第8話

 ヘンベインがいい具合に乾燥してきました。ささやかなコテージですが、わたし一人が使う分の薬草を干したり、煮だしたりするには十分です。いずれ石臼と蒸留器も揃えたいですね。


 あれから五日が経ちます。イヨクナお嬢様は転地療養のためシオツージのマナーハウスに移られたそうです。シオツージはここから駅馬車で三時間ほど北西にある農村です。お世話をしているのはわたしも知っているメイド四人。執事は同行していないということですが現地の使用人が何名かいるらしいです。二回ほどお手紙による状況報告がありましたが、お嬢様の容体ようだいかんばしくないみたいですね。想定では三日も離れれば十分な効果が現れるはずでした。考えられる原因は術者が魔力供給のためわざわざ療養地まで足を運んでいる可能性でしょうか。もう一つはアグリコラの花鳥紋に関するわたしの知識が間違っている可能性。


「ふむ……。一番考えたくない可能性がもう一つありますね」


 一番考えたくない可能性。例えばメイドらお嬢様の身近な人物の中に魔法使いが……。おや? わたしが中庭に干したハーブを裏返しながら悶々と考え事をしていると、人ならざる者が垣根から顔を覗かせます。敵意がある感じではありませんね。


「ナピさんですね?」


 人ならざる者がしゃべりました。しゃべるなんて生意気……いえ、珍しいですね。ネイビーブルーのセーラーワンピースにベレーといういでたち。人にそっくりですが小柄です。なんというか、大人にも子どもにもみえるし、女の子にも男の子にも見える。ぎりぎり「人ならざる者」だと感じられるくらいの違和感があります。それがひょっこりと覗き込んできました。

「森の中に石化している人がいるので手を貸していただけませんか?」

 賢そうな人ならざる者ですが、人ならざる者を信用していいのでしょうか。普通はしませんよね。

「あなたは何者でしょうか?」

「ホムです。東の外れの小屋に住む魔法使いヴェルンヴェルン・ヨーアイテの使い魔です。先にポッセの屯所たむろしょに依頼しましたらナピさんを直接訪ねるように言われました。お手紙を預かりました」

 ホムとやらはポッセのお手紙とやらを見せてきます。

「どれどれ、『詳細はヴェルンをたずねよ』。簡潔ですね……」

 ヴェルンさん。あのネイビーブルーの魔女ですね。初対面でわたしが無礼を働いてしまった彼女です。少し顔を合わせづらいですね。

「ホムはポッセにはよく顔を出すのですか?」

「ホムは昨日生まれたばかりですが、マスターはポッセに所属しています」

「そうなんですか……。わたしの同僚になるのでしょうか」

 不思議ですね。そんな話は聞いていませんが……。

 まあとにかく、わたしがポッセに顔を出すのが正式な手続きですが直行の方が近いということでしょう。わたしは準備をして人ならざる者に付いていくことにしました。


 人ならざる者は人当たりのいい笑顔で軽やかに歩きます。こっちまでうきうきしてきます。ヴェルンさんの家はわたしの家よりも街から離れていきます。街というよりも村感が強くなってきますね。わたしのコテージまわりはまだ舗装されていましたが、ここまでくると土です。雨上がりには歩きたくないですね。道すがら村の何人かとすれ違い、挨拶を交わしました。このあたりの住民は人ならざる者にも慣れているようです。いや、もしかするとわたしの使い魔だとでも思ったのでしょうか。人ならざる者はわたしの前を軽やかにスキップして目をひいています。


 さて村の外れまでくると、いかにも魔女が住んでそうな小屋が見えてきました。茅葺かやぶきの三角屋根の、くすんだ黄色の土壁の小屋です。芝棟しばむねのコスモスがアクセントになっています。そしてなんでしょう……、遠近感を狂わせるようなデザインです。直角であるべき部分が直角じゃない? とにかく、わたしのコテージよりもずっと魔女の住処すみか感があります。素敵ですね。




 人ならざる者に案内されて村の外れまで歩いていくと、いかにも魔女が住んでそうな小屋が見えてきました。とんがった茅葺屋根の芝棟が印象的な黄色い小屋。せいぜい一人が暮らせるくらいの小屋で、カバードデッキがあります。例の紺色の魔女がそこで難解そうな現代史の本を読んでいるのでした。


「こんにちはヴェルンさん。先日は大変失礼をいたしました」


 私は一度頭を下げてから、彼女の方を見ました。彼女はわたしの方に目を向け、そして本をパタンと綴じました。

「気にしていない」と、ヴェルンさん。すっと立ち上がり、「準備をするので少し待っていて欲しい」と言いました。

 そっけない態度です。まだ先日の事を怒っているのでしょうか。しかしどうもそういう様子ではありませんね。威風堂々というんでしょうか、居丈高いたけだかというんでしょうか。あふれ出る自信を感じます。しかし背は低く顔立ちも幼いせいか威圧感はありません。

 わたしを案内してくれた使い魔があわただしく走り回ります。使い魔はポールハンガーから帽子をとってきてはヴェルンさんの頭にかぶせ、イタチのマフラーを持ってきてはヴェルンさんの腰にぶら下げて、杖をとってきてはヴェルンさんに手渡します。

「使い魔……。いいですね」わたしは思わず呟きました。

 すっかり準備の整ったヴェルンさんは私の方に歩いてきて手のひらを上にしてすっと手を差し出しました。

「? 手をつないで行くんですか?」

 私はそう言って彼女の手に自分の手を重ねると、ヴェルンさんはふっと笑って私の目を見てきました。目をまっすぐに見てくる感じ、やはり自信を感じます。――と、思った刹那せつな、ヴェルンさんとつないだ私の手の中に丸い物体が出現しました。


「はっ! 錬金術! 錬金術師アルケミストか!?」


 私がそういうと彼女は少し得意そうににやりと笑いました。私が受け取ったものは魔除けの鈴でした。

「ありがとうございます。私のこと気にかけてくれていたんですね。この前怒らせてしまったんじゃないかと思ってそれだけが気がかりで……」

「怒ってはいない。私でなければ死んでいたがな」

「そうですよね。反省しています……」

 反省はしていますが、この無愛想な魔女の扱い方が少しわかった気がしてほっとしています。自己紹介をしておくタイミングでしょう。

「申し遅れましたが私、ナピナピ・アグラスと言います。ナピって呼んでください。ビスカハイトから越してきました。よろしくおねがします」

 すっと握手を求めると、彼女も応じてくれました。

「よろしく、ナピ。わたしはヴェルンヴェルン・ヨーアイテ。プジャージンの出身だがこの地には五年近く暮らしている」

 プジャージン……。内戦ではラパラティナ側について戦った北の公国です。五年前というと……、そうです。戦争のためにプジャージンから派遣されたということでしょうか。プジャージンといえば例の呪いの本場でもありますね。いろいろ気になることもありますが、まずは今日のお仕事を片付けましょう。

「魔除けの鈴をくれたってことは今日もまた森に入るんですか?」

「そうだ。確認しておきたいのだが、ナピは石化を解くことはできるか?」

「石化ですか。出来るはずだけど試したことはないですね。身近に石になってる人が居なかったので」

「石になっている人がいるので試してみてほしい」

 するとホムと名乗る人ならざる者が先頭に立って歩き始めました。案内してくれるみたいです。わたしはヴェルンさんから受け取った鈴を腰にぶら下げ、二人の後ろに付いて森に入っていきます。




 錬金術で錬成できるものはその人の技量次第だと聞きます。この鈴を一瞬で錬成するヴェルンさんの能力はどれくらいのものなのでしょう。彼女の魔法種は判明しましたが謎は残ります。先日わたしがヴェルンさんをアケビでぐるぐる巻きにしてやった際に彼女は怪我は自分で治せるというようなことを言っていましたね。しかもミノムシ状のアケビの塊の中から脱出していました。錬金術でそんなことが可能なのでしょうか。

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