第31話
「たぶんわたしの知り合いです。心配いりませんと伝えておきましたよ、コケモモ」
「にゃー」
とコケモモ。コケモモは例の作業台の上、灰色の子猫と一緒にクッキーをむさぼっています。
「コケモモ、昨日は助かりました」
「にゃー」とコケモモ。
「桃魔女を連れ去った馬車は見つかりましたか?」
「んーにゃっ」といって首をふるコケモモ。
「そうですか……」
昨日は興奮していてあまり考えに上りませんでしたが、今日は起きてからずっとリーニという桃魔女のことばかり頭に浮かびます。わたしが殴られてでも時間を稼いでいれば、リーニも一緒に救出されたのではないでしょうか。しかしあの時点ではコケモモが通報してくれていたことも知りませんでした。リーニは今どうしているでしょう。記憶を消した
わたしは救出されたのに桃魔女は救出されなかった。とにかくこのことに後ろめたさがあります。
コケモモが実は自分は魔法使いだと教えてくれていたら、コケモモが近くにいることをわたしが知っていたら、コケモモに出来ることとできないことをわたしが知っていれば、コケモモがわたしの保護はほどぼとにして敵組織の調査を優先していたら。考えると煮え切らない気持ちになりますが、コケモモにはコケモモの事情があるのでしょう。それにコケモモがわたしの恩人だということはゆるぎない事実です。
「察するにコケモモはウタイーニャ家お抱えの密偵かなにかなのですね?」
「にゃー」
コケモモは子猫と一緒にクッキーをむさぼっています。
「昨日あとで話すって言いませんでした?」
「にゃ……」
「ね?」
「――そうだ」
コケモモはようやく人の言葉をしゃべってくれました。小声で、そして周りに人が居ないか気にしているようなそぶりでコケモモはしゃべります。
「推察の通り。イヨクナお嬢様の命で始めはシクリーンを見守っていた。お嬢様にはゴーレムの件も報告した。だからシクリーンが帰ってからは、お前を見守るように言われた。自分で戦う必要はないとも言ってもらった」
「昨日は本当に助かりました。――でもすこし複雑ですよ。今まで気を抜いているところも見られていたと思うと」
「……裏表あるよな、おまえ」
と、コケモモ。わたしは否定も肯定もせず、笑顔をつくりました。
「コケモモちゃんの本当の名前はなんなんですか?」
「おれのことは猫として扱ってもらいたい。そうしてもらえると助かる」
「そうなんですね。メイドのシクリーンでさえ知らなかったみたいですしね」
「内も探るし外も探る。バレたら商売にならない」
「大変なんですね。もしかして貴族はみんなアニメーガスの密偵を抱えているものなんですか?」
「そうだ。貴族の間にはネコの
「それもいいですね。普段はねずみ食べてるんですか?」
「馬鹿にしてるのか?」
「猫として扱ってもらいたいんですよね?」
「にゃー」
コケモモはへそを曲げたようです。わたしがにやにやしているとコケモモはクッキーをくわえて去っていきました。灰色の子猫がコケモモを追いかけていきます。
なにか好きな食べ物でも聞いておけばよかったですね。扱いやすそうです。なにせコケモモの立場を考えればわたしと接触するべきではないのにもかかわらず、コケモモのパイが食べたくて出てきたくらいですから。
しばらくするとポッセの事務員、クシュギワさんがお手紙を届けてくれました。クシュギワさんとは事件の直後にも顔を合わせているので、ある程度の情報の共有は出来ています。クシュギワさんも自分がわたしに回した仕事なので後ろめたさを感じているようでした。とはいえデルワダ分駐所が持ってきたお仕事ですからね。向こうの不手際でしょう。
「昨日は大変でしたね。よく眠れましたか?」とクシュギワさん。
「あんまりですね。事件のことが気になってしまって……」
「病院に行って見るのもいいと思いますよ。
「ありがとうございます。でもわたしの心に引っかかっているのは、まだ誘拐されたままの桃魔女さんのことなんです。このお手紙も彼女の素性について書かれているんだと思います」
「そうですか」とクシュギワさん。
クシュギワさんが帰ると、わたしはデルワダ分駐所から届いた手紙を手にして作業台に座りました。へそを曲げたコケモモも作業台に戻ってきました。内容が気になるようです。わたしは手紙を広げ目を通しました。お手紙の内容は大体以下のようなものです。
◆ わたしを拉致した一味、ユーストマ革命隊の五人はすぐに捕まったが、わたしが魔法を解いたリーニという魔女は依頼者、すなわちアストラガルス同胞団の手に渡ったあとだった。
◆ ユーストマ革命隊の構成員は全員が魔法を使えない男で、依頼者のアストラガルス同胞団についてはほとんど情報を持っていないようだった。つまり、レンガ色の魔女はアストラガルス同胞団の構成員である可能性が高い。
◆ フノテンボガ・エリニハシは雲隠れしていた。つまりカーキの魔女の推測の通りフノテンボガがアストラガルス同胞団にわたしの情報を持ち込んだ可能性が強まった。
◆ フノテンボガは雲隠れしていたが記憶を奪った
◆ ノシリア・ルクヘイデなる人物に関する情報は全くみつからなかった。自分を知る人物を探し出しては記憶を消していた可能性がある。
◆ フノテンボガの過去についてもよくわからなかった。魔法力は弱く剣術に長けていたようだが、戦争終結前に足のケガにより戦線を離脱していた。フノテンボガの家族も見つからなかった。全ては記憶が戻る前の本人の談による記録である。今後フノテンボガの知り合いに聴取すれば何か分かるかもしれない。
◆ 桃魔女リーニの家族と接触できた。過去に戦争に参加していたみたいだが、どの部隊に所属していたのかは不明。家族によると治癒魔法師のリーニは直接戦闘に参加することは無かったそうだ。複数の貴族の家で専属の治癒魔法師として働いた経験があり、その経験を生かして資金調達や広報活動を担っていたという話だった。
◆ つまりフノテンボガもリーニも所属していた部隊が分からない。当時のモニュマハイト方面の勢力は少人数編成の部隊が乱立していた。まとまったリストも存在しないので彼らがどこに所属していたかを特定するのは困難だ。身近なところでコニア隊、神の抵抗軍、ウンノーチ解放軍、オサンデル民族同盟の出身者に尋ねてみたがフノテンボガ、桃魔女リーニ、そして
「ダルノーハ記念病院の看護師……。パルパロさんでしたか。お手柄ですね。お陰で
わたしはぼそぼそと独り言を言っていますが、これはコケモモにさりげなく考えを伝えているのです。
「デルワダのポッセはアストラガルス同胞団を捕まえたいでしょうね。これを目標に
「――まず、フノテンボガは
「――桃魔女リーニがフノテンボガ以上の情報――たとえばノシリアの出身地だとか、共通の知り合いだとかについての情報――を持っていたら、もしかすると今日中にアストラガルス同胞団がノシリア・ルクヘイデにたどり着くということがあるかもしれない。しかしリーニもフノテンボガと同程度の情報しかもってなかったとしたら、たとえば市場や目抜き通りで道行く人々の顔を見て回ってノシリア・ルクヘイデを探したりするのでしょうか。こっちなら相当時間的余裕がありそうです。少なくともフノテンボガはおよそ一か月間、ノシリア・ルクヘイデを見つけられていませんから――」
「――桃魔女リーニの身の安全を確保するには……、ノシリア・ルクヘイデがどこに出没すると同胞団が考えるかを知るのが一番でしょうか。いっそこちらが先にノシリア・ルクヘイデを見つけて隠してしまうのも良さそうです。――ひとつはっきりしてきました。はっきりしてきましたよ、コケモモ」
「にゃ?」
「まだまだ情報が足りません。――わたしの知り合いは少ないですが、ノイル隊の出身者にも聞いてみますか。フノテンボガや桃魔女リーニと面識があるかもしれません」
「にゃあ」とコケモモ。
「コケモモちゃん。戦うのが苦手なコケモモちゃんは、もしかするとこういうのが得意なんじゃないですか? ちょっと調べてみてくださいよ」
「にゃああああ?」と不満そうなコケモモ。
「コケモモちゃん。わたしを見守ることが任務なら、ゴーレム使いの特定につながる可能性のあるこの調査はコケモモにとっても無関係ではないと思うんですよね」
「……」
「知りたいのはノシリア・ルクヘイデ、フノテンボガ・エリニハシ、リーニリーニ・モチモーマに関する情報です。あとは、うちに居ついた猫の好きな食べ物も分かると良いですね。仲良くなりたいので」
「にゃー」とコケモモ。
「わたしは取り合えずヴェルンにこの三人について何か知らないか聞いてきます。それが終わったら寄り道せずにここに戻ってきます。あまり動き回るのも危険な気がしますので」
「にゃー」とコケモモ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます