第14話

「わたしはリカーボネ。詩人だ」


 そう言って詩人は握手をもとめてきました。軽いですね。わたしは握手に応じましたが、シクリーンはわたしの後ろに隠れてしまいました。先日怖い思いをしたばかりのシクリーンですから、知らない男性に手を預けることに抵抗があるのは無理はないかもしれません。わたしはシクリーンをかばうようにして、話を続けます。


「体調が悪いのかと思いましたよ。詩作しさくふけっていたとか、そんなところですか? ここはなんていうか、敬虔けいけんな気持ちになれますね」

「敬虔な気持ち! まさにそれを考えていたんだ。まさにそうなんだ。街は良くない。もちろん浮世をテーマに据えることもできる。しかし街というのは人を傲慢にも孤独にもする」


 しゃべりながら身体が動く人ですね。左手で右肘を支えて、まるでドアをノックするように右手を動かしながら滾々こんこんとしゃべります。


「不思議だろ? 人の存在が人を孤独にするんだ。人々の生活から隔絶されていると、人は孤独を感じないんだ」

 詩人は情熱的にしゃべっていたかと思うと、急に声のトーンを下げて言い含めるように話します。

「隔絶された人はその時に何を感じるか。生活から隔絶された人は何を感じるか……」

 詩人は真剣な表情で前のめりになって、手を広げました。

「大地だよ。自然だ。君は言ったね、そう。敬虔な気持ち」

「は、はい……」

畏敬いけいの念だよ。君たち魔法使いにとってアストラル体を意識することは多いと思うが、アストラル体のそもそもの根拠はアートマ体にある。そうだね? 切り落とした腕は自分自身なのか、それはかけがえのない……。失敬。何の話だったかな?」

「い、いえ。――詩作の邪魔をしてしまってすいません」

「いや、たまにここを訪れる人と話をするのもいい刺激になるんだよ」

「そうなんですか。ここを訪問する人というと、戦没者の遺族の方とかでしょうか?」

「たしかに遺族とか、大きな傷がある退役兵とか、貫禄かんろくのある魔女さんとか多いね。でも君みたいに遠くから物見にやって来る人もいる。英雄の墓であり、ある種の人にとっては聖地だからね。あー、そうそう。年に一回、イスハレフの命日だけはたくさんの人が集まるな。あれは面白いよ。ならず者も貴人も肩を並べて黙祷するんだよ。傑作だろ?」

「そうなんですね。でもわたし達は遠くから物見に来たわけじゃありませんよ。お仕事のついでに寄っただけです。――まあ確かに地元の出身ではありませんが」

「そうなのか」

 わたしの魔法衣のデザインはわたしが都会の出身であることを物語ってしまいます。

「そうなんですよ。今はウンプラに暮らしています」

「あれか……。魔法使い排斥運動に嫌気がさした?」

「まあ、そんなところですね」

「魔法使いとしての誇りだね。素敵だと思う。うん。それに実力が伴わなければ出来ない選択だ。さぞかし等級の高い魔女さんなんだろうね」

「いや、それほどでも……」


 謙遜けんそんしようとしたところ、わたしの背中に隠れているシクリーンがかぶせてきます。

「ナピさんは凄いんですよ! 『あの出力の高い杖で魔法圧を安定させることができる魔女はそうはいない』って、お嬢様も言ってました!」


「いやぁー、そーれほどでもないんですけどぉ!」


 褒められて悪い気はしません。しかし詩人はすこし悲しそうな表情になります。情緒の忙しい方ですね。


「わたしはたまに申し訳なく思うんだよ。君たちのような特級魔法使いに対して」

「え、どうしてですか? ちなみに上級です」

「わたしは戦後の体制が気に入っているからね。いや、都市部の魔法使い排斥運動は行き過ぎだと思うけど、だけどここに暮らしている分には魔法使いと、魔法の使えない不佞ふねいとの調和のとれた良い社会を実感できるんだ。そしてこの平等な社会をつくってくれたのは内戦に他ならない。もちろんイスハレフら同盟側の各種勢力は反皇帝派として連帯していたというだけで、みんなが平等主義による同権社会を目指していたわけではない。でも結果だけをみれば、魔法使いは魔法使いの地位を低めるために戦ってくれたんだよ。悲劇じゃないか」


「なるほど。そういう見方もできますね……。魔法使いはそれでよく納得しましたね。私がいうのも変ですが」


「そうだな。平等主義者にもっとも都合のいいタイミングでイスハレフが戦死し、皇帝が突然の退位をしてしまったんだ。実のところ、イスハレフが居なければイスハレフ大隊は烏合うごうの衆だったんだ。反皇帝派として連帯していたというだけだったんだよ。熱狂的に支持された英雄が居なくなったところで同盟側の主導権を握ったのはモニュマハイトの有力貴族たちだった。そして現帝はラパラティナに配慮しモニュマハイトの有力者たちを改革に参加させることを約束し、内戦は終結へと向かった。イスルロード家の食客だったツァズパニ、エルボアーテ家の名代シダラが中心となって社会制度改革を推し進めた。旧イスハレフ大隊はイスハレフ魔法秩序維持作戦大隊として再編された」

「おお、ポッセですね!」

「そうだ。先ほどの疑問、命を賭して戦った魔法使いたちが平等主義に基づいた同権社会に納得した理由は好待遇が約束されたからだ。この政策のために汗をかいたのもモニュマハイトの有力者、ウタイーニャ家の令嬢だそうだ」

「ほお、イヨクナ・ウタイーニャ様ですね!」

「よそ者なのによく知ってるな……。とにかく、終戦は魔法兵の失職を意味するから、平和は社会不安に直結する。そのため当時の有力者たちがイスハレフ大隊を解散させなかったことは今になって高く評価されている。もちろん過激な魔法主義マギクラティズム勢力はイスハレフ大隊から離反して未だに国境地帯や隣国で武装闘争を続けているが、いまのところはポッセの活躍もあり我が国は治安の維持に成功している」

「そうだったんですね。――わたしは世の中の価値観が変わっていくのは自然なことなんだと漠然とおもっていましたよ。変えようとがんばった人がいたんですね」


 わたしは歴史にうといし、そんなふうに考えたことはありませんでした。そもそも、あの内戦は単純にラパラティナ公国を盟主とする同盟と皇帝派の覇権争いだったと認識していましたね。内戦に対する見方が違うというのは、わたしが皇帝派の街に暮らしていたからということもあるのでしょうね。


 わたしはまだイスハレフ廟に対して思うことはありません。でもこの地で暮らしていけば、少しずついろんな人の戦争の記憶がわたしの記憶になっていくんだろうなと、そんな気がします。

 詩人を別れを告げ、わたしはシクリーンを連れてお仕事に向かいました。

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