第2話
「こんにちはー」
ポッセの
「えーと……。こんにちはー」
もう一度自己主張すると困惑気味の受付のおばさまと目が合いました。この方は魔法使いの格好をしていないので事務員でしょう。だとすると、私が手紙でやり取りしていたクシュギワさんがこの人かもしれませんね。そして村人のおばさま……。まだおいおい泣いていますが、一応自己紹介しておきましょうか。
「えー、今日からこちらに配属となりましたナピナピ・アグラスです」
出直した方がいいような状況ですが、わたしまだ住むとこも決まってないのですよね……。
「はい、聞いてますよ」と、受付のクシュギワさん。
するとすぐにふくよかなおばさまが今度は私に縋りついてきます。
「あんたもぉ……、あんたもうちの息子を探しに行っとくれよ。森に入って行っちまったみたいなんだよ。おーいおいおい」
「は、はぁ……。息子さんですか」
わたしも困惑。受付のクシュギワさんも困惑。
「長旅でお疲れのところ申し訳ないけどナピさん、手を貸して貰えますか?」
「お手伝いしたいのは山々なのですが、わたしは土地勘がありませんのでお役に立てそうもありませんが……」
するとクシュギワさんが地図を持って駆け寄ってきました。そして耳打ちするように言います。
「すでに何人か捜索に出しているんですよ。ナピさんは
「は、はあ……」
おいおい泣きすがるおばさまはナガリさんとおっしゃるんですね。おいおい泣きすがるナガリさんが仕事の邪魔なのでお
「ナガリさん、お話聞かせてもらえますか?」
わたしはナガリさんに声をかけます。なんとなく目で合図して、荷物は受付のおばさまに預けました。そしてわたしはナガリさんと一緒に
▣
人探しもするし、おばさまのカウンセリングもする。ポッセはまるで何でも屋みたいですね。軍に所属していた魔法使いも多いので
▣
ナガリさんの二人の息子さんが森の近くで遊んでいたらしいのですが、お兄ちゃんが目を離したすきに弟のペテロ少年の行方が分からなくなったそうです。そういうことならばと、わたしも勇んで森の中に入っていくことにしました。ええ、ナガリさんがそれで満足するならと思い入ってやりましたとも。
「
なにやらぞくぞくします。どこかから、誰かに見られているような……。妙な気配です。この森、どうやら普通の森とは違うようです。そうです。危険がないのならばナガリさんだって自分で森の中に入ってペテロ少年の捜索に当たるはずですからね。魔法使いに捜索を依頼するからにはそれなりの理由があるということでしょう。
「少年ー、いますかー?」
青い服は森の中で一番目につくのだそうです。赤や黄色など刺激的な色は他にもありますが、自然界で一番浮くのが青。そしてわたしはライトブルーの魔女。森で浮いている青い魔女です。今はただならぬ気配を感じて警戒モードの魔女です。
「だれかいるんですかー?」
います。絶対います。なにやら邪悪なものがそこかしこに潜んでいます。わたしは杖を握りしめて、腰を落としてあたりを見まわします。赤いパンプスで踏みつけた小枝がパキッという音を立てて折れました。その音が広葉樹の森に響きます。
これは人ならざる者の気配ですねぇ……。
戦闘向きの魔女ではないのですが森の中でなら意外と戦えるかもしれません。ブナとケヤキがたくさんありますね。程よく木漏れ日が降り注いでいて散策には気持ちのいい森ですね。――邪悪な気配さえなければ、ですが。
向こうにアケビがありました。アケビは最高です。ツル性植物は最高です。――と、突然右の草むらから黒い影が飛び出して、わたしに襲い掛かってきました。わたしは杖で身を守りつつ、魔力を込めます。
「とりゃあ!」
すると先ほどのアケビが一瞬にしてみるみる成長し、黒い影に巻きつき、そのまま空へと高く引っ張りあげてくれました。
「おお、わたしの魔法、絶好調!」
バクバクなるわたしの心臓。宙ぶらりんでうめき声を上げる半人半獣の怪異。ピアレイというのでしょうか。初めて見ました。安堵したのも束の間、「キェー」っと背後から金切声。今度はノールックで杖を振り回す!
「おりゃあ!」
アケビが束になってするするっと地を這い、声の主を羽交い絞めにしてくれました。
「よし、アケビ大好き。ありがとう!」
こいつはバンシーですね。黒いボロを頭からかぶった女の姿で、なにやら訴えるように泣いています。ぐっとくる泣き方です。心優しい旅人ならば情けをかけてしまいそうですが、わたしには無駄ですよ。するとまた背後で枯れ葉を踏み分ける足音が聞こえ、無意識に杖に魔力を込めるわたし。
「そぉいっ!」
バサッと束になって伸びるアケビ。アケビはネイビーブルーの人影の足と手に絡みついて羽交い絞めにし、宙へと持ち上げました。ネイビーブルーの影は苦し気に「いっ!」と声をあげ、しかしなにやら手に持っている棒のようなものを振りかざしました。
「こいつ、魔法を!?」
反撃されたらたまりませんから、わたしはさらに魔法を込めアケビをネイビーブルーの首にぐるんぐるん巻きつけてやりました。なにしろわたしの武器はアケビだけなので先手必勝です。
「くびを折ってしまえ! 死ね死ね死ねー!」
ふぅ……。手ごたえあり。
今日の魔法は絶好調です。気持ちがいいくらい絶好調でネイビーブルーの影はアケビが巻きついてすっかり見えなくなりました。ミノムシ状態です。いい気味ですね。
あたりにひと時の静寂が訪れました。大変な森に迷い込んでしまったものです。一息ついているとミノムシの後ろの方から足音が聞こえてきます。また杖をかまえるわたし……。杖を持つ手もじっとりと汗ばんでいます。しかし足音の主は……少年でした。
「あれー、ヴェルン? どこいったのー?」
少年の声が誰かを呼びます。怖がらせてはいけないと思い、わたしは先に声をかけました。
「ペテロ少年ですか? お母さんに頼まれて探しにきましたよ。良かった。無事だったんですね」
少年は少し戸惑っている様子ですが怖がってはいないみたいです。警戒されていないことを確認してわたしは駆け寄りました。
「怪我とかしてませんか? 痛いとこが有ったら治せますよ。本当は戦うよりもそういう方が得意なんですから」
少年はにっと笑ってくれたのでわたしも一安心です。しかしペテロ少年はきょろきょろと誰かを探しています。
「お姉さん、魔女みなかった?」
「? 魔女はわたしですが」
「違うよ紺色の魔女。ヴェルンが助けてくれたんだ」と、少年。
「そうなんですか。知り合いの魔女と一緒だったんですね」
「うん、一緒に帰るところだったんだけど、この辺でなんだか凄い音がしていて、先に行って様子を見てくるから待ってろって」
「そうなんですか。すごい音がしていたんですか」
「うん。とりゃあ! とか、おりゃあ! って」
「そうなんですか……」
「うん。今も、死ね死ね死ねーって」
「ほ、ほう……。物騒ですね」
それはわたしですね。紺色の魔女ですか……。見たような気がします。今しがたミノムシにしてやったような気がします。
「そ、そうですか。それは怖かったですね」
しどろもどろな私。
少年はアケビでぐるぐる巻きの怪異たちを見つけると驚いた顔でわたしを見ます。
「お姉さんがやったの?」
わたしは、「ええ、まあ……」という顔をして見せますが内心それどころではありません。
「ヴェルンどこー?」
少年が魔女を呼びます。わたしの頬を嫌な汗が滴り落ちます。どうしましょう……。
こいつの口も封じるか?
いや、そうじゃなく。――そう、わたしの専門は治癒魔法です。今なら間に合うかも! そう思いアケビでぐるぐる巻きにしたミノムシの方に目を向けると、なんと! 半裸の魔女が何食わぬ顔でお着替えをしているではありませんか!
ネイビーブルーの魔女! 殺したはずでは!? とっさに杖を構えるわたし。いや、そうじゃなく。
「え……? 裸? なんで???」
状況が飲み込めません。
「はぁ……。ひどい目にあった……」
と、ネイビーブルーの魔女。下着姿で枯れ葉の上に座り込んで靴下を履いています。たんたんと服を着ていきます。状況は分かりませんが、わたしが謝るべき場面だということは理解しました。
「し、失礼しました! わたしてっきり……」
平身低頭あたまを下げるわたしの声を遮ってネイビーブルーの魔女が一言。
「わたしでなければ死んでいた……」
ネイビーブルーの魔女は概ね着替え終わって平然と帽子の位置を直しています。このあたりでは見ない北方の帽子ですね。パパーハというのでしょうか。わたしよりも背が低く、ショートカットであどけない印象の魔女ですが、表情は冷たい。
「ヴェルン!」
と、少年が駆け寄ります。少年は懐いている様子ですが、ヴェルンさんはやはり怒っているのでしょうか。至ってクールです。
「あの、お怪我はありませんか? わたし、治しますんで!」
とりあえず相手を気遣いますが正直混乱しています。あのアケビのミノムシの中からどうやって出たんでしょうか。ミノムシを破壊した様子もありません。しかし――
「自分で治したのでお気遣いなく」
と、取り付く島もないヴェルンさん。
自分で治した……。治癒魔法でしょうか。だとしたらなおさらどうやってミノムシから脱出したのでしょう。魔法使いが適正を持つ魔法種は基本的に一種類です。治癒と脱出をひとりでこなせるとは思えません。わたしの植物を成長させる魔法も、生物の生命力に干渉するという治癒魔法の枠から逸脱するものではないのです。
「この子を探しに来たと言ったね?」ヴェルンさんが口を開きます。
「はい! ポッセから派遣されました」
「じゃあこの子、家まで送ってってもらっていいかな?」
「えー、ヴェルンも一緒に帰ろうよぉ」と、不服そうなペテロ少年。
「私はまだ一仕事のこっている」
そういうとヴェルンさんはわたしに
「はい! 確かに承りました」
わたしが元気よく答えるとネイビーブルーの魔女、ヴェルンさんは森の中へと消えていきました。彼女を見送ったわたしは、大事なことに気が付きました。
「はっ! また怪異が襲ってきたらどうしましょう」
「魔除けの鈴持ってるから大丈夫だよ。ヴェルンにもらったんだ」
と、ペテロ少年。腰にぶら下げている鈴をちりんちりんと鳴らしてみせます。
魔除けの鈴。そういうのがあるんですね。
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