ガンウィッチドロシー・オブ・オズ

亜未田久志

オズ魔法学院トーナメント

『始まりました、オズ魔法学院クラス対抗トーナメント! 記念すべき第百回目の開催となります! 今回初めてご観覧になるお客様には少しご説明を、このオズ魔法学院では毎年、最上級生がクラス対抗で魔法デバイスを用いた摸擬戦を行います!

ルールは簡単、魔法デバイスにはめられた魔宝石ジュエルを砕いた方の勝ち! そして優勝した暁にはオズ学院長への挑戦権が与えられるのです!』


 控え室に鳴り響く幻影魔法ビジョンデバイスから伝わる実況中継の映像。それを聞きながら少女は銃型魔法デバイスの手入れをしていた。

 そしておもむろに立ち上がると控え室を出る。


『第一回戦! 第一組からはドロシー! 魔法デバイス魔宝石ジュエルはラピスラズリだ! そして対するは第二組のスケア! 魔宝石ジュエルはアメジストとなっている! さあ両者入場!』

 入場口から金髪碧眼、オズ魔法学院の制服に身を包んだ可憐という言葉が似あう少女が現れる、彼女こそが銃型魔法デバイスを構えたドロシーであった。

 向かい側から現れる緑髪に眼鏡をかけた知的という言葉が似あう少女ことスケア。鞭型魔法デバイスを構えている。二人は互いにバトルフィールドに降り立つ。

 何もなかった円形の競技場は一気に様相を廃墟へと変える。競技場自体が巨大な魔法デバイスなのだ。

 ドロシーとスケア、彼女たちはクラスは今でこそ別だが友人であり、つまり互いの戦法を知っている。

 先制を狙うのは知的な少女。ドロシーの魔法デバイスは移動に優れた力だが、連発が難しい、スケアはその消費を狙って鞭を足へと絡ませに行く。

 ドロシーは魔法デバイスを使わずに、片足を繋がれたまま、その鞭を掴む。いつでも逃げられるドロシーよりも、スケアの方が位置がわかるのが不利に働く。鞭の先へと魔法弾を射撃する。

 障害物に隠れてスケアはそれをやり過ごすものの、鞭を掴まれているから移動出来ない。スケアの魔法デバイスを引きながら、回り込んで射撃しようとドロシーは大回りに駆け出す。

 しかし、見えたのは廃屋の柱に括り付けられた鞭の柄。そして上から襲いかかる無手のスケア、狙いは、ドロシーの銃。至近距離ゆえに射撃の間に合わなかったドロシーの取れる手段は、彼女の魔法デバイスの固有能力『転移』だ。

 隣の廃屋の屋根へと転移し、魔法弾を放つ。スケアは鞭の先端を掴み、鞭型魔法デバイスの固有魔法『伸縮』で鞭を縮めその場を離脱、即座に上へと鞭を振るう。

 折れた柱や看板へと次々に絡ませ、ドロシーの側まで移動したスケアが猛攻する。次の転移が可能になるまで、牽制射撃を繰り返して後退するドロシー。

 湾曲してくる攻撃の軌跡。読めない攻撃に場当たり的な対処が続き、ステージ端へドロシーは追い詰められる。

 しかしスケアもずっと鞭を振るっているのは限界が来る。遅くなってきた攻撃の合間に、ドロシーは魔法弾を射撃する。

 対処の為に、完全に攻撃が停止した数秒の間に横の廃屋の影へ走る。見失うものかと追いかけたスケアへ、ドロシーが銃口を向ける。

 引き金が引かれる。

 鞭がしなる。

 しかし、飛び出した魔法弾は忽然と消える。

 現れたのはスケアの横、伸びきった鞭の柄に嵌められた、アメジストへの射線。

 

 砕けるスケアの魔宝石ジュエル、沸き起こる歓声。

「あーもう! 分かってたのに!」

 スケアが地団太を踏む。

「銃口を見ちゃうのは人間の習性だから仕方ないわ」

 ドロシーが励ますような煽るような言葉をかける。

 これが奥の手だと笑うドロシーに、負けちゃったと強ばっていた顔をへにゃりとさせるスケア。

「本当にドロシーは強いね」

「そりゃそうだよ。だって私、今期のチャンピオンだからね!」

 鮮やかな優勝宣言と共に、一回戦が終わる。


『さぁて第二回戦! 第三組からレオ! 剣型魔法デバイス魔宝石ジェエルはダイアモンド! 対するは第四組よりランバー! 斧型魔法デバイス魔宝石ジュエルはパール! 少女達の戦いの次は男同士の戦いだぁ!』

 廃墟だった競技場は今度は森へと姿を変える。

 赤い髪のレオと呼ばれた好青年と、ランバーと呼ばれた青髪と鍛え抜かれた身体。

 それぞれのクラスでエースとして名高い兄貴分達もまた、ドロシーとスケアのように互いの能力はよく知っている。

 それゆえ臆するは恥とばかりにランバーが一気に肉薄して斧を振り下ろす。豪快な一撃は受け止めるには危険、下がったレオへ吹き上がる土砂がふりかかる。

 簡易的な煙幕、しかしランバーの一撃は大質量。空気を押し退ける風の音を聞き、レオが剣で受け止める。吹き飛ばされる彼だが、すぐに固有能力『召喚』を発動。出現した獅子を足場に、体勢を立て直しながら上を取る。

 まだ武器を引き戻せていないランバーへと斬りかかり、腕で受けた彼へ深い傷を残す。

 畳み掛けるようにもう一頭の獅子を召喚し、二頭と一人で襲いかかる。しかし、ランバーの横向きに振るう一撃が全てを薙ぎ払った。

 固有能力『治癒』により傷を治したランバーが、腕の具合を確かめるように拳を握る。互いの挨拶がわりの一陣は終わり、本格的に武器を構える二人。

 再び肉薄したのはランバー、しかし先程のように大きな一撃ではなく、蹴り。レオは振り上げていた剣を掴み直し防御態勢を取る。蹴りは剣を捉える。

 しかし、斧を持つ手をレオの召喚した獅子に噛みつかれるランバー。抑えかからんとする獣を殴る為に彼は斧を一時的に手放す、その隙に距離を取るついでに剣を捉えていた足を剣で薙ぐレオ。

 すぐに体勢を立て直し斧を掴み固有能力で傷を回復させるものの、次の獅子。二頭は厄介だと斧を振り上げた所で、獣の背にレオが飛び乗った。

 獅子との連携攻撃、剣と牙の二重攻撃をさばききれないランバー。

「チェックメイトだ」

 レオの一言と共に振り上げられた剣。斧の頭にあるパールを正確に捉えたその一撃に、二回戦、決着。

「負けた負けた! やっぱつえぇわ生徒会長レオ!」

「君のタフさにも恐れ入ったよランバー」


『いよいよ決勝戦! 対戦カードは勿論レオ対ドロシー! バトルフィールドは古城! 廃墟より豪華になっているぞ! 短くも濃いトーナメントもクライマックスだァ!』

 それぞれの戦いは見ていた為、互いの能力は知っている。あとは、裏をかける物が勝つ。

 スケアの敗因は、見逃した事による焦り。

 ランバーの敗因は、獅子による手数。

 故にレオが取るべき行動は接近であり、ドロシーの取るべき行動は魔法の阻止である。

 駆け込んで来たレオにドロシーが魔法弾を射撃するが、生徒会長はそれを一閃で以て斬り払うと彼女に肉薄する。上ならば時間を稼げると判断し、即座に『転移』を決行するドロシー。

 上から一方的に狙撃してやると銃口を向ける彼女だが、古城の壁を蹴って跳躍したレオがすぐ下に来ていた。壁に剣を突き刺してぶら下がっている彼が魔法を発動すれば、ドロシーの後ろに獅子が現れるだろう。その対処に追われる彼女の後ろで、レオが壁を登りきった。

 古城の壁、そのへりで獅子とレオに挟まれたドロシーは牽制弾を撃ちながら距離を取る。中に織り交ぜた転移する射撃も、彼の周りを巡回する獅子に止められた。

 再びの転移を実行するドロシー。さらに上の元はバルコニーであっただろう場所へ跳ぶ。上から射撃を浴びせると、レオは一旦、下に降りて城の入口へと駆けていった。

 バルコニーの入口は一つ、下は断崖絶壁、ステージは続いていない。来る場所を把握し、弾を飛ばせるドロシーに有利だが、後の無い排水の陣。

 顔が見える位置へとレオが来た瞬間、引き金を引く。予想していた彼の剣がそれを弾き、更に一歩を踏み出した。

 その瞬間、彼女は向けていた銃口を上へ持ち上げる。発砲した先にあるのは、ホコリを被ったシャンデリアだ。

 あまりに大きなそれは、錆びきった鎖を破壊されて重さのままに落下する。獅子に押し出してもらい加速したレオが、単身でドロシーのいるバルコニーへと踏み入れた。

 獅子は居なくなったものの、この至近距離で有利なのがどちらなのか、考えるまでも無い。レオの魔法デバイスが再び充填し固有能力を再発動させるのもそう時間はかからない。

 踏み込んで剣を振るったレオから、ドロシーが下がって回避するが、その時、床が崩れ落ちる。落ちる彼女に、慌てて身を乗り出したレオが見たものは、瓦礫の姿。


 ――魔宝石ジュエルの砕ける音が城内に響いた。


 衝撃を強めた魔法弾が、後ろに転移したドロシーから放たれる。乗り出した格好の彼が堪えられる筈もなく。

 高らかに告げられた優勝者の名は、ドロシーだった。

「参ったな、瓦礫と位置を入れ替えたのかい?」

「転移の応用よ? 生徒会長も基礎ばかりじゃなくて応用を身につけるべきだわ」

 痛いところをつかれたと好青年はお手上げのポーズを取る。

 ドロシーは無邪気に笑うと。

 会場内の一番上を見つめた。

 そうオズ学院長の姿を。


『さぁ! いよいよ本日のメインイベント! 謁見の間にて行われるトーナメント優勝者とオズ学院長とのファイナルバトルだァ!』

 沸き立つ観客。

 ドロシーは高鳴る胸を押さえて、謁見の間に足を踏み入れる。

 そこにはいたのは白髪の白髭を蓄えた豪奢なローブ姿の老人。

 まさしく『賢人』と言った風貌。

 杖型魔法デバイス魔宝石ジュエルはエメラルド。

 歴代の試合からその固有能力は割れている。

 それは『模倣コピー』解析した固有能力を己の物とするまさしく反則級の代物。

「今年の生徒も優秀なようで、私はとても嬉しいよドロシーさん」

「ええ、貴方のおかげです、学院長」

 彼の手に握られた杖は武器になり得ないと判断し、銃のアドバンテージをあえて捨てて近距離戦を狙うドロシー。

 背後に転移し、即座に引き金を引く。魔法弾が肩を撃ち抜き、オズのローブに穴が開く。しかし、そこから血は流れない。ランバーの『治癒』だ。あまりに脅威的な回復力に、怪我等による行動阻害を諦めるドロシー。

 杖の先端に鎮座する魔宝石ジュエルに狙いを定めて引き金を引けば、急速に伸びた杖がエメラルドを遥か上空へと持ち上げた。スケアの『伸縮』だ。古城とは違い手入れの行き届いたシャンデリアに杖をひっかけると、杖を縮めて上へと移動するオズ。

 天井付近から杖を一振りすれば、一度に十に迫る獅子が出現する。レオの『召喚』を遥かに超えた力量に、会場の響めきと感嘆が聞こえる中、ドロシーの発砲。

 連発の間隙と反動を犠牲に、威力を高めた特大の魔法弾が、獅子を撃ち抜いていく。一発で数匹の幻影をかき消した砲弾を、次はオズへと向ける。

 しかし犠牲にした間隙があだとなった、伸ばされた杖の柄がドロシーの銃を弾き飛ばす。

 武器も魔法も失っては何も出来ない、すぐにそれを拾うドロシーだが、その隙に獅子の幻影に囲まれた。再召喚の方が、処理するよりも早い。増える一方の獅子に、堪らず転移を実行する。

 天井の梁へと跳んだドロシーへ、同じく『転移』してきたオズが、杖を振り上げ、杖を薙ぎ、杖で突き、距離を詰めてくるオズ。軽業師もかくやの動きで回避を続けるドロシーだが、これではジリ貧だ。

 体力で勝るのがどちらなのか、それは分からない。しかし、明らかに大きく動き回っているドロシーに分が悪いのは明確だった。一歩のリードが違う。

 一か八か、突き出された杖を飛び越えて躱し、踏みつける。さらに蹴り出せば、オズの体勢は大きく崩れた。

 後ろから射撃するドロシーに、転移による回避を選んだオズ。次にドロシーが現れる場所を探ろうと集中するが、彼女は転移する気配をみせなかった。

 すぐに視線を向ければ、彼女は落ちる最中に銃口を向けている。攻撃を優先した結果、一発目は既に目の前だ。

 転移は使った、獅子は狭い梁には呼び出せず、今、杖を伸ばしても意味が無い。治癒に頼り、腕でその一発を受けたオズの足へ、二発目、今度は規模を抑える代わりに速度と貫通性を高める、一発目と二発目はほとんど同時に着弾する。腕で視界を塞いでいたオズには、回避が間に合わなかった。足の回復が遅れた彼が揺れれば、背後から三発目が放たれる。

 緑色の破片が煌めいて散り、勝者が決定した。


『クライマックスチャレンジ! 勝者はなんとドロシー!! ってあれ!?』


 謁見の間から落下する彼女をスケア、レオ、ランバーの三人が受け止めた。


「馬鹿なの!? 死んだら勝っても意味ないじゃない!」

「生徒会長として、あまり関心しないな」

「そういう無茶なところ嫌いじゃないけどな」

 口それぞれにドロシーに声をかける。

 それに恥ずかしそうに笑みを浮かべるドロシー。

「みんなが下にいるのわかってたから……えへ?」

「「「えへじゃない!」」」

 そこにオズが現れる。

「まあまあ、皆さん、勝者を叱るのはそれくらいにしてあげましょう。友情を信じて得た勝利、私はそれを美しいものと思います」

「あんまり彼女を甘やかさないでくださいよ学院長」

 生徒会長としてのレオの言葉に苦笑するオズ。

「そうは言っても、トーナメント優勝者、そして私に勝った者への報酬は『名誉』と『叶えうる限りの願いの成就』ですから、私が栄誉を否定するわけにはいかないのです」

「そうだ! 願いの件なんですけど!」

 オズは蓄えた髭を撫でると頷く。

「ええ、私に可能な限り、応えてみせます」

「この四人に長期休暇をください! 極東にある神秘の国に卒業記念の旅行に行きたいんです! 旅費も出してもらえますか!?」

 するとオズは目を丸くした後、微笑んで。

「それくらいならお安い御用です。楽しんでおいで」

「やったよみんな!」

 すると他三人は顔を驚愕に染めて。

「……まさか」

「……そのために?」

「……なんつうかドロシーらしいよな」

 これからも彼らは良き仲間で良きライバルなのだろう。

 学院を卒業してからも、ずっと。


                                   完

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