第20話

 闇夜をゆっくりと走る馬車。おしりが痛い馬車で、わたしはすこし浮かない顔をしています。


「乗り気ではないようだな」ヴェルンが言います。

「はい……。わたし、紛争地域に足を踏み入れるのは初めてですから」

 同じ馬車に乗る黒い魔女がふふんと笑いました。

「ヒーラーに専念してくれればそれ以上は何も望まない。最初の任務では空気に慣れることに専念しろ。経験を重ねるうちにどう動けばいいか分かるようになる」

 この人はわたしが傭兵ようへい見習いかなにかだと思っているようです。立て襟に飾緒しょくしょの黒い魔法衣。見るからに荒事専門の魔女です。それでもこの黒い魔女は寡黙で優しい。もう一人乗り合わせている開襟にネクタイのカーキの魔女はさっきから意地悪です。

「都会育ちと子どもを送り込んで来るとはね。ウンプラ屯所はよほど人材不足とみえる」

 子どもというのはヴェルンのことですね。私よりひとつ下のヴェルンは実年齢より幼く見えますけど戦争を経験してますからね。そういう意味でもわたしだけ場違いです。傭兵部隊に投げ込まれた子どもはむしろわたしです。


 ゴーレムの一件でポッセの事務員、クシュギワさんはわたしへは頼れる人と組める仕事を用意してくれると言っていました。それは心強いと思ったものですが、これは違いますよね。いや、確かに仲間は心強いが現場がきな臭すぎます。


 隣国に駐在する我が国の特使と現地の協力者らを帝国側に退避させるのが今回の任務です。急を要する任務ということで召集の一時間後には空っぽの馬車四台で出発しました。その時点ですでに日は落ちていました。わたしたち魔女は護衛要員ですね。そう聞いています。


 わたしは状況も理解できぬまま急かされるようにあれよあれよと査証さしょうもなしで隣国に侵入しました。わたしたちの馬車は四台のうちの先頭をゆっくりと走っています。ここにいるのはヴェルンとわたしを含めて四人。出発の時には四人の他にも二人の魔法使いを確認しています。彼らは別の車両に乗っているのでしょう。


「あのー……」わたしは恐る恐る口を開きます。「かなり急に決まった任務だったので状況を把握しきれていないのですが、情報を共有してもらってもいいですか?」

「クインドに向かい、そこで要救助者を回収する」

 と、素っ気ない黒い魔女。

「…………」

 当惑する私。


 "クインドに向かい、そこで要救助者を回収せよ!"


 どうやらこれが今回のミッションです。荒事あらごと専門のこの人たちにとっては十分な情報なのでしょうか。わたしはそもそもよそ者ですから、この指令の意味を解読するための基礎知識すら持ち合わせていません。


「あのー、実はわたしラパラティナの外から引っ越してきたばかりなので情勢も把握できていないんです。今回助けるのはどういう人たちで、地域にはどういう勢力がいて、どれが敵でどれが味方かくらい把握しておきたいのですが……」

 わたしがそういうと一同少し戸惑ったようです。むしろあきれたようです。ですが寡黙かもくな黒い魔女が説明してくれます。

「わたしたちのウコタンポポ帝国はトーダルコン大公たいこう国の中央政府を支持している。政府関係者はわたしたちの味方だが、中央政府はトーダルコン全域を掌握しているわけではない。特にわたしたちがまさに今走っている西ラパラティナ地域は反政府組織の実質的な支配下にある。――ちなみにだが、トーダルコンではトーダルコン大公国内のラパラティナ地域を西ラパラティナと呼び、わたしたちの暮らすウコタンポポ帝国ラパラティナ公国地域を東ラパラティナと呼んでいる」


 間髪いれず、「呆れたな」とカーキの魔女。「お前どこの出身だ?」

「ビスカハイトです」

 すると意地悪なカーキの魔女が饒舌饒舌に話し始めました。

「帝国で内戦が始まったのは五年前だ。お前たち皇帝派の軍隊は雪崩なだれを打ってラパラティナ公国に侵入した。その時にラパラティナに暮らす人々はみんな命をして戦ったんだ。わたしたちは誰と戦っているかを理解していたし、何のために戦っているかも理解していた。お前たちのように安全な都会に住んでいた連中は皇帝派を支持していながら、誰と誰が何のために戦っていたのかなんて興味が無かったんだな。わたしは悲しいよ。そしてむなしい……」


 返す言葉もないですね。その通りだと思います。ラパラティナに越してきたその日から自分の平和ボケを自覚していましたし、なんならわたしはラパラティナ公国を田舎だと馬鹿にしていたと思います。それでもひと月この地で暮らしてみると、わたしの戦争観も変わってきました。病院にいけば戦争で傷を負った人ばかりでしたし、街で遊んでいる子にも孤児だという子が珍しくない。燃えてなくなった集落も見ました。


 それはそうと、この意地悪なカーキの魔女さんは下手したてにでれば結構世話を焼いてくれるタイプのような気がするんですよね。乗り合わせている黒魔女もヴェルンも寡黙ですから、おしゃべりさんには退屈でしょう。カーキの魔女さんの今の指摘に恥じ入っているふりをしてみましょうか。


 馬車はほぼ月あかりだけで走っています。ゆっくりと走っています。わたしは柄にもなく意気消沈し、馬車の中には沈黙が流れます……というていです。


「カーキの魔女さんのいう通り、都市部に暮らしていたわたしたちは戦争によって身の危険を感じることはありませんでした。当時の帝国軍はほとんどが貧困地域の志願兵でした。都市部の人々は自分たちのために戦ってくれる兵士に対してすら、どこか他人事のように思っていたと思います。戦後でさえ、ビスカハイトでは戦傷を負った人物などほとんど目にしませんでした。さしあたって自分たちに痛みがないというだけの理由で、戦争を他人事のように思い、無責任に偉い人たちの言葉を鵜呑うのみにし、彼らを支持していたのです」


 カーキの魔女も私の告白に耳を傾けてくれました。ただ、「わたしの名前はチトカだ」と自分の名前をぼそっと呟きました。わたしは無視して続けました。


「でも今は知りたいという思いがあります。私たちの支持した帝国軍がラパラティナの地で何をしたのか。今は知りたいと思っています。これは、ひと月ちょっとですがラパラティナに暮らしたことで私の中に起きた変化でした。この地域の状況と、今回の任務の持つ意味など教えてもらえませんか?」


 少し怒っていたように見えたカーキの魔女が笑みを浮かべて呆れたように首を傾げました。子どもに根負けしたみたいな顔にも見えます。


「具体的に何が知りたい?」とカーキの魔女。

「まず……、帝国の内戦がなぜ隣国に影響しているんですか?」

「お前はたぶん戦争を皇帝とラパラティナ公の親子げんかくらいに考えている。お前に限らず、今となっては先の戦争はウコタンポポ帝国の内戦だったと考えている人が多い。しかしその見方は……」

「ああ、待ってください!」

「なんだ?」

 わたしはカーキの魔女の話を遮りました。というのも、わたしが知るべきはそこではない気がしたのです。わたしだってある程度の歴史の流れは知っています。問題はそれが皇帝派視点になっていることなんだと思います。ラパラティナの……、というかここモニュマハイトの人々にとっての戦争の物語は、皇帝派の人々があまり意識していなかった特定の人物が中心に据えられているように思うのです。


「もう少し初歩的なところからうかがってもよろしいですか?」

「初歩的?」

「怒らないで聞いてくれますか?」

「はやくしろ」

「イスハレフっていう方は、どういう方なんですか?」

 カーキの魔女は少し遠い目をしました。ヴェルンでさえ私の質問に反応したように頭をあげました。

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