青い魔女と、死ぬと裸になってよみがえる魔女
秋山黒羊
第1話
「お嬢ちゃん、この辺からなら飛んでっちゃえばすぐだよ。あの山を超えるだけだ」
「いえ、
「じゃああと一時間くらい辛抱だね。がっはっは」
おじさまは商人らしく豪快に笑いました。
二日がかりの長旅。今日は荒野を馬車に揺られること6時間。眼前には麦畑が広がってきました。目的地のモニュマハイトへは一時間くらいはかかるそうですが、麦畑を見るとほっとします。不毛の大地を抜けたという実感がわいてきますね。
小太りの行きずりのおじさまは薬草と織物の取引で頻繁に駅馬車を利用するそうです。薬屋と知り合えるなんて
乗客はわたしを含めて三人と子ども一人ですが、みんなでたわいもない話をしたり、ナッツをつまんだりして過ごしました。おかげで退屈はしなかったのですが、窮屈なのはいけませんね。狭い幌馬車の中は荷物、商品、郵便物が満載です。あと問題なのは、たいへんお尻が痛いことですね。
それでも景色に変化が出てくると尻の痛みもまぎれるものです。まばらに民家が見られるようになり、地元の農家の馬車とすれ違ったりもしました。やがて大きな街が見えてきます。ラパラティナ公国第二の都市。国境の街、モニュマハイトです。
▣
「じゃあウリョークシュ薬局をよろしくね」
そういって薬屋のおじさまは大きな荷物を抱えて大きな身体を揺らして去っていきました。わたしは手を振りましたが、笑顔はこわばっていたと思います。顔というか、窮屈な馬車旅で身体がこわばっていたのです。
「あのおじさまが痩せていたら、もっと
わたしはお尻をさすりながら恨み言を言いました。
モニュマハイト西停車場。馬車に乗り合わせたおじさまたちと分かれ、わたしはくそデカいトランクを引きずるようにして歩き始めました。道行くひとの服装を見ればこの街に魔法使いが多いことが分かります。加えて国境の街なので人種も入り乱れています。活気があるし、わたしの存在が人目をひかないというのも久しぶりの感覚です。昨日まで暮らしていた街でもわたしはライトブルーのフードケープという魔法衣で暮らしていましたが、そんな格好をしている人はわたしだけでしたから。都会では魔法使いと魔法を使えない
都会では――。この表現は傲慢でしたね。ラパラティナ公国第二の都市というくらいですから、ここモニュマハイトに住んでいる人は自分たちが都会に暮らしているという意識があるでしょう。でもウコタンポポ帝国全体から見れば、ラパラティナは辺境です。大都会ビスカハイト出身のわたしは高慢ちきなので、ラパラティナ公国の保守的で旧態依然とした文化を上から目線で褒めている。と、こういうわけです。
「ふう……。起伏の多い街なので荷物が多いと辛いですね。ポーターを頼んでも良かったかもしれません……」
辺境の街を馬鹿にしながら石畳を歩きます。道が広く整然としていて、新しい街という感じがします。しかし突然長大な城壁が現れました。街の中心の小高くなっている地区を青白い
「要塞化された旧市街とその周りに広がった新市街の二重構造ということでしょうか……」
国境に近いこともあり辺境防衛を担った歴史があるのかもしれません。
そんなこんなで目的地への地図を見ながら歩いていると、なんだかやたらデカい、白い犬に遭遇します。そのデカい犬が往来の真ん中でくつろいでいるものですから迷惑千万です。そしてその犬と目が合いました。目が合っちゃいました。
「嫌な予感がしますねぇ……」
わたしは犬から目をそらし、そそくさとその場を去ります。別に犬が苦手というわけではないんですが、なんか嫌な予感がしたんです。案の定、白い犬がわたしについてきます。わたしは気づかない振りをして足早に離れますが、犬はついには走り出してわたしのくそデカいトランクにかみつきました。
「ひぃっ。何も美味しいものは入っていませんよ!」
犬とわたしはトランクの引っ張り合いになりました。引っ張り合い? いいえ、わたしは一方的に引きずられています。デカい白い犬は体重で言えばわたしと同じくらいありそうです。「助けて!」っと声をあげようとした瞬間、少女がやってきて犬に抱きつきました。クリーム色のチュニックに赤い帯の少女。その少女が犬をなだめます。
「ライラプス、おすわり」
ライラプスなる犬は意外にも従順です。いや、そもそもわたしに対しても吠えることはなかったし引っ張ったのもトランクなので狂暴な犬というわけではないのです。わたしが迫力に圧倒されていただけなのかもしれません。
「ライラプスという名前なのですか」わたしは犬をなだめてくれた少女に話しかけます。「助かりました」
すると軒下でタバコをふかしている老人が声をかけてきました。
「魔女さん、
「はい。なぜわかりました?」
「その犬は
「ああ、そうなんですか……。しかしなぜ?」と、問うと老人は
「さあねぇ」といってタバコをふかしました。
わたしは少し足を止めてあたりを見渡しました。ここからだと旧市街が要塞化されている様子がよく見えます。
「小高い丘をまるごと要塞化してあるんですね。まるで巨大な城です」
「実際に城なんだよ。あれは」と老人。「三年前はみんなあそこに籠城してたんだ」
「今いるここは?」
「畑だった。街は戦後急激に広がったんだ」
「そうなんですね」
そんなこんなで地図を見ながら、重いトランクを引きずりながら、犬に追いかけられながら、わたしはようやくポッセの
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