第25話

「錬金術の真髄をその目に焼き付けろ!」

 とヴェルン。すると、ドーン、ズーン、という轟音ごうおんともに大きな橋台が川の真ん中に現れます。その橋台をつなぐようにすぐに、一瞬で石造りのアーチが立ち上がります。迫石せりいしから要石かなめしいまで一瞬の出来事です。


 「凄い!」


 わたしはこめかみを押さえながら叫びました。カーキの魔女は口をあけて呆然としてます。錬成した物質量もさることながら驚くべきは正確さでしょう。少しでもかみ合わせが悪ければ石のアーチなんて崩れてしまうはずですから。

 そのアーチの上を平らにならすように、敷石が敷き詰められていきます。出来立ての敷石の上に馬が歩を進めていきます。わたしたちのキャビンが通ると、両側には石造りの欄干が作りこまれていきます。ヴェルン、その欄干は必要でしょうか。


「この素材……」カーキの魔女が恐れおののいて呟きます。「青みがかった大理石マーブル……。北方の建築様式……。ノイル隊の錬金術師!」


 いつの間にか二つ目のアーチが出来ています。そのアーチの上をまた敷石が敷き詰められていき、わたしたちのキャビンが通ると、両側には石造りの欄干が作りこまれていきます。馬車が川の半分を渡り切ったあたりで、ドーンという轟音とともに向こう岸に大きな橋台が現れます。あとアーチ一つ分で橋は完成です。するとそのタイミングでわたしはヴェルンに呼ばれました。

「ナピ!」

「はいよ」と言ってわたしは自分の杖をヴェルンの杖と交換しました。それを見たカーキの魔女も杖を用意します。

「わたしの杖も使うか?」

「いや、橋を壊してくれ」とヴェルン。


 カーキの魔女は何も言わず、あわてて杖に乗って外に飛んでいきました。そうです。四台の馬車を渡河させた後に橋を壊せば、わたしたちは圧倒的優位に立てます。敵さんに同等の能力をもつ錬金術師がいるとは考え難い。あの意地悪な魔女が舌を巻くほどの妙技ですからね。そもそも、人の魔力を自分の魔法に使えるかどうかは相性次第です。ヴェルンは過去にわたしの杖を試していますから確信があったのです。


 ヴェルンがわたしの杖を振るうとアーチの上に敷石がずら―っと敷き詰められていきます。それにあわせてわたしはものすごい勢いで魔力を吸い取られます。自分の杖の魔石とわたしはアストラル体を共有していますから、ヴェルンの魔法によって魔力が放出された魔石にわたしの魔力が流れ込むのです。燃費の悪い魔法ですね。でもわたしは今回魔法を使う場面はありませんでしたから、お役に立てて光栄ですよ。


 橋が完成すると、馬車内の紳士たちが拍手をし、おー、と歓声があがりました。車列の後ろの方からも声が聞こえます。ヴェルンは御者台に立ったまま、得意げに振り返りました。


「なかなか見れるものではないぞ」


 さしものヴェルンも倒れこむようにキャビンに戻ってきて、ぐったりとわたしに身を預けました。

「お疲れ様です。『錬金術の真髄を見せる』って言うから、また裸になったらどうしようかとひやひやしましたよ」

 わたしは完成した橋を見たかったのですが今はキャビンの前の方に居て、力尽きたヴェルンを支えているので全貌ぜんぼうは見えませんでした。馬車は止まることなく進み、少しずつペースを上げていきます。しばらくするとドカーン、ズドーンという音が響きました。橋が壊されたようです。三分の一くらいは私の魔力なのに。少しもったいないですね。


 そしてカーキの魔女が空を飛んでわたしたちのキャビンに戻ってきました。

「ヴェルン、おかげで助かった」

 とカーキの魔女。ヴェルンに握手を求めます。ヴェルンはぐったりとわたしにもたれかかったまま、力なく手を伸ばしました。ヴェルンが認めてもらえたことで私も誇らしい気持ちになりました。


「知らなかったよ。ノイル隊に生き残りがいたなんて……」とカーキの魔女。

「サイサロン村から生還した者は居ない。しかしそれ以前には部隊を抜けた者もいたし、怪我で戦線を離脱した者もいた。若かったわたしはサイサロンに連れて行ってもらえなかった」とヴェルン。「――それに、みんな自分だけ生き残ったなんて明かしたがらないんだ……」

 そうかもしれないな、とカーキの魔女は虚ろに呟きました。そして二人して遠い目をしています。言葉を交わさずとも同じものを見ている。そんな目をしています。


 美しいですね。これが戦友ですね。わたしは間に割って入りたい気持ちが抑えきれず、質問してみました。

「この先はどういうシナリオが考えられますか?」

「まだしばらくはトーダルコン領内だが……」そう言ってカーキの魔女は紳士の方を見ました。紳士が答えます。

「川のこちら側にライムンドゥス派が勢力を展開しているという話は聞かない」

「ふむ。となると警戒すべきは追手だが相当な時間は稼げたはずだ。相手の部隊編成次第では馬車を何台もこちら側に飛ばすのは難しいだろう」


 どうやら敵はわたしたちを追う事を諦めたようでした。わたしたちは予定より遠回りになったものの、無事に救助対象を帝国領内まで連れ帰り、モニュマハイト郊外でラパラティナ公の特使に引き渡し、任務を全うしました。

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