第22話

 このカーキの魔女がなぜこんなにも詳しいのか。理由は簡単です。本人がその戦争に身を投じていたからですね。この事実はカーキの魔女の話の節々から感じ取ることができました。


 意地悪なカーキの魔女が沈黙すると、ごとごとと鳴る車輪の音がお尻から伝わってきます。馬車の外に目をやると星が綺麗でした。目もすっかり闇夜に慣れた今、半月に照らされた道がしっかりと見えます。ゆっくりならば馬車で前進することに不安はない。しかし現地に到着するころには日が昇るでしょうか。四台一列に走る馬車はずいぶんとあやしいのではないでしょうか。無事におうちに帰れるでしょうか。沈黙が続くとまた少しずつ不安が襲ってきます。


「そういえば……。もしも、はぐれたらどうしたらいいですか?」

「お前一人だったら魔法主義者を気取れば何とでもなるだろう。国境まで歩け。問題は救出した不佞ふねいと一緒にいるところを見つかった場合だな」


 わたし戦闘はからっきしなんで、そういう時は一人で逃げていいですか、って聞いたら怒られるでしょうか。だいたいそれ以前にわたしの魔法衣は魔法主義者にしてはファッショナブルすぎませんかね。アーバンガール丸出しじゃないでしょうか。


「戦場では何が起きるかを予測することはできない」とカーキの魔女。「その時に最善の行動を取れる者だけが生き残る。ひとつわかっていることがあるとすれば、今回のような敵地潜入の任務で敵勢力と遭遇したら、逃げるのみだ。それ以外にない。その場合私たちサイコキネシストが投石で応戦する」


 そう言ってカーキの魔女はシートの下の木箱を蹴っ飛ばしました。木箱はさっきからゴトゴトという音を鳴らしています。なるほど、石が入っているんですね。


「だから錬金術師アルケミストのヴェルンがいるんですね。際限なく石が飛ばせますね!」

「安易だな。上の連中が考えそうなことだが、そんな攻防にはならない。上手くいけば上手くいくし、ダメなら捕まる。敵地で馬車が停まったら命乞いのちごいをする以外にできることはない。停まったら終わりだ」そういって意地悪なカーキの魔女はヴェルンの方を向きます。「治癒魔法師ヒーラーはまだしも、錬金術師に出番はないね」

「わたしは頼りにしてますよ、ヴェルン!」

 なんとなくヴェルンのフォローを入れておきます。

「ふんっ」とカーキの魔女。「杖を見れば高い魔力を持っていることはわかる。しかし錬金術師なんてのは多少優秀だからといって前線では役に立たないものだ」

 そう言ってカーキの魔女はまた意地悪そうな顔をして見せます。しかしその顔がだんだんと真剣な表情に変わっていきました。

「ただ……、あれは凄かったな……」と、カーキの魔女。「ノイル隊の錬金術師……。あれは化け物だった」

「ああ……。」と、急に話に乗ってくる寡黙な黒魔女。「あれは、まさに神業だった。あれは、戦争の流れを変えた最初の出来事だった」

 そして、再びカーキの魔女が饒舌に話しはじめました。


「わたしが先ほど話したモニュマハイトの諸勢力。孤立無援のまま二年間も帝国軍を釘付けにできた一番の理由は、要塞化されたモニュマハイト旧市街にある。――当初中立を宣言していたモニュマハイトは、各武装勢力から明確に距離を置いていた。同盟勢力も皇帝派勢力も街の中には入れないと宣言していたが、街のすぐ隣に皇帝派の駐屯地ちゅうとんちが出来ていた。現実としてモニュマハイトは皇帝派の実効支配圏だったのだ――」

「――皇帝派がモニュマハイトの火種を消し切れなかった理由は国境と森がほど近かったというだけの理由にすぎない。わたしたちは森に隠れ、国境を超えて潜み、ゲリラ戦術を採っていた。全体の指揮を執るものもなく、様々な勢力が自由に活動していた。しかしある時、ノイル隊の名代みょうだいがやってきて陽動作戦に参加してほしいと依頼してきた。ノイル隊は諸勢力に同じことを依頼して回っていたのだ。ノイル隊の要請を受け入れ、私たちは大胆にも皇帝派の駐屯地を襲撃した。もちろん私たちには皇帝派の駐屯軍を壊滅させるような力はなかった。しかし、わたしたちが必死で騒ぎを起こしているうちに、モニュマハイトは一夜にして要塞化されていたんだ。たった一人の錬金術師アルケミストがあの城壁を造ったというのだから驚きだ。モニュマハイトはそれ以降、全面的に私たちを支援してくれたし、私たちも終戦まで街を守り抜いた。難攻不落のノイル要塞と呼ばれたんだ」


 錬金術でそんなことができるんですか、とヴェルンに聞こうとしたらヴェルンが先に口を開きました。

「ノイル隊の錬金術師を見たのか?」

「いや、顔を見たことはない。しかし、前日までそこにあった街が一夜に要塞に変わっていたんだ。あの衝撃は忘れない」

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