第3話

 わたしの職場は特定非営利活動法人イスハレフ魔法秩序維持作戦大隊モニュマハイト分遣隊ウンプラ村屯所です。戦後、帝国臣民しんみんは魔法使いを中心とした社会を拒絶する道を選びました。イスハレフ魔法秩序維持作戦大隊はその名の通り政治の中枢から排除された魔法使いたちが社会不安を引き起こさないように監視するための組織です。それと同時に平和な社会で行き場を失った退役魔法兵の受け皿にもなっています。また退役兵や傷痍兵しょういへいのソーシャルサポートもしています。イスハレフ魔法秩序維持作戦大隊の組織自体や隊員達をわたしたちはポッセと呼んでいます。



 

 今日はお仕事で病院に来ています。ダルノーハ記念病院です。新市街にある中規模の病院です。治癒魔法は得意分野ですし、病院ならばあやしい森のような危険がないのでいいですね。特に説明は聞いていませんが、わたしには治療経過の悪い患者があてがわれることになるのでしょう。治癒魔法師ヒーラーにもそれぞれ特徴がありますから患者との相性も様々です。要するに経過の悪い患者に外部の治癒魔法師ヒーラーをぶつけてみて様子を見るのです。セカンドオピニオンというやつですね。


 今日わたしのお手伝いをしてくれるのが看護師のパルパロさんです。大人しい雰囲気ですが人当たりのいい、わたしより若い女性です。挨拶を済ませて、今日は二人で患者さんたちをさばいていくのかな……と思いきや、思っていた感じと少し違いました。診察室に案内されると院長とされる女性と、なにやらよくわからない紳士が同室に控えていて、まるで私を監視しているようです。紳士はどこかの名家に使える執事という風格があります。背筋を伸ばし、帽子を手に持って私に慇懃いんぎん会釈えしゃくをしてきました。わたしも会釈を返しました。


 ――だれ?


 あまり気にしないようにしましょう。

 まず最初にあてがわれた患者さんは背中の古傷が痛むという私よりも年上の女性の方でした。とりあえず診察記録に目を通しますが、まっさらです。わたしは看護師のパルパロさんの方に目をやります。

「記録が無いようですが……」

「初診の患者さんです」

「そうですか」

 初診を外部の治癒魔法師ヒーラーである私に任せるのですか……。意図がよくわかりません。院長や謎の紳士に監視されていることと関係があるのでしょうか。とは言え治癒魔法師ヒーラーとしてやることは決まっています。

「えー、イヨータンポさんですね? では傷痕きずあとを診せてもらえますか?」

 背中の肩甲骨のあたり、古傷が二つありました。

「これは……、矢傷ですか?」

「はい。四年前に負った傷ですが、ずきずきと痛むんです」

 四年前……。戦争でしょうか。込み入ったことを聞かなくて済むならそれに越したことはないので、無難なところから質問していきます。

「傷を負ってからすぐに治療しましたか?」

「はい。矢を抜いて、その場にいた治癒魔法師ヒーラーがすぐに治療してくれました」

「外傷の治療は治癒魔法の一番得意とするところです。それで上手く治らなかったというならば、体内に矢じりが残っている可能性がありますね」

「治りますか?」

「見立てが正しければ治ります。わたしがやってもいいのですが……。戦傷いくさきずの治療に関してはこの病院ならば私よりもふさわしい魔法使いがいるはずです」

 そう言ってわたしが院長の方を見ますと、院長はにやりと不敵な笑みを浮かべて言いました。

「合格です」

 は? なにが? と、わたしは思いましたが、飲み込んでにっこりと微笑み返しました。

「まず風水師ジオマンシーのハルノノ先生に診てもらいましょう」と、院長。「パルパロさん、イヨータンポさんを案内してさしあげてください」

 パルパロさんが「こちらへどうぞー」と、患者さんを促します。服を直している患者さんにわたしも一言かけました。

「よかったですね。ジオマンシーの魔法なら痛みなく矢じりが残っているかどうかを確かめられますよ」

 患者のイヨータンポさんは会釈をして診察室から出ていきました。


 この地は三年前に終わった内戦の主戦場です。矢傷の治療なんかは内地から来た私よりもここの治療師の方がずっと得意なはずですから、まずわたしに診せるということにそもそも違和感があります。

 さあ、気を取り直して、

「次の方ー。えーと、フノテンボガさーん。フノテンボガ・エリニハシさん、いらっしゃいますかー?」

 診察室に入ってきたのは少し影のある雰囲気のがっしりした男性でした。首筋に大きな傷がありますが、診察記録を見ると治療後の経過が悪いのは右ひざです。看護師のパルパロさんが用意してくれた診察記録には三年前からの履歴が残っています。戦争の後遺症に悩まされ続けているのでしょうか。

「膝ですか。三年前に負った傷の痛みがとれないと、そいういうことですね?」

 フノテンボガさんは神妙な顔で頷きました。蓄えられたひげ、傷のある太い首、鋭い眼光……。迫力があります。患部を見せてもらうと、彼の膝には激しい裂傷の痕跡がありました。まかり間違えば足を失うほどの怪我だったでしょう。

 そうですか……。少し心が痛みます。

 二人連続で戦傷いくさきずです。この地で治癒魔法師をするというのはこういうことなのでしょうね。三年前の内戦の舞台となったのがここラパラティナ公国でした。中央集権を進めたい皇帝派とそれに反発したラパラティナ公国を盟主とした聖血同盟とで争われました。なにかこみあげてくる感情がありますが、プロフェッショナルとして感情を出さないように対応します。さすが私です。

「なるほど、すぐに治療できなかったパターンですね?」

「ああ……」と、お腹に響くような低い声でフノテンボガさんは話しはじめます。「生活は出来ているのだが、どうしても痛みが消えない。この痛みをとることはでないか?」

「三年間治療してみて少しずつ痛みが和らいでいるという実感はありませんか?」

「最初に比べればましになった。でもこれ以上は良くならないんじゃないかという気もしている」

「ふむ……。魔法をかけてみますね」

 わたしはフノテンボガさんの膝に手を当てて、魔法力を込めてみました。予想通りの手ごたえです。予想通りの微妙な手ごたえです。しかし私はこの時、膝とは別の問題にも気が付きました。それはあとで聞いてみましょう。

「膝の様子はどうですか?」

「そうだな……。少し温かく、心地よい感じだな」

「なるほどなるほど。わずかながら手ごたえはありますよ」

 わたしはつい期待を持たせるようなことを言ってしまいました。診療記録には適当に「微妙」と書いておきました。

「ひと思いに外科的に治すことはできないのか?」とフノテンボガさん。「戦争中には小刀こがたなを振るう治癒魔法師をよく見たものだが……」

 なるほど。端からそちらに期待を寄せていたのでしょう。

「そうですねぇ……。戦時中は強引な治療が行われることも珍しくなかったと思います。等級の高い治癒魔法師がいるならば、一度患部を切り取ってしまって再生させてしまった方がきれいに治ることもあります。ですがその分、エーテル体への負担は大きくなります。いずれどこかに歪みが出てくるものですよ。――すぐ戦場に戻らなくてはいけないということでも無いですし、フノテンボガさんは生活は出来ているということですから、ここは時間をかけてゆっくり治していくのがセオリーだと思いますよ」

 と言って、私は院長の方を見ました。

「合格です!」と院長。

 やりました。また合格を頂きました。わたしを監視していた紳士は今は帽子を目深まぶかにかぶって沈痛な表情をしています。フノテンボガさんの大きな傷を見るのが辛いのでしょうか。この地に暮らしてる人ですから、それぞれの戦争の記憶があるのかもしれません。記憶といえば……、そうです。

「それはそうと……」

 わたしはパラパラとフノテンボガさんの診察記録をめくります。わたしが気になっている点に関する記述があるかどうか確認しているのですが……、なにもありませんね。今まで誰も気が付かなかったのでしょうか。

「フノテンボガさん、記憶の混乱とか意識したことはありますか?」

「記憶の混乱だと?」

 と困惑気味のフノテンボガさん。

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