第29話

「ずっと外の木の上から見ていた」と黒白猫のコケモモ。「さっきの桃色の魔女は馬車で連れていかれた!」


 猫が人の言葉をしゃべりました。しかしなぜでしょう、わたしはして戸惑いませんでした。ゴーレム騒動で疑心暗鬼になっていたこともあり心のどこかでその可能性を考えていたようです。


「コケモモですよね? そうですか……。たまに人の言葉を理解しているような気がしてたんですよ。なんかあやしいと思っていたんですよ……」

「おまえは別のところに連れていかれるぞ!」

「誰かの使い魔でしょうか。しかしそうは言っても猫が馬車についてこれるとも思えません。となると……」

「おい! その話はあとだ。地元のポッセに通報しておいたのでもうすぐ助けが来るはずだ!」

「コケモモ、さては魔法使いですね? アニメーガスですね? ずっとわたしを監視していたんですか?」

「おれはお前の味方だ。あとで話すから今は聞いてくれ。やつら馬車の準備をしている。お前をどこかに移動するつもりだ。ポッセが到着する前に移動されるとまずい。多少殴られてでも時間をかせぐんだ。いいな。おれは出来る限り攪乱かくらんしてくるから!」

「見張りってあの催眠術師ヒプノタイザーですか? レンガ色の魔女ですか?」

「いや、いまは不佞ふねいの男が二人だ」

「お! チャンスじゃないですか。コケモモ、アニメーガスならライオンとか象とかに変身してなんとかできないんですか?」

「……」

「?」

「戦うのは得意じゃない。ごめん……」

 猫のコケモモはなんか気の毒な感じにうなだれました。

「いえ……。痛いのは嫌ですよね。わかりますよ。わたしも荒事はほんと勘弁してほしいので。なんか、ごめんなさい……」

「でも出来る限り攪乱するから!」

「十分気を付けてくださいね」

 そういってコケモモは出ていきました。すぐに大部屋の方から薬缶やかんがひっくり返るような音が響きます。

「お、やってるな……」


 コケモモ、魔法使いの癖に四六時中猫の格好をしているのでしょうか。今日出かけたときにわたしについてきたのは気が付いてましたが、わたしが馬車に乗ってからは鳥かなにかに変身して追跡していたのでしょう。


「味方だといっていましたね……。ずっとわたしを見守っていてくれたのでしょうか……。理由もなく?」


 コケモモがわたしのコテージに住み着いたのはシクリーンがお手伝いに来てくれた時期でしたね。そう、そうです。薬草屋がゴーレムに襲われる事件がありました。コケモモが顔を見せたのはその翌日でした。コケモモのパイを欲しがったのです。


 窓の外からは「またあの猫か」なんて声が聞こえてきます。そして大部屋の方からはなんか焦げ臭い匂いが漂ってきます。「おい、ストーブの火が燃え広がってるぞ! 水、水くんでこい!」なんて声が響きます。

「……」

 コケモモ、ちょっとやりすぎでは? わたしが燃えたらどうするんですか。すると窓からコケモモが鍵をもって入ってきました。

「お! 手枷てかせの鍵ですか?」

 わたしは自分の手枷を外そうと試みますが、鍵は木の枷の横についているので指が届きません。口を使って何とか鍵を錠に差し込もうと試みますが……、これは無理ですね。

「コケモモ、手伝ってくれませんか」

「猫なので無理だ」

 コケモモはそう言って肉球を見せてくれました。

「いや、人間に戻れるでしょ」

「無理」

「そんな馬鹿な!」

「にゃー」とコケモモ。

「魔法解除しますよ」

「にゃっ!」といってコケモモは後ろに飛びのきました。


 そんなやりとりをしていると、小窓からおじさまの声が聞こえてきました。わたしを尋問した人とは違うおじさまです。


「お前の猫だったのか。やってくれたな。――おい、こっちは塞いでおくから表に回れ」


 ボヤは消し止めたようですね。困りました。どうせ逃げられないわたしはともかく、コケモモの逃げ道がふさがれてしまいました。巻き込んで申し訳ないですね。

「この猫は勝手に入ってきたんですよ。野良じゃないでしょうか」

 コケモモはにゃーと鳴きます。すぐに大部屋の方で足音が聞こえたのでわたしはとっさに椅子を横に倒してドアに押し付けました。その座面に足を突っ張り、背中は壁に押し付けました。やりました。狭い部屋でドアが内開きなのを上手く利用しましたよ。ドア、椅子、わたし、壁です。コケモモによれば相手は二人らしいので非力なわたしでも時間稼ぎくらいできそうです。すぐドアの向こう側に気配を感じます。ドンドンドンドンっとドアが叩かれました。すると窓の外から覗いているおじさまが叫びます。


「魔女がドアを抑えてる! 蹴破けやぶれ!」


 するとドアの向こう側の男がどーん! どーん! と体当たりを繰り返し始めました。蝶番ちょうつがいがこわれるのも時間の問題です。外の小窓にはおじさま、ドアの向こうにもおじさまです。おじさま、ドア、椅子、わたし、壁、おじさまです。ピンチです。


「どうしましょうコケモモ……」

「にゃ、にゃー」とコケモモ。


 たぶんもう少し追い詰められればコケモモも覚悟を決めてくれるでしょう。アニメーガスとしての能力がどれくらいかは分かりませんが、大型の獣に変化すれば魔法を使えない不佞ふねい相手に隙をつくることくらい容易たやすいはずです。わたしよりよっぽど戦闘向きです。――そういえば、ここには不佞ばかりですね。わたしが弱っちいので事足りると思ったのでしょう。桃魔女の話では、依頼者の組織であるアストラガルス同胞団には魔法使いが何人も居たと言っていました。するとやはりこのおじさま達は別の組織でしょうか。


 わたしはコケモモが覚悟を決めてくれることを期待していたのですが、その前に外の男が慌て始めました。


「おい、魔女が飛んで来たぞ。二人飛んできたぞ」

「ちっ。同胞団が送ってきたんだろ」とドアの向こうの男。「しゃくだが魔女さまに任せるか」そう言ってドアを叩くのをやめました。しかし間を置かず外の男が続けます。

「ポッセだ。逃げろ!」と言った傍から外の男は「イッ」と声をあげて反応がなくなりました。

「やりましたよコケモモ。粘り勝ちです!」

 わたしは立ち上がって小窓から外を覗いてみますが、良く見えません。「わたしは裏に回る、入口を抑えろ」とかという魔女の声と、走り回るような音が聞こえます。そしてすぐにドアがノックされます。

「誰かいるか?」女性の声です。

「はい。わたし、監禁されている魔女がいます」

「いま開ける」と声。

「はい。お願いします」

 するとコケモモが小声で言います。

「桃色の魔女の馬車を探してくる。おれは出来る限り猫だと思われたいので頼む」

 そういって黒白猫は小窓から外に逃げ出しました。出来る限り猫だと思われたい――ですか。あいつ男たちに追い詰められていた時も「にゃー」としか言いませんでしたからね。


 さて、ドアから入ってきたのは背の高い魔女でした。開襟かいきんにネクタイのカーキの魔女です。そう、あのカーキの魔女です。

「おまえ……。ナピじゃないか。何やってるんだ?」

「カーキの魔女さん! 助かりました、ありがとうございます」

「チトカだ。怪我はないか?」


 わたしは安心してその場に座り込みました。カーキの魔女は床に落ちてる鍵に目をやりました。わたしの手枷の鍵です。その鍵は勝手に浮き上がるとカーキの魔女の手に収まりました。わたしが手枷の鍵を外してもらうと、すぐに立て襟に飾緒しょくしょの黒い魔女が顔を出しました。そう、あの黒い魔女です。

「ありがとうございます。でもなんでお二人がここに?」

「通報があった。ここはわたしたちの管轄だ。――お前こそこんなところで何してるんだ。一体何があった?」とカーキの魔女。

「そうだ、桃色の魔女。桃色の魔女が別のところに連れていかれました。もう一人監禁されていたんです。ひと月前に誘拐されたって言ってました」

「桃色の魔女? 一緒にいたのか?」

「そうです。その桃色の魔女がかけられていた魔法を解かせるためにわたしは誘拐されたんです。詳しいことは後で話しますが、いまならまだ追いつけるかもしれません!」

「どんな馬車だ?」とカーキの魔女。

「それは……、わかりません」


 コケモモなら見ているはずなんですが、コケモモは自分のことを話してほしくなさそうでしたね。――そうか、自分しか馬車を見てないから慌てて探しに行ったんですね。わたしのことはポッセに任せて自分は桃色の魔女を追跡することも出来たはずなのに、わたしに付いていてくれたんですね。


 カーキの魔女が言います。

「その桃色の魔女の名前はわからんのか?」

「聞きそびれました。目を盗んで会話が出来たのもほんの少しの間でしたので……」

 すると今度は黒い魔女が話します。

「ひと月前に誘拐された桃色の魔女……。それだけ情報があれば特定できるだろう。とりあえず分駐所で話を聞こう。私たちは飛んで来たが、馬車が今こちらに向かっている」

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