第13話

 わたしたちはあしのバスケットを抱えて、乗合のりあい馬車でイワダレ池方面を目指しました。例のあやしい森、ジングマリの森にシクリーンを近づけることに抵抗があったというのはありますが、シクリーンをガイドにして土地勘をやしなっておきたいというのもありました。今日もシクリーンはメイド服ですが、大きなつばのボンネットをかぶっています。念のため顔を隠しているのです。


 馬車の中でわたしはなんとなく気になっていたことをシクリーンに尋ねてみました。

「お嬢様の寝室にある鳥かごはなんなんですか?」

「メッセンジャーインコですよ」

「遠方の誰かとやり取りしているんですか? あきないですか?」

「わたしは知るべき立場にありませんので」

「そういうものですか……」


 使用人と主人というのは意外と素っ気ない関係なのでしょうか……。いや、少なくともお嬢様は情に厚い方のように見えましたけどね。するとシクリーンもお嬢様が誤解されると感じたのか、言い訳をします。


「えーと、わたしたちのような使用人は諜報員スパイの潜入手段の定番なんだそうです。疑われることを避けるために主人の職務に関することには首をつっこまないようにしていますし、外部の人にも話さないようにしているんです。――ただ、これは周知の事実なんですが、イヨクナお嬢様はモニュマハイトの魔法使い政策に関して大きな影響力を持っておられます」

「そうなんですか?」

「はい。なので、カノニューガの役人たち、学者たちとも交流をもっていらっしゃいます」

「なるほど。浮世うきよから離れて深窓しんそうに暮らしているわけではないのですね。そういえば魔法についてもお詳しそうでしたね」

「はい。お嬢様はいろいろなことをご存じです」

「なるほど。そうですか。だとすればお嬢様をわずらわしく思っている人がいてもおかしくないと、そういうわけですね」

「はい。残念ですが」

「魔法使い政策ですか……。わたしにも関係ありそうですね。どんな活動をされているんですか」

「お嬢様はネンビノシに魔法使い向けの孤児院を作ったんですよ。戦争孤児が武装勢力に加わる現実をなげいておられましたから。――お嬢様は平等主義を推進していらっしゃいますが、都市部では平等主義が誤解されていると憂慮していらっしゃいます」


 戦争の反動なんだと思いますが、戦後の世論は魔法使いに冷たい。権利の平等を実現するという構想がいつの間にか魔法使い排斥はいせき運動にすり替わってしまったと指摘する人もいます。今はそれがテロの温床になっているという考えなのでしょう。実のところわたしも都市を追い出された身の上です。


「シクリーン、わたしはお嬢様の考えに賛成ですよ」

「はい」と、シクリーン。


 乗合馬車はイスハレフびょうまでは連れて行ってくれないということで、わたしたちは途中から歩く羽目はめになりました。

 しかしイスハレフ廟方面、不思議な感じですね。畑はまばらで、あまり人の生活圏という感じはない。馬車の駅が無いのも納得です。このあたりも森ではあるが、ジングマリの森のようにうっそうとしていない。若い森です。その理由はだんだんと分かってきます。若い森に飲み込まれつつある石塀――しかも焦げたような痕跡のある石塀を何か所かで見かけました。


「山火事ですか?」

「はい。戦争の末期に一度燃えたと聞いています。――わたしも地元の人間ではないので聞いた話ですが、当時向かうところ敵なしだったイスハレフさんの部隊が駐留している森に敵が火をつけて回ったのだと聞いています」

「それで、イスハレフ廟なんですね。イスハレフさん――、名前はよく聞きますよ。ポッセの正式名称もイスハレフ魔法秩序維持作戦大隊というんです。イスハレフさんの部隊が元になっていると聞きました。戦後に役割を変えたそうです」

「はい。モニュマハイトの英雄だそうです。通り道ですし少し寄っていきますか?」

「そうしましょう」


 私たちはイスハレフ廟に寄り道しました。自分の住む街を知ることも大事ですから。


 イスハレフ廟は森の中に現れた原っぱという感じです。その原っぱの真ん中にはドーム屋根の風通しの良い巨大な建物がありました。

「これはラパラティナの様式なのでしょうか?」

「違うと思います。イスハレフさんは北の出身だと聞いています」

「なるほど」


 青みがかった大理石マーブルの簡素な建物です。たくさんの尖頭せんとうアーチがドームを支えています。大き目のガゼボという感じですね。その建物の中心には石棺が見えます。実際にイスハレフさんが眠っていらっしゃるのでしょうか。それともただの据え物でしょうか。そのドームの前には、これまた青みがかった大理石の巨大な石碑があり、人の名前がずらっと刻まれています。戦死者の名前でしょうか。

 あるのはそれくらいです。人もいないし、近くに人が住んでいるわけでもないし、少し物悲しい雰囲気があるだけという感じ。わたしが歴史を知らないからあまり心を動かされないというのもあるのでしょうね。


 わたしたちがアーチをくぐりますと、廟の中に男性が座り込んでいるをの見つけました。目をつむってぐったりしているように見えました。シクリーンは少し警戒してわたしに隠れるような位置に立ちました。

「どうかされましたか?」

 私が声をかけると、男性ははっとして顔を上げました。

「いやぁ、驚かせてしまったかな?」

 男性は立ち上がります。背の高い男性ですが、細身で威圧感いあつかんはありません。しかし個性的なよそおいですね。亜麻あまのシャツに、下は朱色地に黒のチェック模様です。そしてあしで編まれた帽子をかぶっています。

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