有無の彼岸――レイティングの境界線をたずねて三千里(まだ迷子)


※今回は、三奈木真沙緒の小説のネタバレがいくつか入っています。「ネタバレは見たくない」という方は、今回はスルーしてください。

※今回述べるのは、あくまで三奈木真沙緒個人の見解であることを、特にお断りします。
















 唐突ですが、三奈木真沙緒が先日公開した短編

「SWEET MEMORIES」 https://kakuyomu.jp/works/16818093073934986705

 読んでくださった皆様、応援してくださった皆様、ありがとうございます。


 ミナキは今回初めて、「性描写レイティング」なるものを、自作に付与いたしました。

 慣れないものを書いたので、反動でしばらく感受性が死んでおりました。

 レイティング(以下Rと略す)をつけるか否かの見極めが、こんなに難しいのかと、改めて嘆息した次第です。ふー。

 というか、今作書いたことがきっかけで、Rを付与すべきか否かの境界線が、かえってわからなくなってしまった気がします。


 Rそのものを付けたのは、今回が初めてではありません。残酷及び暴力のRには、たびたびお世話になってきました。ただ、残酷とか暴力のRは、まだ見極めやすいんじゃないかなあという気がしております(個人の見解)……しておりました(過去形)。



 たとえば、「虹が砕ける日」。 https://kakuyomu.jp/works/16817330650332095668


 本作では、とある場所で爆弾の破片の直撃を受けて亡くなってしまう人がいて、絵的にちょっとアレかなと思ったので、残酷Rを付けました。暴力Rは、今読み返すとそこまでではないかなという気もしますが、付いてますね。当時から線引きに悩んでいたのかな。


 別の小説でいうと、「ひとりぼっちのコンチェルト」。 https://kakuyomu.jp/works/16817139558199149802


 本作は、子どもの虐待やDVをテーマにしています。フィジカル的な意味でグロテスクというほどではないと思いますが、親が子どもに暴力をふるうという行為のメンタル的な残酷さを思うと、必要かなと思って、残酷と暴力のRを付けました。けど、これってR不要なのかな。文章から読み手の頭の中に構成される場面のフィジカル表現だけで判定すればいいんだろうか。けどさあ……これ、残酷、だと思うんだよね……。よし、迷ったら付けよう。というわけで、ミナキは今作にもRを付けたというわけでした。


 ただ……メンタルな効果を気にし始めたら、R付ける基準がどんどん曖昧になってしまう気がします。そういうのあんまり気にしすぎると、しまいにはのびのびと書けなくなってしまう気もしますし。どうしたらいいんでしょうね。


 文章表現の方法なんて、人によって千差万別です。ましてや素人は、編集のプロの方に見てもらってからネット投稿するわけじゃない。「この表現、Rに引っかかる気がしないでもないんだけど、どう思う?」という疑問を持ったところで、「この表現」というのがどんな表現なのか、人に見せないと誰も判断下しようがないわけです。


 今回、「SWEET MEMORIES」で、初めて性描写Rを付けるにあたって迷ったのも、この点でした。


 性表現に限らず、どのくらいの表現に対してRを付与するべきか。カクヨムサイト内でも、いろいろと論じた創作論が多数見受けられます。特に性表現に関しては、「○○と書くのはアウト」「□□と書くなら大丈夫そう」といったご意見が散見されます。

 ですが、極端な話、「特定の単語や言い回し」さえ避けていれば「Rなし」でもいいのかどうか。Rなしか否かの境界線は?

 アレな場面を思わせる展開であれば、何もかも全部Rを付けるべきだ、とはいえないでしょう。ミナキはそう思います。が、じゃあどのくらいのぼやかし加減まではRが不要なんだろうか。チキンハートなミナキは身構えまくって、本作でぼやかし表現を利用した上にRを付けてしまったのですが、このくらいの表現ならRは不要なのでは、という気もちょっとしています。


 カクヨムサイトのガイドラインには、「物語上の必要な要素として必要最低限の描写となるよう配慮を……」との注意があり、特に留意すべき記述についての注意喚起が記載されています(ここでは引用を省略します)。はっきりと具体的に「この言葉を使ってはいけない」「こういう書き方をしてはいけない」とは例示されていません。でもそれって当然だとも思います。具体的に定義してしまったら「じゃ、その言葉さえ避ければなんでもアリ」となってしまいます。

 カクヨムサイトにおられる方々なら容易に想像がつくと思いますが、直接的な単語や挙動の言葉を使わなくても、表現することは可能です。極端な話、直接的な単語や言い回しを使用しなくても、性的なものや残酷さについて、読み手を刺激することは可能ではあるのでしょう。それなら、間接的な表現であれば、「Rなし」でもいいのかどうか。「直接的な表現じゃないからRは付けなくてもいいでしょ」と断言しうるのかどうか……?


「たとえば、具体的にどういう表現を使うつもり?」


 ……書く人それぞれです。実際に見てもらうしかありません。となれば、ミナキマサオごときは「……R、付けとくか」という判断になってしまうのです。


 アニメやコミックでは、「絵で見せる」ということが重要な表現のひとつです。Rの対象になりやすい場面については、非常にわかりやすく絵で表現することが(規制はあるでしょうが、少なくとも物理的には)可能です。その分、見る人が受けるインパクトも大きいです。ただ、視覚表現によってその場面の表現が規定される、という一面もありますね。一方小説では、基本的に絵はありません(挿絵がありますが、あくまでもピンポイントですね)。文章から、読み手それぞれが各自の頭の中に小説世界を構成します。だから同じ小説でも、読む人によって受ける印象が変わってきます。絵がないかわりに文章表現で、読み手の頭や心の中にあるスイッチをオンにして、読み手のイマジネーションをさらに広げることも可能です。ぶっちゃけ、作者自身が知らないことでも、読み手の想像にゆだねることで、作者が意図した以上の作品世界を読み手の中に広げることも、理論上可能ではあります。読み手の中にあるスイッチの入れ方は、直接的な単語や言い回しだけとは限りません。

 繰り返しますが、「SWEET MEMORIES」でミナキマサオは、該当する場面について、表現をぼやかしたつもりではいます。「R、なくてもいいかも?」と迷う程度には。とはいえ作中では、ある登場人物について「せくしー」な表現にした自覚はあります。ただし、ステージで演奏している姿を、ですが。その後の場面については、読んでくださった方々のご想像におまかせします的な表現にしています。でも今作で、読んでくださる方の感性のスイッチ入れるような表現だけしておいて、後はご想像におまかせ、というのはどういうものだろうかと思ったので、やっぱりRは付けようかな、と考えた次第です。私自身が小心者という証左かもしれません。


 あるいは、「Rの必要性の有無についてご意見ください」と書き添えて公開し、読んでくださる方にご意見うかがって、Rは後から付け外ししてもいいのかもしれませんが……運営さまから警告が来る、という形がいちばん心臓にこたえると思うので……💧


 というわけで目下のところミナキは、Rについてはおっかなびっくりで「迷ったから付けておきます」路線にいることを宣言しておく次第です。

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