第11話

 ヴェルンはゆっくりと話し始めます。


「北方プジャージンの錬金術の秘術にスバクというのがある」

「スバク……」

「これは言ってみれば虫だ。虫を錬成する秘術だ」と、ヴェルン。

「虫?」

「この虫が標的の体内に入ると、他人のアストラル体の影響を嫌がり、暴れて毒素を出す。この毒素が標的の体力を奪い、標的の身体には独特のあざが出る。この症状がアグリコラの花鳥紋かちょうもんと呼ばれた」


 完璧な解答です。助言を求めるのに最適な人物を見つけてしまったようです。

「素晴らしいです! ヴェルンがプジャージン出身と聞いたのでもしかして知ってるかも、とは思いましたが……」

「お望みならば作れる」とヴェルン。

「お望みなのは治し方です」

「スバクは治癒魔法では治せない呪いとして重宝ちょうほうされた歴史がある。しかし虫というのはつまるところ小さい使い魔だ。主の魔力供給を絶てば三日で消滅する」


 なるほどなるほど。いくつか有益な情報が得られました。しかし同時に謎も深まります。すでに五日間転地療養をしているイヨクナお嬢様の症状が改善しない原因が分からなくなりました。もう少し情報を開示してヴェルンの協力をあおぐべきでしょうか。ヴェルンは信用できる人間だと思いますが、部外者にあまり詳しく話すのも問題だと感じます……。

「実は転地療養が有効だという話は知っていました。今のヴェルンの話でそれが有効な理由も分かりましたし、せいぜい三日しか持たないという情報も有益です。そして犯人が錬金術師アルケミストだと限定できたことも有益ですが……」

「いや、それは違うな」とヴェルン。

「?」

「錬金術師が使い魔を作る場合は原料に人の体液を用いる。その体液の持ち主から分け与えられたアストラル体が使い魔に宿る。つまりナピの体液があれば、ナピの魔力で動く……」

「ホムンクルスが出来る!」

「そういうことだ」

「すいません目的を見失いました。――つまり錬金術師に協力してもらえばどんな魔法使いでも……」

「いや、スバクは小さい使い魔だ。主になるためには魔法使いほどの魔力を必要としない。もちろん魔力の弱い不佞ふねいが使い魔に魔力を供給するためには相当ターゲットに近づく必要があると思うが」

 と、ヴェルン。


 なるほど。呪いの原因が錬金術によるものだとバレなかった理由もうなずけますね。つまり、自分の体液で虫を作ってもらう。その虫を食べ物に混入させて標的に食べさせる。あとは自分が何食わぬ顔で標的の近くにいれば、なんなら臆面おくめんもなく献身的けんしんてきな看病に身を投じていれば、標的は日に日に弱っていくという寸法ですね。


 ――あれ?


 急にある人の顔が頭に浮かびました。

「体液って、もしかして血液ですか?」

「なんでもいいのだが、もしナピに頼まれれば、そうだな、血液を数滴頂こう。しかし一番いいのは血液よりも……」

 わたしはがたっと突然立ち上がってヴェルンの手を握りました。

「ヴェルンありがとう。大変助かりました。急用ができたので失礼します。ああー、ホム。お洗濯はそれくらいで大丈夫です」

 まだ乾いていない魔法衣に着替え、わたしはヴェルンの小屋を後にしました。




 コテージに戻ると、わたしはそのままの格好で停車場に向かいました。イヨクナお嬢様が療養しているマナーハウスへは一度も行ったことはありませんがシオツージまで行って現地の人に聞けば分かるはずです。


 停車場で乗合のりあい馬車を待って、馬車に揺られること三時間と少し。乗客にはシオツージから行商に来ているおばさまがいたので事情を話したところ、ウタイーニャ家のマナーハウスの場所を教えていただけました。こうしてシオツージに着いた頃には日は傾いていました。


 牧草地が広がり、牛がのんびりと草を食んでいます。遠くにはぼんやりとした山並みが昼下がりの空とまじりあっています。


牧歌的ぼっかてきですね……」


 今日はマナーハウスに泊めてもらうことになるかもしれません。

 馬車で一緒になったおばさまの指示通りに歩いていくと遠くにそれっぽい建物が見えてきました。衛兵に怪しまれつつも、顔見知りのメイドにつないでもらい、お屋敷に招き入れられました。


 寝室には例の四人のメイド、ベッドにはイヨクナお嬢様。この前お邪魔したお屋敷と比べると寝具や調度品は質素しっそです。窓の近くには空の鳥かごがあります。わたしの身長ほどもある高い支柱からぶら下がる鳥かごです。

 お嬢様の容体は……。そうですね、最後に見たときと変らない感じでしょうね。

「報告にあった通り、転地療養だけではあまり効果が無かったようですね」と、わたし。

 少しお話がしたかったので、いの一番に痛みを鎮める魔法をお嬢様にかけました。


「夕方にでも人をろうと思っていましたのに」

 とお嬢様。

「アグリコラの花鳥紋についていろいろと分かりました。早い方が良いと思いましたので」


 錬金術師アルケミストの作り出したスバクという虫が原因であること。錬金術師に頼み、血液を提供することで誰もが虫の主になりうること。主からの魔力の供給を絶つことで簡単に治せること。三日程度魔力を絶つだけで虫を駆除できること。わたしはヴェルンから聞いた話を簡潔に説明しました。


「なるほど。ナピさんの方でもあの後いろいろ手をくしてくださったのですね。ですが、わたしはその話を信じたくはありません」

 とお嬢様。すこし気にさわられた様子です。

「お嬢様がそうお考えになるのも当然です。信頼している四名のメイドと五日間隔離生活を送ってきたわけですから、今回私が持ってきた情報をまえて考えると、お嬢様の体内に寄生しているスバクという虫に魔力を供給している人物は四人のメイドの中にいるということになってしまいます」

「ありえません!」と語気を強めるメイド長。

 わたしはそれを無視して、メイドのシクリーンのところに行って彼女の手を握りました。

「そしてわたしはシクリーンの話を思いだしたのです」

 シクリーンは気が付いてハッとした顔をします。

「シクリーン。暴漢ぼうかんに襲われたこと、誰にも言ってないのですか?」

 シクリーンは泣き出しそうな顔をして、後ずさりました。お嬢様から距離をおこうとしているみたいです。

「はい……。お嬢様に心配かけてはいけないと思い、黙っていました。大した傷ではなかったので……」

 そうでしょうね。あの傷は自然治癒に任せて治りかけている状態でした。報告していればお嬢様はお抱えの治癒魔法師ヒーラーに治してもらうように言ったでしょうから。

「辛いかもしれませんが、いま話してもらえますか? いつごろの出来事だったのですか?」


「やっぱりわたしのせいなんですか!?」


 シクリーンはまるで後ろに倒れるかのように後ずさり、どんっとぶつかった壁に背中を預けたまま泣き出してしまいました。


「そんな……そんな。わたしのせいで……。わたしのせいでこんなことに!」


 顔を伏せて、手のひらで涙をぬぐいながら悔しがるシクリーン。それでもお嬢様の前で泣きわめくようなことをしてはいけないと感じているのか、必死で声を押し殺しているようです。いじらしいじゃないですか。

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