第28話

「どれくらいここにいるんですか?」


 そう尋ねると桃魔女は口をパクパクしたり首をふったりします。


催眠術師ヒプノタイザーにやられたんですね?」


 おそらくわたしが馬車に乗り合わせたレンガ色のヒプノタイザーがかけた失語魔法です。わたしは後ろ手に枷をはめられたままお尻を桃魔女の方にむけて彼女のおでこを触り、魔法を解いてやりました。ついでにその時に感じました。彼女はたしかに魔法によって記憶が改ざんされているようでした。

「もうしゃべれるはずです」

「ありがとうございます。その手!」と桃魔女。

「手?」

「後ろ手のかせ、お尻と足をくぐらせれば手を身体の前に持ってこれるんです!」


 と桃魔女。わたしはその場にしゃがんで彼女の指示通りにお尻と足をくぐらせました。


「ほんとだ! ――いや、それはいいんだけど、痛いところとかないですか? 治せますよ!」

「ありがとうございます。大丈夫です」

「どれくらいここにいるんですか?」

「さっき来たばっかです。あの連中とも今日初めて会いました」

「今日捕まったってこと?」

「いいえ、ひと月くらい前です。別の魔法使いに別のところに監禁されてました」

「それが依頼者ってやつでしょうか」

「そうかもしれません」

「どんな奴でした?」

「男性の魔法使いです。たぶんヘルメティシストです。ゴーレムに捕まったので」

「ゴーレム! ひと月くらい前!」


 やはり! わたしがゴーレムに襲われたのもそれくらいです。最初からわたしと桃魔女さんを同時につかまえる計画だったのでしょう。私が狙われていた理由が解けました。桃魔女の記憶を手に入れるために私が必要だったということです。しかし新たな謎が生まれます。ゴーレム使いは、桃魔女にかけられている記憶操作魔法は私になら解ける魔法だと、まるで最初から分かっていたみたいです。桃魔女にかけられた魔法を解ける催眠術師ヒプノタイザー治癒魔法師ヒーラーを探し回ったわけではなく、桃魔女とわたしをほとんど同時に誘拐ゆうかいしようと試みているわけですから。


 ともあれ、わたしはなかなか捕まらなかった――これはたまたまですが。そしてわたしがゴーレムを警戒するようになった。なので別のグループに依頼した。そう考えるとつじつまが会います。


「なにか?」と桃魔女。

「わたしもゴーレムに襲われたんです。たぶん初めからわたしとあなたを同時に誘拐するつもりだったんです。ゴーレム使いには仲間はいましたか? どこに拘留されていたんですか?」

「魔法使いが何人か居たように思います。大人数で集まっている様子はありませんでした。でもずっと閉じ込められていてほとんど何も分からないんです。ごめんなさい」

「ずっと閉じ込められていた。それだけですか? 催眠術師ヒプノタイザーと接触したりは?」

「最初だけ、なにか検査のようなことをされました。でも後はずっと監禁されていただけです」と桃魔女。


 "検査のようなこと"で並の魔法使いには解けない魔法だと分かるかもしれまん。しかし私、ナピナピ・アグラスなら解けると決めてかかる理由がわかりません。引っ越してきたばかりの無名の魔法使いにですよ。


 すると男たちが戻ってきたような物音がします。わたしは「しゃべれないふりを続けて!」と桃魔女さんに指示し、大人しく座りました。すると、桃魔女が思いだしたように呟きます。


「アストラガルス……アストラガルス同胞団。ゴーレム使いのチーム、そう名乗っていたと思います」


 わたしは黙ってうなずきました。もう少し探りたかった。どちらか一方が逃げ出せた時のことを考えるとお互いの名前を教え合っておくべきでした。だいたい桃魔女、魔法種はなんでしょうか。聞きたいことがまだ一杯あります。――手を前に持ってくる話が余計だった。


 ドアが開き、先ほどの臙脂色のチュニックの無精ひげのおじさまが戻ってきました。


「邪魔が入ったな。さあ始めようか。手かせを取ってやろう。――おや?」とおじさま。「お前後ろ手にかせをはめていたはずだぞ」

「なんか腕に足を通したら手が前に来ちゃいました」

「そうか……。ならそれで始められるな?」

「あの、もう一ついいですか?」

「なんだ?」

「わたしが選ばれた理由はなんなんですか? 治癒魔法師ヒーラーなんていくらでもいるじゃないですか」

「誰でもいいわけではない。さっきも言ったがお前なら解けるんだそうだ」


 わたしなら解ける魔法だと考えた根拠があるはずなんですよね。しかし、依頼者にそう言われているだけで詳細は知らないという可能性が高そうですね。


「あの、もう一ついいですか?」

「……」

 さしものおじさまもわたしの遅滞ちたい戦術に言葉を失っているようです。

「"お前"ではなくてウンプラ町のナピナピ・アグラスです。以後ナピとお呼びください」

「おい、お前。往生際おうじょうぎわが悪いやつだな。もう一遍殴るか?」

 おじさまは足元に転がしてあったこん棒を拾い上げました。

「すいません。い、痛いのは勘弁してください。やります。やります」


 わたしはすっと立ち上がりました。手枷を外してくれと頼んでみようかとも思いましたが、そろそろ本当に殴られそうです。このままやりましょう。


「えー、いまから杖を出しますよ」

 わたしは両手をぐるんとまわして虚空から杖を出し、その勢いで杖を必要以上に大きく振り回しました。もちろん嫌がらせです。椅子に座っているおじさまは身体をのけ反ってわたしの杖を避けました。


 さて、桃魔女の額に左手をあててみます。そしてかるく魔法を込める。

「なるほど。確かに魔法によって記憶が改ざんされているように思いますね」

 さっきも確認したので知っていましたが。

「内容までわかるのか?」とおじさま。

「それは全く分かりません。ただ健康状態を感じるだけです。正しくない状態にあると感じます」


 桃魔女さんは少し大きく目を開いて呆然としています。その顔の前に、わたしは杖をかざしました。そして少し深呼吸をして、出し惜しみなく思いっきり魔力を圧縮します。わたしの魔力に反発するように空間魔法圧が高まっていきます。わたしはゆっくりと、それっぽい呪文を唱えました。


"この者の名はあなたの御名のごとく、あなたの御名はこの者の名のごとく。唯一の者よ、み教えを守るこの者にあなたの御名を思いださせたまえ"


 魔石にため込んだ魔力がごっそり持っていかれます。それに合わせてわたしの魔力が魔石に流れ込みます。強力な魔法ですが、何年も前にかけられた魔法でしょう。魔法の色がせています。しかし刻印が強く残っている。この魔法をかけた催眠術師ヒプノタイザー……。いえ、特級の催眠術師は尊敬をこめてメスメリストと呼ばれています。このメスメリスト、人知を超えた圧倒的な魔法力です。


 !!


 わたしは思いだしました。わたしはこの街に来てから一度、同じ魔法の解除をしています。つまりあの人とこの桃魔女は同じ特級催眠術師メスメリストに記憶を消されている……?


「手ごたえがありました。記憶操作の魔法は解除されたはずです」

 すると桃魔女はハッとしたような顔をしました。何を思い出したのか……、わたしには分かりません。

「どうだ?」おじさまが尋ねます。「お前の記憶をいじった魔法使いの顔か、名前か、思いだしたか?」

 桃魔女さんはゆっくりとうなずきました。

「やったぞ。成功だ。よくやったな」


 無精ひげのおじさまはうれしそうにわたしの肩を叩きました。馴れ馴れしいですね。そしておじさまは桃魔女の肩あたりの服を掴んで乱暴に引き上げると、桃魔女はそのままおじさまに連れられて部屋から出ていきました。わたしは思わず「あっ」と声をあげました。

「なんだ」

「いや、一人にされると心もとないというか……」

「こいつの思いだしたことは催眠術師ヒプノタイザーにしゃべらせる。近くに治癒魔法師ヒーラーがいるとややこしい」

「ごもっともです……」


 嘘をつかれても困るので催眠でしゃべらせるのですね。それはそうです。魔法を解除できるわたしがいるとややこしい。ごもっともです。


 桃魔女は最後に視線を投げてきましたがそれっきりです。ドアが閉まると閂がかけられる音が聞こえ、わたしは部屋に一人になりました。

「……」

 この後も桃魔女と一緒に監禁されると思っていました。また話をする機会もくると思っていました。べつに作戦があったわけではないですが戸惑っています。いえ、心細いというだけでしょうか……。


 おじさまはそれほど事情に詳しくないようでした。ということは桃魔女は依頼者と推察されるゴーレム使いの一味、桃魔女によればアストラガルス同胞団に引き渡されるのでしょう。窓の外からはやっぱり馬車を用意しているような音が聞こえます。ちょっと外を覗いてみようと立ち上がったその時、窓の桟に見慣れた黒白猫が飛び乗りました。


「コケモモ! コケモモじゃないですか! いやそんなことより、閂を外してきてください。今なら誰も居ない気がします!」

 するとコケモモは窓から出て行きました。

「もしや、通じた? 閂を外してくれるんですか?」

 そう思ってわたしはドアに耳をあてます。何も聞こえません。するとコケモモはまた窓から戻ってきました。

「そうですよね。さすがにね……」

 わたしががっかりしてため息を吐くと、


「まだ見張りが二人いる」とコケモモ。


「そうですか。さすがにわたしを一人にはしていかなかったようですね……」


 わたしの推測だと、桃魔女の記憶を必要としているのはゴーレム使いです。そして無精ひげのおじさまの口ぶりからして、ゴーレム使いとここの連中は仲間というほどではないと思うんですよね。詳しい話はよくわかっていなかったみたいですし、お金で依頼されただけというような気がするんです。すると記憶の戻った桃魔女はゴーレム使いに引き渡される。わたしはどうなるかというと、当分キープしておけと注文されたそうです。ここの連中にキープされるんでしょうね。わたしはもう役割を終えたし、ゴーレム使いの顔を知りませんから、わざわざ黒幕のところに連れて行く必要はないという判断でしょうか……。


 ん……? 


「コケモモ……、今しゃべりませんでした?」

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