第26話
中庭でだらだらしています。昨日の刺激的な体験にあてられたというか。気疲れしたというか……。そう、気疲れ。実際わたしは何もしませんでしたからね。あの手のお仕事はもう勘弁ですが、お偉いさん方に感謝されるのは悪い気はしませんでした。
気持ちを切り替えるためにとりあえずお茶を入れますか。
わたしが中庭の作業台でお茶をたしなんでいると、頭に浮かんでくるのは昨日の……、昨日のというか一昨日の深夜ですが、あのカーキの魔女のお話です。ここにきてからわたしの知った断片的な情報をつなぎ合わせていくと、ひとつのストーリーが見えてきます。それは、あの自信家で若いネイビーブルーの魔女、ヴェルンの物語です。
同盟側の英雄ノイルノイル・イスハレフ。伝説になっているノイル隊の錬金術師ヴェルン。そもそも特級魔法使いならば帝都でだっていいポストにありつけます。それでも森の中の前哨基地を拠点にして活動しているみたいです。プジャージン公国に帰らないのもなぜでしょうか。そういえば、いつも現代史の本を読んでいますね。ノイル隊長の戦死で突如終わった戦争。ヴェルンにも、なにかくすぶっている気持ちがあるんでしょうか。
「そうです。もう一つ気になるのは、あの程度の橋をつくるので精一杯にも見えましたよね。確かに凄い魔法ですが、モニュマハイトという街をまるっと要塞化してしまうレベルにはほど遠い。カーキの魔女の話では、ヴェルンがそれをやったということになりますが……」
お茶を飲んでいると黒白猫のコケモモが顔をだしました。コケモモに灰色の子猫がついてきました。例の怪我していた子猫です。あれから数日、子猫はすぐに元気になりわたしのコテージに居つきました。
「わたしのおかげですよ。いつか恩返しを期待していますからね」
わたしは猫たちに恩返しを要求するようにしています。コケモモは子猫の面倒を見ているようですが、大きく育ったら縄張りを争うライバルになるんでしょうか。世知辛いですね。でもわたしは今日は一日だらだらして過ごそうと思います。
▣
今日はぎっくり腰の治療を依頼されましたので依頼者宅まで出向こうと思います。森に入ったり国境を超える必要がないので気が楽です。少し距離があるらしいのが面倒ではありますが。
わたしは役に立つかもしれない薬草を数種類ボロボロのライトブルーのレティキュールにぶち込んでコテージを出ました。出かけに黒白猫のコケモモと目が合ったので挨拶をしておきました。
「行ってきますね、コケモモ。留守を頼みましたよ」
「にゃあ」とコケモモ。
しかしコケモモは歩いてわたしについてきました。もっとも、コケモモがわたしのコテージに顔を出すのは朝と夕方だけですから、他の時間にどこで何をしているかなんて知りません。気まぐれにわたしについてくることもあるでしょう。
結局コケモモは乗合馬車の駅までついてきて、街路樹の根本にごろんと寝転がりました。
「猫はお気楽でいいですね」
やがて馬車がやってくると、わたしは乗合馬車に乗り込みました。猫のコケモモともお別れし、そのまま馬車に揺られること三十分。疑念が生まれました。いや、実はこの疑念は初めからあったものの、まあそういうこともあるかなぁ……と思って気にしなかったのです。あるいはしばらくゴーレムに合わなかったので警戒感が薄れてしまっていたのかもしれません。しかし実際に三十分馬車に揺られてみると今まで気にしなかった疑念が少し気になり始めます。
「こんな遠くから
わたしの良い噂を聞いて指名をくれたのでしょうか。この前の一件で薬局さんがわたしをすすめてくれたのでしょうか。先日助けたお偉いさんたちの恩返しかもしれません。あるいは地元のコミュニティに顔が利かない人がデルワダ管区のポッセに依頼したらウンプラのわたしに依頼が届いたというそれだけの理由かもしれません。無い話ではないし、普通は気にしないかもしれません。
そこからさらに三十分ほど馬車に揺られると、わたしは乗合馬車に一人になりました。一人になってしばらくすると、レンガ色の魔女が乗り込んできました。
「やあ、おしゃれな魔法衣ですね。帝都の方ですか?」
フレンドリーな魔女ですね。
「ビスカハイトの出身です」
「そうですか。このあたりの魔女はみんな地味ですから」
みんな地味だそうです。このレンガ色の魔女の魔法衣はたしかにシンプルですね。襟から裾までレンガ色のワンピース。ブラウスも見えないしフリルもほとんど見えません。しかしその分、金色のボタンと胸元の黒いジャボとワンピースの縁取りが映える上品なデザインです。
「都会では実用性は無視され勝ちですね。ここではあまり目立つと困ることもあります」
わたしがそういうとレンガ色の魔女はふふんと笑いました。
馬車が走り出します。
「都会の魔法衣がおしゃれなのは、争いが無かったからでしょうね」
レンガ色の魔女が言いました。どういう意味で言ったのでしょう。嫌味でしょうか。それを確かめようとわたしはレンガ色の魔女の顔色を伺います。すると目が合った瞬間にパチッとなにかが飛んできたような感覚を覚え、思わず目をそらしました。
「何かしましたね?」
わたしがレンガの魔女を
「こいつ、効かない!」
わたしは危険を感じてシートから立ち上がって馬車の後方からとび降りようとしますが、レンガの魔女に魔法衣の裾を掴まれました。馬車が急に停まり、わたしとレンガの魔女は勢いあまってキャビンの前の方に転がりました。
「御者さん、助けて! この人、変です!」
するとこん棒を手にした御者がキャビンに乗り込んできて、わたしのこめかみあたりに勢いよくこん棒をふり下ろしました。
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