第32話
わたしはヴェルンの小屋を訪れました。ネイビーブルーの魔女はまたカバードデッキで本を読んでいました。ヴェルンは私に気が付くと声をかけてきました。
「大変な目にあったらしいな?」
わたしはちょっと苦笑いをして、ヴェルンの隣に座りました。"大変な目にあったらしいな?"に何も答える気になれなかったのは、まだ事件が終わってない気がしているからかもしれません。
わたしはヴェルンに事の経緯を話しました。私がひと月ちょっと前に記憶操作の魔法を解いたフノテンボガ・エリニハシ、おそらくフノテンボガが合流したゴーレム使いの一味、すなわちアストラガルス同胞団。同胞団にさらわれたリーニリーニ・モチモーマ、カギを握る
ヴェルンはすでに多くの事を知っていましたけどね。
「ヴェルンに聞きたいのは三人の情報です。フノテンボガとの当時のやり取りから察するに、フノテンボガがノシリアに記憶を奪われたのは戦争中だと思うんです。もちろん同じ流れ、同じ理由で桃魔女リーニの記憶も奪われたのだと推測できます。フノテンボガ・エリニハシ、リーニリーニ・モチモーマ、ノシリア・ルクヘイデ。この三人の名前に心当たりはありませんか?」
「心当たりはないし、もし心当たりがあったらすでに報告している」
「そうですよね……」
「その三人から何が
「アストラガルス同胞団ですよ。ポッセのデルワダ管区、あのカーキの魔女たちは犯罪組織として同胞団をつかまえるつもりです。そういう意味では任せておいてもいいのですが、わたし個人としては一刻も早くリーニという桃色の魔女を助けたい。そのために同胞団周辺の情報を集めているところです。たとえば同胞団の目的が分かれば、彼らの行動を予測できるかもしれない」
「アロンの杖だ」とヴェルン
「アロンの杖?」
「そう。アロンの杖には奇跡の魔石が
「アストラガルス同胞団はその杖のありかを探すためにリーニやわたしを誘拐したと?」
「その話とのつながりはわたしには分からない。しかし魔法主義組織が求めているのはあの杖だ。これは間違いない。戦争中、わたしが錬金術によってモニュマハイトを要塞化できたのもその杖の力だ。魔法主義独立派は……」
「ちょっと待ってください。それってつまり……。アロンの杖はヴェルンの杖?」
「いや、戦時中に地元の有力貴族からノイル隊に貸与された杖だ。あの杖の力が無ければ、わたしの魔法ではこの前見せた橋を作るくらいでせいいっぱいだ。モニュマハイトで戦った者たちにとってあの杖は魔法主義の……」
「ちょっ、ちょっとまってください」
「なんだ、いちいち」
「そこ疑問だったのですが、杖を持ち替えたからってその人の魔法力は上がりませんよね。水路の形を変えたからって水量が増えないのと同じですって、魔法学校でみんな習います」
「アロンの杖は古代の遺物だ。そもそも設計思想が違うんだ。アロンの杖は空間魔法力を使ってその人の魔法力を増幅することができる」
「そんな事が可能なんですか?」
「失われた技術なのでメカニズムは分かっていない。空間魔法力を魔石に閉じ込めることはそう難しいことではないが、人間の持つ魔力とは色が違いすぎるので魔法使いであってもそれを魔法に変換することはできない。アロンの杖には空間魔法力を閉じ込める魔石と、魔法使いの魔法力を閉じ込める魔石が埋まっていて、両方が連動するように作られている。空間魔法力を使ってその人の魔法力を増幅するというのはそういう意味だ。水路が二本並んでいて、片方の水門を開けばそれに連動して隣の水門が開く。場所によっては無尽蔵とも思えるような魔力を自分のものとして欲しいままにできる」
「そんな杖があるんですね。でもその説明だと人や魔法を選びそうですね」
「そうだろうな。そもそも空間魔法力の濃さは場所によってかなり差がある。そして使い手にも十分に空間魔法圧を高めることができるだけの魔力が要求される。さらには、出力を高めることで効果が増す魔法でないと意味が無い。その点、錬金術で巨大建造物を作るという目的とアロンの杖との相性は抜群だった。だから誰にとっても革命的な力となるわけではないが、モニュマハイトで戦った者たちにとってあの杖は魔法主義の象徴なんだ。あの時の戦争、モニュマハイト方面の諸勢力がひとつのイスハレフ大隊としてまとまっていく時の興奮、
「いまはバラバラの反政府勢力をひとつにまとめる力になりうると、そういうことですか?」
「少なくとも彼らはそう考えているようだ。わたしはそれはただのノスタルジーだと思うけどね。――本当に世界を変えたいなら必要なのは、杖よりも指導者だ」
ヴェルンはその言葉を噛みしめるように目をつむりました。それこそノスタルジーに浸ってるかのようです。かつてのヴェルンの隊長、ノイルノイル・イスハレフのことを考えているのでしょうか。
「その杖、今はどこにあるんですか?」
「戦争で失われた。最後に存在が確認されたのが、ノイル隊が壊滅したサイサロン村だ」
「ノイル隊が壊滅した村? ノイル隊が壊滅した場所ってイスハレフ廟ですよね?」
「そこにあった村がサイサロン村だ。村も燃えてなくなった」
「ヴェルンもそこにいたんですか?」
「そのとき、わたしは森の要塞にいた」
「その要塞というのは今もヴェルンの使い魔が管理しているという?」
「そうだ。当時わたしは若かったから……」
「当然でしょうね。今のヴェルンだって戦場には連れていくには幼いと感じますよ」
「……」
「すいません、続けてください」
「わたしは幼かったから隊長はわたしを要塞の外で活動させようとしなかった。ま、わたしがサイサロンに居てもわたしは生き残ったけどね」
そう言ってヴェルンは生意気そうな顔をします。むかつきますね。
「ノイル隊の本体がその杖とともに壊滅したと、そういうことですよね。敵に奪われたということでしょうか?」
「サイサロンは森の中にある小さな集落だった。そして森ごと燃やされたんだ。ノイル隊はおそらく
ヴェルンは少し元気がなさそうに話します。戦友たちが死んだ時の話ですからね。少し無遠慮に聞き過ぎたでしょうか。
「魔石が燃えてなくなるなんてことはあるでしょうか。誰かが焼け跡から回収したという可能性は?」
「あの杖に関していえば魔石だけ残っても復元できないだろうな。しかし杖を持って逃げのびた人物がいるという可能性もある。素性を隠して生活しているのかもしれない」
「なるほど。――そこは推測してもしょうがないとして、ということはつまりですよ。アストラガルス同胞団は桃魔女リーニがアロンの杖のありかを知っていると、しかし魔法によって記憶を奪われていたと、考えたのでしょうか……」
「そのリーニという魔女が杖のありかを知っているか、あるいはリーニが知っている第三者が知っているか……」
「わたしはてっきり同胞団は
「さしあたってナピに出来ることがあるとすればノシリアを特定することか、あるいは他にノシリアによって記憶を消された人物を探し出すことだろうな。しかしリーニの持っている情報いかんによっては、リーニはそろそろ用済みになっているころかもしれない」
「そうですね。結局わたしにはまだ情報が足りません。辛い思い出をいろいろ話してくださってありがとうございます」
「一人で動き回らない方がいい。手伝えることは手伝う」とヴェルン。
「ありがとうございます。でも実はすでに調査をお願いしてあるんです。いまのところ集めた情報はポッセのものだけですが、貴族の情報にも当たってもらっています」
「貴族の知り合いがいるのか?」
少し驚いたような表情のヴェルン。
「はい」
わたしは少し得意げだったと思います。
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