第5話
ポッセはわたしのために街はずれのコテージを用意してくれました。
この日も同じ様に庭に干した薬草から虫を除いたり、種子を集めたりしていると表に馬車が止まりました。
「来ましたね」
例の執事でしょう。診てもらいたい患者がいると告げられた時に他言無用を厳しく申し付けられました。しかし診察の日取りは追って知らせると言われたまま三日がたちました。貴族様にはいろいろと事情があるのでしょうね。きっと今から立派なお屋敷に連れていかれるのです。そこでは使用人総勢五百人が出迎えてくれることでしょう。ことをうまく運べば貴族さまのお抱え魔法使いとして何不自由ない生活を保証されるかもしれません。
わたしを迎えに来た馬車は二頭立ての箱馬車でした。長距離移動のコネストーガ式の幌馬車に慣れてしまったせいでしょうか、「こじんまりとしてる……」というのが最初の印象でした。それでも細部の造りは丁寧です。
「ナピナピ・アグラス様。お約束の通り迎えに上がりました。ご機嫌はいかがでしょうか」
「ありがとうございます。本日はよろしくお願いします」
「ナピ様、少し事情がございますので、こちらに着替えて頂けますでしょうか」
「はあ……」手渡されたお洋服は、メイド服でした。
そして執事は帯同したメイドを紹介します。
「この者がお着替えのお手伝いをいたします。よろしくお願いします」
「シクリーンです。お着替えのお手伝いをさせていただきます」
シクリーンはそういうとスカートを軽くたくし上げ、
魔女の誇りである魔法衣を脱げというのでしょうか。ちょっと腑に落ちません。しかし執事のキピトイチャさんが切羽詰まったような顔をしていたので本当にのっぴきならない事情があるのだろうなと思い、何も言わずに手渡された服を持って自分の部屋に戻りました。ついてきたメイドも招き入れます。
「
わたしがそう
こうしてわたしは事情も分からぬままメイド服に着替えました。シクリーンが手伝ってくれるのですが、わたしは普段は魔法衣しか着ないうえに着替えを手伝ってもらったことも無いので全く息が合いません。ぎこちない着替えの最中、わたしがメイドの格好をしなければならない事情を尋ねてみましたが、あとで執事のキピトイチャ様からご説明があるとはぐらかされました。あまりしゃしゃり出ないのがメイドのあるべき姿なのでしょうね。しかしわたしの着替えが終わると、そのメイドがしゃしゃり出てわたしの手を握ってきました。
「どうか、お嬢様をお願いします」
痛ましく、そして真剣なまなざしです。メイドのシクリーンはわたしより少し若いくらいでしょうか。しかしわたしよりもずっと純粋さに満ちています。お嬢様を
「失礼」
わたしはそのメイドの右の袖をめくって前腕を確認します。――ありました。傷ですね。ダルノーハ記念病院の院長なら合格をくれるでしょうか。
シクリーンの腕の小さな傷はかさぶたになっていました。
「
「はい。大した怪我ではありませんでしたので」と、メイドのシクリーン。
確かにその通りです。大した怪我ではありません。イバラのとげにひっかけてもこれくらいの傷は出来そうです。手を握っただけで気が付くほど違和感が強かった割りに深刻度は低い。
「こ、こんな小さな傷も分かってしまうのですね」と、メイド。
なんでしょう……。すこしうつむき加減で恐々としています。
「もしかして何か嫌な記憶とともに刻まれた傷でしょうか?」
「あの……、先日夜道で襲われたんです」
と声を震わせるシクリーン。わたしは思わずシクリーンを抱きしめました。ぎゅっと抱きしめると、着替えたばかりの糊の効いたメイド服がパリパリと崩れていく感触が伝わってます。わたしはそのままゆっくりと治癒魔法をかけました。この魔法は動揺した心を落ち着ける効果があるはずです。
「詳しく話してくれる必要はありませんよ。大丈夫です」
「怖かったけど、ほんと。傷も大したことないし、犯人もすぐに逃げていったのでわたしは大丈夫です。わたしなんかよりもお嬢様をよろしくおねがいします」とメイドのシクリーン。
「お嬢様を慕っているんですね。わかりました。精一杯がんばってみますね」
お気に入りの魔法衣を着替えろといわれ
「魔女みたいですか?」
といって、わたしの精一杯のフレンドリースマイルで微笑みかけると、しゃしゃり出ないメイドのシクリーンは顔を伏せるような会釈で返してくれました。
▣
「わたくしたちの主人はカイヤクイン
馬車が走りだすと執事が事情を説明してくれました。
「今回ナピさまに
「奥様の目を盗んでメイドとしてこっそりお嬢様と接触し、診察しろと、そういうことですか?」
「はい。今の時間は奥様は外出しております
ふむ。そういう感じですか。上手くできるでしょうか。見つかった場合にどれくらいの問題が生じるのか、お屋敷の構造、敵と味方の勢力図……。もうすこし状況が分からないとなんとも言えませんね。
「えーと。お屋敷にはどれくらい味方がいるんですか?」
ここでわたしは馬車の乗り心地の良さに気が付きます。馬車の中でこんなに落ち着いて会話が出来るとは驚きです。
「旦那様は情け深い方であられますが、お屋敷のことは
「離れは都合がいいですね。すると、馬車を降りて離れに入るまでが勝負というところですね」
わたしは雑に返答しました。馬車の乗り心地に感動してそれどころではありません。
「ふっふっふ。
わたしは勝ち誇った顔をしていたと思います。不審に思ったシクリーンが声をかけてきます。
「ナピ様?」
「失礼。あまりに素敵な馬車だったもので、つい。――えーと、お嬢さまが直接病院を訪問されなかった理由も
「なんというか、その……。
口にするのもおぞましい……。キピトイチャの態度からはそんな気持ちが伝わってきました。
「痣ですか……。お嬢様は付き合いのある治癒魔法師に診てもらったということでしたね? その方はなんと?」
「はい。専属の
「そうですか。だいたい状況は掴めました。やれるだけやってみましょう」
メイドのように振る舞える自信はありませんが、清潔で糊の効いたメイド服を着たわたしは意外といい気分です。何度も言いますが馬車は
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