第14話
「わたしはリカーボネ。詩人だ」
そう言って詩人は握手をもとめてきました。軽いですね。わたしは握手に応じましたが、シクリーンはわたしの後ろに隠れてしまいました。先日怖い思いをしたばかりのシクリーンですから、知らない男性に手を預けることに抵抗があるのは無理はないかもしれません。わたしはシクリーンを
「体調が悪いのかと思いましたよ。
「敬虔な気持ち! まさにそれを考えていたんだ。まさにそうなんだ。街は良くない。もちろん浮世をテーマに据えることもできる。しかし街というのは人を傲慢にも孤独にもする」
しゃべりながら身体が動く人ですね。左手で右肘を支えて、まるでドアをノックするように右手を動かしながら
「不思議だろ? 人の存在が人を孤独にするんだ。人々の生活から隔絶されていると、人は孤独を感じないんだ」
詩人は情熱的にしゃべっていたかと思うと、急に声のトーンを下げて言い含めるように話します。
「隔絶された人はその時に何を感じるか。生活から隔絶された人は何を感じるか……」
詩人は真剣な表情で前のめりになって、手を広げました。
「大地だよ。自然だ。君は言ったね、そう。敬虔な気持ち」
「は、はい……」
「
「い、いえ。――詩作の邪魔をしてしまってすいません」
「いや、たまにここを訪れる人と話をするのもいい刺激になるんだよ」
「そうなんですか。ここを訪問する人というと、戦没者の遺族の方とかでしょうか?」
「たしかに遺族とか、大きな傷がある退役兵とか、
「そうなんですね。でもわたし達は遠くから物見に来たわけじゃありませんよ。お仕事のついでに寄っただけです。――まあ確かに地元の出身ではありませんが」
「そうなのか」
わたしの魔法衣のデザインはわたしが都会の出身であることを物語ってしまいます。
「そうなんですよ。今はウンプラに暮らしています」
「あれか……。魔法使い排斥運動に嫌気がさした?」
「まあ、そんなところですね」
「魔法使いとしての誇りだね。素敵だと思う。うん。それに実力が伴わなければ出来ない選択だ。さぞかし等級の高い魔女さんなんだろうね」
「いや、それほどでも……」
「ナピさんは凄いんですよ! 『あの出力の高い杖で魔法圧を安定させることができる魔女はそうはいない』って、お嬢様も言ってました!」
「いやぁー、そーれほどでもないんですけどぉ!」
褒められて悪い気はしません。しかし詩人はすこし悲しそうな表情になります。情緒の忙しい方ですね。
「わたしはたまに申し訳なく思うんだよ。君たちのような特級魔法使いに対して」
「え、どうしてですか? ちなみに上級です」
「わたしは戦後の体制が気に入っているからね。いや、都市部の魔法使い排斥運動は行き過ぎだと思うけど、だけどここに暮らしている分には魔法使いと、魔法の使えない
「なるほど。そういう見方もできますね……。魔法使いはそれでよく納得しましたね。私がいうのも変ですが」
「そうだな。平等主義者にもっとも都合のいいタイミングでイスハレフが戦死し、皇帝が突然の退位をしてしまったんだ。実のところ、イスハレフが居なければイスハレフ大隊は
「おお、ポッセですね!」
「そうだ。先ほどの疑問、命を賭して戦った魔法使いたちが平等主義に基づいた同権社会に納得した理由は好待遇が約束されたからだ。この政策のために汗をかいたのもモニュマハイトの有力者、ウタイーニャ家の令嬢だそうだ」
「ほお、イヨクナ・ウタイーニャ様ですね!」
「よそ者なのによく知ってるな……。とにかく、終戦は魔法兵の失職を意味するから、平和は社会不安に直結する。そのため当時の有力者たちがイスハレフ大隊を解散させなかったことは今になって高く評価されている。もちろん過激な
「そうだったんですね。――わたしは世の中の価値観が変わっていくのは自然なことなんだと漠然とおもっていましたよ。変えようとがんばった人がいたんですね」
わたしは歴史に
わたしはまだイスハレフ廟に対して思うことはありません。でもこの地で暮らしていけば、少しずついろんな人の戦争の記憶がわたしの記憶になっていくんだろうなと、そんな気がします。
詩人を別れを告げ、わたしはシクリーンを連れてお仕事に向かいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます