第21話

「ノイルノイル・イスハレフ……。私も会ったことはない」

 カーキの魔女はゆっくりと語り始めます。

「事の始まりは五年前。先帝は皇帝の権力の強化を望んだ。帝国の中央集権化を求めた。それに反発したのがラパラティナを盟主とするいくつかの諸侯連合だ。聖血同盟と呼ばれた。こうして戦端せんたんが開かれた――」

「――先帝の帝国軍は三日もあればラパラティナ全土を制圧できると考えていたようだ。実際にそれくらいの戦力差があると当初は考えられていた。ところがラパラティナは先帝の期待に反して健闘した。その理由のひとつは同盟の、特にラパラティナの覚悟が上回っていたということだろうが、もうひとつパワーバランスの鍵を握ったのが魔法主義マギクラティズム勢力だった。今でこそ、帝国の一部に納まったラパラティナ公国と魔法主義勢力は敵対しているが、当時は反皇帝で団結していた。これは皇帝派の誤算だっただろう――」

「――先帝が築いた体制は腐敗していたので、先帝に近い魔法使いの一族や貴族らは特権にあずかったが、その権力サークルから追放された者たちはどれだけ優秀でも成功することは望めなかった。その腐った体制に反発した魔法使いや有力者らが同盟を支援したんだ。彼らの支援により、同盟は圧倒的劣勢との評価を跳ねのけで健闘した――」

「――さて、私たちのモニュマハイトだが、当時のモニュマハイトは今よりずっと小さかった。今でいう旧市街というのがモニュマハイトだった」

 と、カーキの魔女。


「旧市街というと、あの城壁に囲まれた地区ですね?」


「その通りだが、当時は城壁もなかった。要塞化されていなかったこともあり、くわえて地理的な問題もあり、モニュマハイトはラパラティナの都市でありながら中立を宣言していた。同盟側につくことを宣言したら一日で帝国軍に蹂躙じゅうりんされることが目に見えていたんだ。私たちのモニュマハイト方面諸勢力は街に入れてもらえずにジングマリの森の中でゲリラ戦を展開していた――」

「――そこに現れたのがノイルノイル・イスハレフの部隊だ。ノイル隊はラパラティナ公国の同盟国であるプジャージン公国から派遣された義勇兵部隊だった。ノイルの部隊は驚くべき短期間でモニュマハイトの街を要塞化し、以降モニュマハイトは堂々と反皇帝派の旗を掲げるようになり、地域の反皇帝勢力の防衛拠点となった。わたしたちモニュマハイトの諸勢力は帝国軍に包囲された状態で、孤立無援のまま二年間戦い続けた。それによって相当数の帝国軍を長期間釘付けにしたんだ。モニュマハイトの諸勢力は一躍英雄となった。それに触発されたラパラティナの士気は高く、勢いがあった。反皇帝で結束していただけで出身地も思想的背景もバラバラだったモニュマハイトの諸勢力がノイルノイル・イスハレフの元に結束し始めていた」


「よほど魅力的な人だったんですね」


「それもあるだろうが、ノイルは反皇帝派のシンボルとして担ぎ出されたんだ。モニュマハイトの有力者たちは各勢力の調整に奔走ほんそうし、優秀な人材を参謀としてノイルの元に送りこんだ。本来のノイル隊は五十名前後だったと思うが、最終的にイスハレフ大隊と呼ばれる規模の部隊になった――」

「――戦争の末期になると防戦一方だったモニュマハイト諸勢力も反転攻勢をかけられるだけの余力が生まれてきた。ともすればノイルが皇帝にとってかわるべきだと主張する勢力まで現れた。英雄の登場は一部の者たちの心を躍らせたが、一方では防衛だけで満足しない勢力の登場に戦争の泥沼化を予感する者もいた。実際にその頃から皇帝派も同盟側も外国からの支援を求めはじめ、見返りに内政に干渉されるようになった。こうして聖血同盟内部にも皇帝派中央政府の内部にも、いたずらに国力をそぐ内戦を続けることは得策ではないと考える勢力が現れはじめた」


「それでどうなったんですか?」


「先帝が健康状態を理由に退位したのとほぼ同時に、ラパラティナの英雄も戦死したんだ。継戦ムードは一気に冷めた。少なくともわたしはそんな感覚を覚えた。停戦交渉、講和会議まで驚くほどスムーズに進んだ。皇帝の力はそがれ、前体制で権勢をふるった貴族らも粛清された。ラパラティナ公には独立を諦める代わりに相応の権限が与えられた」

 と、カーキの魔女。


「それって……、結局どっちが勝ったんですか?」

「どう思っているんだ?」

「わたしの暮らしていたビスカハイトではみんな自分たちが勝ったと思っていますよ」

「そうだろう。国体を維持できた皇帝派は自分たちが勝ったと思うことができたし、先帝を打倒し、選帝侯に昇格したラパラティナ公の支持者も自分たちが勝利したと思うことができた。魔法主義勢力を除けばおそらく多くの人がそれで納得できたし、帝国にとっては一番いい選択だった。しかし、くすぶった気持ちを抱えいる連中はここで戦争を続けてるんだ」

「そういうことだったんですね」

「疑問はないか?」

「ありがとうございます。おおよその流れは理解できたと思います」

「そういうことじゃなくて……」

「?」

「疑問がないならいいんだがな。わたしは納得できなかった」

「同盟側は妥協するべきではなかったと?」

「そうではない。あれから三年、おそらく帝国はもっとも良い選択をした。問題もあるが、われわれの帝国は帝国の体を保っているし地域の覇権国家としての地位も保てている。あの時の帝国の選択が正しかったことは明白だ。隣国、すなわち今我々がいるこの国を見ればそれは明らかだ」

「なにが納得できなかったんですか?」

「帝国にとって一番いいタイミングで講和できた理由だよ。皇帝が退位しただけでは戦争は終わらなかったはずだ」と、カーキの魔女。


 そういえばこの話、イスハレフ廟で出会った詩人も言っていましたね。先帝が退位し、ほとんど同じ時期に英雄イスハレフが戦死した。このタイミングが平等主義者にとって実に都合がよかったと言っていました。


「――いや、考えすぎなんだろうな。幸運なことに帝国は分裂を免れた。それだけなんだろう……」


 そう言ってカーキの魔女は遠い目をしました。この遠い目……。カーキの魔女はここで戦争を続けているテロリストたちを指して"くすぶった気持ちを抱えいる連中"と言いました。公的機関であるポッセに所属しているこのカーキの魔女だって、実は何かしらくすぶった気持ちがあるのかもしれませんね。


 少し沈黙が流れ、座席の下の木箱がゴトゴトと音を鳴らします。


「そうだな。この話が今回の任務につながっている」カーキの魔女は再び話し始めました。「わたしたちの内戦は隣国トーダルコン大公国をも不安定化させた――隣国とはつまり今私たちがいるこの国だが……。私たちの先帝とラパラティナ公の喧嘩は魔法主義マギクラティズム勢力を刺激し、トーダルコンではもっとあからさまな魔法主義マギクラティズム勢力と、魔法を使えない不佞ふねいに与する平等主義勢力の権力闘争になっている。先ほども言ったとおり、これは三年前にわたしたちが戦争をやめてしまったので、行き場を失った魔法主義マギクラティズム勢力の矛先が国境のこちら側に向いてしまったという面が大きい。しかしこの流れは今も続いていて、帝国内でも行き過ぎた平等主義が浸透するにつれ都市部に居づらくなった魔法使いがラパラティナ地域に集まりつつあるとも言われている」


 そうですね。実のところ私もそのひとりです。カーキの魔女は続けます。


「ラパラティナを独立させ魔法主義マギクラティズム国家を作ろうという勢力が活発に活動している。それでも帝国側の治安が最低限保たれているのは、有力者たちがさっさと戦争をやめる選択をしたからだし、そして魔法使いを支援する制度が充実しているからだ。私たちは今まさにその制度に与えられた任務を遂行しているわけだ――」

「――ところがトーダルコン側はそう上手くいっていない。その政治的に不安定なトーダルコン大公国の魔法主義勢力が帝国側ラパラティナの魔法使い達に思想的な影響を与えてしまうことを帝国中央政府は恐れている。なので当然、帝国の中央政府もトーダルコンの中央政府を支持し、支援している。トーダルコンの都市部ではしっかりと中央政府の支配が固められているが、それに伴って魔法主義を掲げる魔法使いたちはどんどん国境に集まってきていると言われている。つまり東西ラパラティナ地域だ」


「なるほど。ヴェルンが森の中の前哨基地でやってるお仕事というのがその魔法主義勢力の動きの監視というわけですね」


 話を聞く感じだと帝国の安定にとって一番の脅威が東西ラパラティナ地域の魔法主義マギクラティズム勢力です。しかし私たちはそれなりに安全に暮らしています。これはとりもなおさず、ヴェルンやこの荒事専門の魔法使いたちが火種を取り除いてくれているおかげなのでしょう。


「監視しているのは森の中だけではない。帝国の中央政府はトーダルコンの都市部にも駐在員を派遣し、現地の協力者も多数抱えている」

「その都市部というのが、いま向かっているクインドの街ですね?」

「そうだ。このほどクインドの街が魔法主義のライムンドゥス派の手に落ちた。急な出来事だった。我々帝国が派遣している駐在員はもちろん、トーダルコン政府関係者も一部逃げ遅れたと聞かされている。加えて現地の協力者が数名いる。我々に協力してくれた者の安全を保証することで味方が増やしやすくなる。今後の戦略の幅がひろがる。彼らの安全を確保し、帝国領内まで送り届けるのがわたしたちの任務だ」

「彼らは今どこに潜んでいるんですか?」

「分からないが、こういう場合に落ち合う地点をあらかじめ決めてある。我々は遺跡に向かい、そこで拾えれば拾うし、拾えなければ諦めて帰る。あるいは待ち伏せを受けるかもしれない」


 待ち伏せ……。大変な仕事を安請け合いしてしまったものです。ヴェルンは普段からこういう作戦に参加しているのでしょうか。というか、こういう作戦はむしろ――。そう、ひとつ疑問が生まれました。


「それ、なんで軍じゃなくて私たちなんですか?」


「帝国軍は機動的に動けない。特に他国に侵入することは難しい。これは私たちが皇帝の力を弱める選択をしたことの弊害へいがいでもあるな。とにかく私たちはエルボアーテ家に雇われた私兵ということになっている」

「あ、そうですか……」

 やっぱり傭兵じゃないですか……。

 わたしの浮かない顔を見たカーキの魔女は「ふんっ」と笑いました。

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