第16話
「おや、薬局さんじゃないですか」
「あー、嬢ちゃんか……」
けが人はウリョークシュ薬局です。わたしがモニュマハイトにやってきた時に馬車で乗り合わせた薬屋です。小太りです。ウリョークシュが名前なのかどうか知らないけどわたしにとってはウリョークシュ薬局です。聞けば薬局さんも薬草を採集していたそうです。薬草というのはルビアです。それは彼の荷物を見れば一目瞭然でした。薬局もルビアを採取していたんですね。わたしたちのイワダレ池とは違う場所、おそらくはコノハチョウの沼で。
薬局は苦痛に顔をゆがませていて辛そうです。なのでわたしに状況を説明してくれたのは野次馬でしたが、状況説明を待つまでもなく患部は一目見れば分かりました。右足首の骨折です。
「かなり腫れがでてきてますね」
わたしは
「折れてますね。でもきれいに治ると思いますよ。足を踏みはずしたんですか?」
わたしは骨折箇所をぐりぐりと押し込んで整復を試みます。薬局は「いっ」とか「うっ」とか悲鳴を上げています。
「ゴ、ゴーレム……。ゴーレムに襲われた」と薬局。
「ゴーレム!?」
わたしは思わず声を上げ、手に力が入りました。薬局はたまらず「いっ」と声を上げました。
「鈴はつけてなかったんですか?」
「つけてたさ」と薬局。
ゴーレムは先日ヴェルンが一体退治したはずです。そもそも目的を持たない怪異は鈴をつけていれば寄ってこないはず。何かの目的を持ったゴーレム使いがいるということでしょうか。
「ゴーレムに襲われて……、その足で逃げたんですか? いや、逃げてる最中にやったのでしょうか」
わたしはまだ骨折箇所をいじくりまわしています。そのたびに薬局は「いっ」とか「うっ」とか悲鳴を上げています。
「いや……、物陰から出てきたゴーレムに押し倒され足を踏みつけられた……。一瞬だった」と薬局。
「それでよく無事でしたね!」
「なんだか……、人違いでした、みたいな雰囲気で去っていった」と薬局。
"ゴーレムに襲われた"と聞いた瞬間からわたしの中になにか引っかかるものがあります。わたしが深刻な顔で薬局の足をいじりまわしているので薬局は心配になったようでした。
「あの……、どう? 上手く治りそうもないの?」
「治りますよ。動かないでください」
わたしは立ち上がり、腕を振り回すと虚空から杖を取り出しました。野次馬からは軽く歓声が上がります。わたしは杖を薬局の足首にかざして、特に意味はないそれっぽいことを呟きます。
"この者の足は皆のともしび。唯一の者に至る道を示したまえ……"
骨がつながった手ごたえがあります。魔法使いには辺り一帯がぼんやりと光って見えることでしょう。腫れがひいていった様子は魔法使いではない野次馬にも分かるでしょう。わたしはしゃがんで薬局の足を確認しました。
「一応つながりました。この場で完全に継いでしまっていもいいのですがエーテル体の負担を考えると数日に分けて治療したほうがいいと思います。薬局さんならお付き合いのある
「ありがとう。ありがとう。痛みが引いただけで大感謝だよ」と薬局。
気が付くと事務のクシュギワさん、メイドのシクリーンも野次馬に混じっていました。長椅子に横になっていた薬局はゆっくりと身を起こし、野次馬も各々の仕事に戻り始めます。
「ところで薬局さん、ゴーレムの近くに人影をみませんでしたか?」
「どうだろう、気が付かなかったな」
「あのあたり、ゴーレムはよく出るんですか?」
「コノハチョウの沼は確かにジングマリの森に近いけど、今まで怪異を見たことはない。念のため鈴は持っていくけど、必要ないんじゃないかくらいに思っていたよ」
「そうですか……。ところで、薬局さんもルビアを採集していたようですね?」
「おっと、これはお恥ずかしい。軍が調達に動いてるって聞いてね。ポッセより先に回収してやろうと思ったらこのざまだよ。価格高騰してる今が稼ぎ時だからね。がはははは」
薬局さんは商人らしく豪快に笑いました。豪快に笑いながら知り合いに付き添われて歩いて帰っていきました。
薬局さんを見送るとシクリーンが口を開きました。
「なんでゴーレムを気にするんですか?」
ふむ……。わたしはシクリーンを見ました。シクリーンもそうですがポッセの事務のクシュギワさんにも話しておいた方がいい気がしたので、わたしの
「わたしは先日、森の中でゴーレムに襲われているんです。その時のゴーレムはヴェルンが破壊したのに、今日、またゴーレムですよ。そして今日は本来ならばわたしもコノハチョウの沼にルビアを採りに行っているはずだったんですよ。行先を変えたのはたまたまです。朝、たまたまホムと話をしたからです」
「ナピさんが狙われていると考えているのですか?」とシクリーン。「――あ、もしかして……。いえ、なんでもありません」と、彼女は不自然に口をつぐみました。事務のクシュギワさんは特に気にする様子もなく、わたしのことを気にかけてくれました。
「危険を感じますか? ナピさん」
「気がかりではありますが……。わたしは越してきたばかりで誰かに恨まれるような心当たりがないんですよね……」
「わかりました。しばらくはナピさんには街中での仕事か、複数人で行動できる依頼だけ通すようにしましょう。ここは小さな屯所ですが、分駐所には頼もしい魔女がたくさんいますから心配いりませんよ」
「はい。ありがとうございます」
「ところで……」と事務のクシュギワさん。「お二人はどういう関係なんですか?」
「えーと、シクリーンとはお茶のみ友達なんです」
わたしは適当に誤魔化しておきました。
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