。だから碑に刻まれていることを覚えている。全ての名前を覚えているわけではない」

「神話の登場人物を偽名に使ったというのはありそうな気がします。――そうです、石碑に刻まれている戦争の犠牲者、ノシリア・ルクヘイデ。軍とつながりの深いポッセが調べて情報が見つからないなんて不自然です。いま偽名を使っているのではなく、当時から偽名を使って存在を隠していた?」

「何をぶつぶつ言っている?」

「もう一ついいですか? フノテンボガ・エリニハシという男性とリーニリーニ・モチモーマという女性を知りませんか?」

「たぶん、二人ともここで会ったことがある」

「は、はい?」


 わたしは頓狂とんきょうな声を出したと思います。心底驚きました。


「フルネームは知らないけどね。フノテンボガは首筋に大きな傷のある傷痍しょうい兵だ。一回だけここで会って話をした。リーニは桃色の魔法衣の魔女だ。何回かここで会った」

「待ってください。どういうことですか?」

「二人とも戦友をここで無くしていると言っていた。それを知っているから名前を出したんじゃないのか?」

「……」

「戦争の話は詩作の助けになるからね。お参りに来る人には話しかけてしまうんだ」

「ということは、二人はノイル隊なんですか?」

「フノテンボガはそう言っていたね。フノテンボガはノイル隊だったことを誇りに思っていたようだったよ。怪我をして戦線を離脱するはめになり、ここで死ねなかったと語っていた。彼は今でも自分の戦争を終わらる方法を探している。彼の話を聞きながらわたしはそう感じたね。リーニは逆に部隊に対する帰属意識は強くないようだった。ただ、亡くした戦友のことでどうしても思いだせないことがあると言っていた。それでここを訪れていたようだ」

「フノテンボガも、リーニも……ノイル隊だったと?」

「リーニの所属については聞かなかったが、わたしはそうだと思って話していたね。リーニは戦争についての自分の功績を話すタイプではなかった」

「ありえません。いま聞いてきたんですよ。ノイル隊の生き残りに……」

「?」

「ヴェルンヴェルン・ヨーアイテは知っていますか?」

「この廟を作った錬金術師だ。一回会ったことがある。わたしの家を作ってくれたようなものだね」


 詩人ははっはっはっと軽快に笑いました。


「なんでも知ってるんですね……」


 ヴェルンはフノテンボガもリーニも知らないと言っていた。しかし、みんなノイル隊の生き残りだった? ヴェルンがわたしに嘘をついた? いや、わたしの思い込みだ。ヴェルンとは一番付き合いが長いし、信頼していたからこそ思い込みが生まれた? 違う、ヴェルンのあの奥義おうぎのせいだ!

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