第23話

 おしゃべりなカーキの魔女のおかげで気がまぎれました。そうこうしているうちに東の空は白み始め、そして目的地付近に到着しました。一向の中にも緊張が走ります。ヴェルンは御者台に移動しました。救助対象を探すためなのか、御者を守るためなのかはよくわかりませんが、ヴェルンに限らず魔女たちは自分がどう動くべきなのか分かっているという感じです。さすがですね。かっこいいですね。わたしは馬車の中で丸まって怯えていることしかできないライトブルーの魔女です。


 遺跡が見えてきました。かつては村だったのでしょうか、そう大きくはない遺跡です。遠くに森がありますが、遺跡の周りは荒涼としていますね。救助対象が隠れているとしたら遠くに見える森か、遺跡の中でしょう。馬車はゆっくりと進み、遺跡を一周するようです。もし救助対象が捕まっていて、彼らが待ち合わせ場所を漏らしていたとしたら、わたしたちは待ち伏せをくらうタイミングでしょう。


 馬車から身を乗り出していた寡黙な魔女が静かに声を発します。

「いるぞ!」

 誰? 誰がいるんですか? 

 寡黙な黒い魔女は馬車を飛び降りましたが、馬車はゆっくり進んでいます。合言葉とかあるんでしょうか。すると御者台のヴェルンが口を開きます。

「大丈夫そうだ。停めよう」

 馬車が停まりました。わたしが馬車から覗いてみると男やら女やら子どもやら総勢二十名くらいが馬車に向かって小走りで向かってきます。テロリストには見えませんね。ほっと一息です。黒い魔女やカーキの魔女は駆け寄って子どもを抱えてこちらに運んできます。わたしが受け取るべきでしょうか、と思ったら子連れ家族は馬車列の真ん中に入れるようです。傭兵たちの間では常識なんでしょうか。


 魔女はいるか? 御者ができるやつは分散しろ、余分な荷物は捨てていけ、けが人はいないか? などと手際よく振り分けていきます。流石です。けが人が居たらわたしの出番です。居ないならここで丸まってます。


 そもそも出発した時点では暗かったので自分たちのチームのこともよくわからなかったのですが、四台の馬車の一番後ろに魔女が二人乗っていたようです。先頭を走る馬車にはわたしを含めて四人、一番後ろに二人の魔女が乗っていたというわけですね。仲間の魔女の顔くらい覚えておかないとまずいですよね。そう思って馬車から身を乗り出していると、わたしの馬車にも紳士たちが乗り込んできました。役人という感じがしますね。ありがとう、ありがとうと呟いています。


 あっという間です。ヴェルンが「出せ」というと馬車がゆっくり走り始めますが、まだ黒とカーキの魔女が乗っていません。しばらくするとカーキと黒の魔女は自分の杖に乗って空を滑空しそのまま馬車に飛び込んできました。サイコキネシストは便利ですね。


 馬車は徐々に速度を上げますが、カーキの魔女はまだ神妙しんみょうな顔をして外を警戒しています。わたしたちの馬車は魔法とは無縁そうな紳士ばかりで落ち着いた雰囲気です。こどもが乗り込んだ真ん中の車列はどんな様子でしょうか。少し心配です。

 するとカーキの魔女が気を緩めて座席にすわりなおしました。そして言います。


「とりあえず大丈夫そうだな」


 紳士たちも神妙にしています。馬車は順調にもと来た道を戻っていきます。外に目をやると農家が一日の仕事を始めています。わたしたちが通ると彼らは四台編成の馬車を目で追います。目立ってます。あやしいですよね。交通量も増えてきて荷馬車ともすれ違うようになりました。夜中に比べれば馬車のスビードは出ていますが、目立っていますね。不安です。


「ミーズの税関を目指す。検問は無かった」と、カーキの魔女が赤褐色のウェストコートを着た紳士に話かけます。「何か情報はあるか?」

「政府軍は予想外の総崩れだ。ライムンドゥス派もクインドを落とせるとは思ってなかったと見える。敵さんも戸惑ってくれたおかげで包囲される前に脱出できたが、すぐに検問が張られるのは確実だ」

「敵の部隊の配置は?」

「東は馬車を機動的に展開出来ない。早朝の布陣に間に合う魔法種は限られる。帝国への道は三本ある。敵が馬車が通れないワラズエ方面を捨てたとしてもミーズとトサンデで勢力は二分されるはず」

「普段の検問なら強引に突破できる」とカーキの魔女。


 おだやかじゃないことをさらっと言ってくれますね、カーキの魔女。わたしはそこまでの覚悟すらありませんでしたよ。しかし黒い魔女がもっと不穏なことを言います。


「別の目的で近くに展開している部隊が存在する可能性もある。ミーズ、トサンデのルートが潰された時のプランは?」

「ワラズエしか思いつかない。すまない」と、紳士。

「謝る必要はない」と、カーキの魔女。「最悪ワラズエなら私たちだけでも飛んで渡河とかできるからね」と言って意地悪そうに笑いました。


 飛べない人は置いていくってことですか? え、わたしは? この人たちと感覚が違いすぎてどこまで冗談なのか分かりません。困りましたね。私は魔法主義者のふりをする練習でもしておきましょうか。ライムンドゥス派相手にライムンドゥス派の真似をしてもボロが出そうですね。ジングマリの森でゴーレム使いとともにポッセに対する破壊工作をしている組織なんていう設定はどうでしょう。ヴェルンとかいう政府の犬と敵対関係にあるんですよ。なかなか手ごわい錬金術師アルケミストなんです、こいつが。


 なんて設定を作りこんでいると、軽快に走っていた馬車が急に速度を落とし、そして停まりました。緊張が走ります……。が、向こうからやってきた荷馬車がうちの御者の知り合いだったようです。情報交換をしています。カーキの魔女も御者台に身を乗り出し、話を聞いています。そして馬車はまたすぐに走り出しました。


「悪い方の想定だ」とカーキの魔女。「ミーズから来た馬車によれば、ものものしい検問をしているとのことだ。強行突破は難しい」

「どうする?」と黒い魔女。

「普段のこのあたりの検問はその気になれば突破できると踏んでいたが、今日はどうしてもつかまえたい反逆者どもがいるらしいな」


 意地悪な魔女が意地悪な言い方をすると紳士たちが肩をすくめました。なんだかんだ言ってみんな肝がすわってますね。臆病者ならばもっと早い段階で逃げているでしょうから当然かもしれません。


「ワラズエルートか?」黒の魔女が提案します。

「やむを得ない」とカーキの魔女。「この馬車を殿しんがりにしよう」


 ええ!? 勝手に決めないでくださいよ。いや、責任感なのでしょうか? カーキの魔女は意地悪なことばかり言っているけど責任感が強く、みんなからは信頼されているのでしょうか。そうかもしれません。それはそうと、ワラズエルートってどんなルートでしょう? 聞こうか逡巡していると紳士が口を開きました。


「知っているだろうが、ワラズエルートには今は馬車の通れる橋はない」

「分かっている。しかしかつては交通量のあったルートだ。川までは楽に走れる。乾季の今ならば上手くすれば馬車で渡河できるが、これは最も楽観的な想定すぎない。おそらくは馬車を捨てて森に逃げ込むことなる可能性が高いだろうな。そのつもりでいてほしい」

「うちが殿。ソウワには先に川の様子を見に行ってもらおう」と黒い魔女。

「ああ」とカーキの魔女。すると黒い魔女は杖にまたがり、走る馬車から飛び出しました。別の車両に作戦の変更を伝えるようです。

 私もここらで質問をしておきましょう。

「森の中を国境まで歩くんですか?」

「ああ。まず川にぶち当たる。そこで馬車を捨て、足で渡河する。場合によってはサイコキネシストが渡河の手助けする。川を渡って森に入ればわたしたちの庭だ。水と食糧は一日分あればいい。足りない分は森で調達できる。状況によっては二手に分かれる。全員捕まるということは考え難い」

 なるほど。カーキの魔女たちは戦争中は森を走り回っていたみたいですからね。結構自信がありそうな口ぶりに聞こえます。


「一応、最も悲観的な想定も聞いておいていいですか?」


「最悪の場合か……。最悪は追手がすぐそこまで迫っている可能性だな。その場合お前たちを全員渡河とかさせている暇はない」

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