第27話

 目が覚めるとそこは狭い部屋でした。まだ頭がはっきりしませんが、わたしの他にも二人いるのが分かります。わたしは殴られたこめかみを触ってみようとしましたが、そのときに自分が拘束されていることに気が付きました。後ろ手に手かせをはめられているのです。まあ、こめかみの傷は治っているはずですけどね。そういう体質なので。同じ部屋にいた男性が声をかけてきました。


「手荒な真似して悪いな。頼みがある」


 この男性、ドアの前に置いた椅子に座ってわたしを見張っていたようなポジションです。短髪無精ひげで臙脂えんじ色のチュニックを着たおじさま。足元にこん棒を転がしていますが、わたしを殴った男ではありません


「……」


「こいつの記憶を呼び戻してほしい」

 男性はそう言って桃色の魔女を指さします。桃色の魔女はわたしと同じように木の手かせをはめられています。桃色の魔女もわたしと同様に誘拐されたのでしょうね。色は目立ちますが魔法衣のデザインは伝統的です。しかし随分と薄汚れていますね。長いこと拘留されているのでしょうか。よく見るとわたしは後ろ手なのにこの魔女さんは身体の前で手かせがはめられています。何でしょう、この差は。


 わたしはとりあえずきょろきょろとあたりを見渡して状況の把握に努めます。

 この部屋には小さい窓がひとつあります。換気のためか開けられていますが、板が十字に打ち付けられているので窓から逃げ出すのは難しそうです。わたしはほとんど横たわっているので外の様子は分かりませんが、森の中の小屋という感じがしますね。空気の感じからはそんな印象を受けます。


「記憶を呼び戻すって……、そういうのは催眠術師ヒプノタイザーの領域ですよ。さっきのレンガ色の魔女に頼めばいいじゃないですか。わたしは治癒魔法師ヒーラーです」


 そう、先ほどの魔女。あれは催眠術師ヒプノタイザーでした。催眠術師ヒプノタイザーの魔法は警戒されていると効果が薄くなりますから、魔法をかける前にわたしに馴れ馴れしく声をかけてきたのでしょう。


「あいつには出来なかったそうだ。おまえならできるはずだ」と男性。「こいつの記憶の一部は魔法により消された可能性が高い。それを戻してほしい。できるな?」

「そんなこと……。やってみないと分かりませんよ……」


 監禁するために作られた部屋という感じはありません。隣に大きな部屋がありそうですが、よくある普通の小屋みたいです。だいたいこのおじさまたちは何者でしょうか。この男性、先ほどのヒプノタイザーの魔女、わたしを殴りつけた御者。みんな仲間だとして三人はいるみたいです。そして一味はこの桃色の魔女の記憶を必要としているみたいですね。わたしを襲ってくるのはゴーレムだとばかり思っていましたが……、ゴーレム使いも仲間なのでしょうか。

 いや、このあたりのことは今考えてもしょうがありませんね。

 なにか打開策を考えましょう。こういう場面で役にたつ訓練とか勉強をしておいた方がよかったなと最近思っています。わたしが長いこと戻らなければ誰かが探してくれるかもしれません。だとしたら時間を稼ぐのが得策でしょうか。もう少し寝ていた方が良かったですね。自然治癒体質もしです。あとは……、もしかすると窓の外につる性植物があるかもしれません。これは隙を見て確認出来るといいですね。


「うう……、すいません。頭がずきずき痛んで、なにがなんだか……」

 嘘です。傷は治ってます。

「ほう、傷は治っているみたいだが?」と無精ひげのおじさま。

「痛みは残るんですよ」

 そう言いながらわたしは後ろ手に木の枷をはめられたまま座りなおしました。このおじさま、こん棒を転がしてはいるものの振る舞いが落ち着いていらっしゃるのでいきなり殴ってくるようなことはなさそうです。可能な限り情報を聞き出したり、時間を稼いだりしてみようと思います。とりあえず桃色の魔女に話しかけてみましょう。

「お名前うかがっても……」しかし男性がそれを遮りました。

「そいつと話をするな」

「……。でしたら、おじさまにお伺いしてもよろしいですか?」

「そいつの記憶を戻してくれたら解放してやるよ。余計なことを知る必要はないだろ」

「何を思いだそうとしているのか、特に誰にどんな魔法をかけられたを知っておいた方がやりやすいんですよ」


 わたしは桃色の魔女に目をやります。桃色の魔女は目を伏せます。しゃべらないように言われているのでしょうか。それとも先ほどの催眠術師ヒプノタイザーに言葉をうばわれたのでしょうか。


「こいつの記憶を消した魔法使いの素性を知りたい。かなり強力な魔法がかけられているらしいが、お前なら解けるだろう」

「なるほど。その魔法使いは自分自身が存在した記憶を桃色の魔女さんから奪ったというわけですね。その魔法使いが誰なのかを知りたいと、そういうことですね」

「そうだ」

「その場合、桃色の魔女さん自身が記憶を改ざんされたことに気が付けないと思うのですが、どうしてわかったのですか?」

「お前がそれを知る必要はあるのか?」

「…………」


 おじさま、ちょっとすごんできます。いやですね。でももう少し食い下がってみましょうか。時間を稼ぎたいし、そもそもわたしの周りで何が起きているのかが気になります。


「えーと、桃魔女さんは魔法の解除を望んでいるんですか?」

「お前がそれを知る必要はあるのか?」

「これは重要ですよ。本人にその気が有ると無いとでは大きな差です。強力な魔法ならなおさらです」


 嘘ですけど。こころに働きかける催眠術師の魔法ならそういうこともありますが、わたしの治癒魔法には関係ありません。


「そりゃあ、用が済めば解放されるんだから本人だって思いだしたいだろうよ」とおじさま。

「解放される……」

「なんだ?」

「いや、なんでもないです」

「お前、自分がちゃんと解放されるか確信がないので時間を稼いでいるんだな? 時間を稼げば助けがくるとでも思ってるんだな?」

「……」

「どうせこの場所は誰にもわからねぇよ。それにどのみちお前は当分キープしておけという注文だ」

「え、そんな……。どうしてですか?」


 と、ここで窓の外から物音が聞こえました。おら、しっしっ。にゃー。外に猫と男がいるようです。すると無精ひげのおじさまが外の男に尋ねます。

「どうした?」

「猫です。異常ありません」と外の男。


 おじさまはわたしの方に向き直りました。

「その桃魔女の記憶を消したのはとある催眠術師ヒプノタイザーだと推測される。桃魔女がそいつの顔なり名前なりを思いだしたとしても、しっかりとその催眠術師ヒプノタイザーを特定し確保するまでは、おまえはキープしておくという意味だ。桃魔女の記憶を消したのが依頼者の探している催眠術師ヒプノタイザーではない可能性があるからだ。桃魔女の記憶から辿れなかった場合は別の候補者をまた連れてくる。もちろん全て終わったらお前も解放してやる。お前は自分がいずれ殺されると思っているのかもしれないが、仮にそうだとしてもそれまではどのみちキープだから安心しろということよ」


 口を滑らせたのでしょうか。依頼者が別にいるような口ぶりでしたね。


「さあ、さっさとやってもらおうか」と、おじさま。

「そうですね。では手かせを外してもらえますか?」

「それは必要か? まだごねる気か?」

「いえ、杖は必要です。簡単な治療なら杖は必要ありませんが、強力な魔法を使う際には魔法圧を安定させるために杖が必要なんです」


 これは本当です。


「せめて身体の前に手を持ってこれるようにしてもらえませんか? それでしたら手かせをしたままでも杖が扱えます。その桃魔女さんは身体の前に手があるのに、なんでわたしは後ろ手なんですか?」


 ところがその時、小屋の外で突然ちょっとした騒ぎがおきました。どたん、ばたんと物音が聞こえます。


「今度は何事だ?」

 と部屋の外に向けて叫ぶ無精ひげのおじさま。

「馬が逃げました」

 という声とともにドアが開きました。

「おい、何やってる。ちゃんとつないでおかなかなったのか?」

「猫です。猫がひきてをほどいたんです。手を貸してください!」


 おじさまはわたしに一瞥して部屋から出ました。ドアが閉まり、ごとっという音がしました。かんぬきでしょうか。男たちの声が遠ざかっていきます。「どうする?」「綱を張って追い込みます」、なんて声が聞こえます。わたしは桃魔女と二人きりになりました。


 わたしは立ち上がって窓の外を覗きます。森です。森が見えます。人里離れてそうですね。わたしが大声出しても大丈夫な場所なんでしょう。残念ながら使えそうな植物は見当たりません。このチャンスを逃してはならないと思い、わたしは桃魔女に質問します。

「どれくらいここにいるんですか?」

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