第5話 初任務

 任務の話を聞いた俺は、部下と会って直接任務の詳細を聞くことにした。

 というわけで、適当に理由をつけてベン達とは別れることにする。


「すまん。みんな先に寮に行っててくれないか? ちょっと用事が出来た」


「ん? どうしたんだ?」


「いや、実は先生に聞いておきたいことを思い出したんだ。今から聞いてくる」


「? そうか。まあ、気をつけてな」



 ゲルトは不思議そうな顔をしていたものの、素直にうなずいてくれた。ベンとロッテも特に疑問はないようだったので、俺は3人とごく自然に別れる。


 その後、しばらく校内を歩いて人目のない建物の影に入った。

 誰も俺を見ていないことを確認してから、俺は通信魔導具に話しかける。



「ホルガー。俺のいる場所が分かるか?」


『存じております』


「では、任務の資料を持って俺のところまで来い」


『了解』



 会話が終わった次の瞬間には、建物の上空から音もなく着地する人影が3つ現れる。そして、その人影達は立ち上がると、スタスタと俺の方に歩み寄ってきた。


 最初に薄暗い物陰から現れたのは、白髪交じりの黒髪をオールバックにし、整ったあごひげを持った壮年の男性だった。

 がっしりとした体には体のラインが浮き出るような白いシャツと黒いズボンをはいている。その上には小型の魔導具を収納するためのポケットが付いたチョッキを着ており、さらに腰には取り回しやすい片手剣と小物を収納するためのベルトを着けていた。

 彼の名はホルガ―。俺の秘書兼部下である。


 次に現れたのは、ホルガ―と同じ装備を身に着けた短い茶髪をしたどこか間抜け面に見える顔をした男だ。彼はテオ。俺の部下の一人だ。


 最後の一人は女性だ。ホルガ―と同じ装備を来ているが、中の白シャツを白パーカーにしている。顔はかなり整っていて美人なのだが、無造作に切り揃えられたミディアムヘアの茶髪をみると、化粧っけはあまり感じない女性だったりする。

 彼女の名前はカーヤ。俺の部下の一人で数少ない女性メンバーだ。


 彼らは俺の前までくると、きびきびとした動きで俺に向かって敬礼をした。

 ホルガ―が代表して俺に話しかけてくる。


「少佐。ただいま参上しました」


「ご苦労さん。3人とも、休暇は楽しめたか?」


「おかげさまで、ゆっくりした趣味の時間を取ることが出来ました」


「俺もまあまあ楽しめましたよ。旅行行って来たんで、今度お土産持ってきますね」


「そうか。楽しみしておこう。カーヤはどうだ?」


「私ですか? 鍛練をしていました。今度少佐にその成果を見せますね」


「そ、そうか……まあ、楽しみにしておこう」



 三人の休暇の話を一通り聞いてから、俺は「さて」と一言呟く。

 その言葉を聞いた三人は、少し緩んだ空気をキリッと引き締めた。

 そんな三人の様子を見ながら、俺は言う。



「それじゃ、任務の詳細を教えてもらおうか」


「分かりました」



 代表してホルガ―が返事をし、詳細を語り始める。



「任務の内容は、先日反乱軍が蜂起したレーベル子爵家の長女であるアメリア・レーベルの護衛だそうです」


「護衛任務か……。反乱軍からその、アメリア嬢を守るだけでいいのか?」


「それも含まれますが、それだけではないようです。どうも反乱軍の一件は裏でノーザンハイドが動いているようで、奴らからの護衛も含まれています。さらにこの期に乗じてアメリア嬢に近づいてくる他派閥も退けろと陛下は仰せのようです」


「なるほど。なかなかややこしい状況のようだな」



 俺はホルガ―の説明を聞いて納得した。

 つまり、陛下はこう言いたいのだろう。 


 レーベル子爵家は王家が筆頭を務める派閥『王宮派』の貴族だ。貴族といっても子爵だからそれほど強い影響力はないのかな? と思うかもしれないが、実際のところ、かの領地は海に面している港湾都市を抱えているため政治的・軍事的・経済的に重要な土地だったりする。

 

 そして、その子爵家の長男は既に学園を卒業して後継ぎとして領に務めているらしいのだが、大規模な反乱が起こった以上は領主共々命の保証はない。そして、かの家には次男がいない。そうなると、長男の次の継承候補者は長女である件のアメリア・レーベルになるというわけだ。

 

 考えてみてほしいのだが、もしアメリア・レーベルが他派閥の貴族子息たちと仲良くなり、そこから多額の資金援助——例えば復興資金や戦費など——を受けたりしたら……アメリアは個人的にも政治的にも関係の深まった他派閥に鞍替えし、王宮派はせっかくの港湾都市を失うかもしれない。これは痛い。


 かといって、アメリア本人を始末するわけにもいかない。彼女の下にいる妹たちは年齢がまだ幼く政治のことは何も分からないからだ。まともな為政者がいなくなるのは王宮派としても困る。


 だから、もしも長男が死んだときのためにアメリアを護衛しつつ、彼女に近づく悪い虫(他派閥の貴族達)を排除しろと陛下は言っているのだ。


 俺はそこまで理解してから、ホルガ―に更なる詳細を聞いた。



「期間は?」


「反乱の一件が片付くまでだそうです」


「そうか。まあ、早ければ2か月くらいってところか。わかった。……お前達も、頼りない上司をいつも支えてくれてありがとうな。今回もよろしく頼む」



 俺は少し照れながら、部下達に日ごろの感謝を伝えた。

 「頼りない上司云々」という言葉は言うかどうか迷ったのだが、先ほどのベン達との会話で自分の不甲斐なさを思い知ったのもあり、結局言ってしまった。

 自分でも思うほど、自信喪失していたのかもしれない。


 そんな俺の気持ちを読んだのか。部下達は俺に優しい言葉をかけてくれた。



「水臭いですぞ、少佐」


「そうっすよ! 俺達は一緒に戦場を駆け抜けた仲なんですから!」


「私は少佐の下で働けることを誇りに思っています。今更改まる必要はないですよ」


「そうか……ありがとう」


「だから、水臭いですって!」


「はは、そうだな。悪い」



 俺は部下にそういうと、背筋を正した。

 ホルガ―から資料を受け取ると、最後に解散命令を出してから帰路に就く。

 

 ……俺は自分で思うより部下から慕われているらしい。彼らはずっと学園内の監視を行っているから、ベンとの会話の内容も知っているはず。それでも俺を「上司として不甲斐ない」とは言わなかった。ただでさえ年下の上司でやり辛いと思っているだろうに……。


 目頭が熱くなるのを感じながら、俺は寮の扉を開いた。

 さて、今日から任務だが、とりあえずは学園生活に戻るかね。







 ホルガ―はそういうと、俺に資料の紙束を渡してくる。


 

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