第4話 クラスメイト

 

 入学式が終わった後。俺達新入生はそれぞれのクラスへと移動した。

 学園内の敷地は一種の街並みを形成するほどに広いので、先生たちの誘導に従っての移動だ。学生がぞろぞろと石畳で出来た道を歩いている。

 

 歩きながら周りに目を配ってみると、伝統的な赤茶のレンガ造りの建物が目に写った。この敷地内のほとんどの建物が同じような作りになっていて、一様に白い尖塔の屋根を構えている。壁には大きなガラス張りの窓がたくさん設置されていて、行きかう在校生の様子が確認できた。



「さすがに国内最高峰の学園だな。綺麗なキャンパスだ」



 そう呟いた俺だったが、その呟きは誰の耳にも届くことなく周りのざわざわとした喧騒にかき消された。

 気にせずそのまま歩いていると、先を歩いている生徒たちが一つの建物に入っていくのが見えてくる。

 その建物は外観からして貴族用の宿屋ほどの大きさがあるみたいだが、その美しさは周りの建物と変わらない。相変わらず赤茶のレンガ造りで統一されていた。

 ふと大きな入口の脇を見やると『アウグスト館』と表記されている。おそらくこの建物の名前なんだろうが、建物の一つ一つにまで凝った名前が付いているとは恐れ入ったよ。さすが最高峰ってことか。

 

 他の生徒達が興奮しながら建物に入っていくのを見つつ、俺もその中へと入る。

 中に入ると、多くの教室が備えられているようで、誘導に従って俺は自分のクラスの教室を探した。

 やがて1年1組の教室を見つけたので、その扉に手を掛ける。


 ガラッとスライド式の扉を開けて中に入ると、既にほとんどの生徒が教室にそろっていて、互いに挨拶合戦を始めていた。例のイレーネ嬢もいるようだが、周りの友達とのおしゃべりに忙しいらしく、こちらを気にかけた様子はない。


 物珍し気に教室を見回していると、視線に反応して何人かの視線がチラリとこちらへ向いた。

 しかし、すぐに視線を外して別の人と会話を始めてしまった。


 ……しまったな。完全に乗り遅れた。早めに到着して挨拶に参加しとけばよかったか。  


 そんなことを考えつつ、教室の中へと進んでいく。そして、ひな壇のように段差になった座席のうち、一番高いところにある端っこの席を選んで座った。

 机に肘をついて、教室全体を眺める。



 ——5分ほどそうしていたが、誰も俺に近寄ってくる気配はなかった。



 え、自分から挨拶に参加しないのかって? いや、最初はそうしようと思ったんだ。

 しかし俺はそこで重大な課題に直面したのだ。


 その課題とは——



 「はぁ。まさかクラスメイトへの接し方がわからないとはな」



 そう、俺は同年代の子供とまともに喋ったことがないのである。


 ……いや、言い訳させてほしい。

 俺は生まれたときから軍で働くことが決定していたんだ。竜の力を継承するシールド家に生まれた以上、この決定を覆すことはできなかったと言っていいだろう。

 そして、生まれた俺はその後、軍の用意した教官の下で一端の軍人になるための英才教育が施されることになった。それが5歳のことだ。当然、一緒に訓練を受ける同年代の仲間などいるはずがなく、俺ははるか年上の軍人達と共にその過酷な訓練を乗り切った。

 しかし、訓練を乗り切ったら乗り切ったで、今度は軍人として働かされることになったのだ。初めて任務に出たのは10歳だったから、もう4年近く軍人として働いていることになるが、当然周りに同年代の軍人がいるはずがなく、俺の会話相手は大抵の場合年上の大人たちになっていた。


 ここまで言えば分かるだろう。いかに俺が特殊な育ちをしているのかが。


 そんな俺が平和に育った彼らと仲良くなるのは至難の業と言っていい。

 規格外の力を持ち、軍人としても破格の功績を挙げてきた俺だが、今まさに、未曽有の危機に立たされているのかもしれなかった。


 事前に同年代との会話を練習してこなかったのは迂闊だったな。え、エリーゼと話してるじゃないかって? あいつはノーカウントだ。うん、理由は言わずとも分かるだろう?


 とはいえ、このまま黙ってみているわけにはいかない。

 友達作りは任務のためにも必要なのだ。友達同士の関係からローカルな情報が得られるというのもあるし、何より友達がいれば孤立せずに周りに馴染むことができる。 

 もし任務で必要に迫られて誰かと接触するにしても、普段から孤立している怪しい人間が近づくよりはずっとマシになるだろう。


 そんなわけで、俺は意を決して席を立ちあがった。話しかける相手は既に決めている。


 この教室で一番温和そうな人物で、男爵子息の俺が関わっても不自然じゃない人物。

 くせっ毛の強い栗毛の彼なら、多少失敗しても最後には俺を受け入れてくれるに違いない。


 緊張で手が震えるが、それをぐっとこらえて前に進む

 向こうもこちらが近づいていることに気付いたようだった。笑顔で視線を向けてくれている。


 すぅ。はぁ。大丈夫。いつも部下の連中と話している感じなら、フランクで親しみやすいナイスガイに見えるはずだ。


 俺は意を決して彼に話しかけた。



「よう。ベンヤミン君。俺はクラークだ。よろしく」



 次の瞬間、栗毛の彼はポカーンと大口を開けていた。




◇ ◇ ◇




 あの後、教室にクラスメイトが全員集まった頃に担任の先生がやってきて、ホームルームが開かれた。

 その後は授業もなく解散となったので、俺は特に寄り道をすることもなく、寮に向かって校内を歩いていた。


 3人のクラスメイトと一緒に。


 ……うん。気になっている者もいるだろう。

 あの挨拶の後、俺が無事に友達を作ることに成功したのか。




 結論から言おう。


 出来ちゃった。




 なぜ友達が出来たのか。それは栗毛の彼、ベンヤミン君が非常に優しい人柄の持ち主だったからである。



「クラーク君って面白いね! これからよろしく!」


 

 そう言って彼は笑顔で俺を受け入れてくれたのだ。


 ……うん。最初に話す人が彼で良かった。本当に。


 

 そんなわけで、彼が俺を輪に入れてくれたおかげで俺は数人の友達を確保することに成功したのである。

 この際せっかくだし、俺の新たな友達を紹介しよう。


 まずは、くせのある栗毛の下に優しそうな緑の瞳を持つベンヤミン・カーマン。

 カーマン子爵家の次男で、身長は170センチの中肉中背。特別美形というわけではないが、その温和で接しやすい雰囲気から男女問わず人気が高そうだ。俺は彼のことを「ベン」って呼んでいる。


 次に、長めの赤毛を後ろで縛った髪型と釣り目がちの赤い瞳を持つ彼は、ゲルト・イェーリング。有名冒険者の父を持つ平民で、身長は180センチと大柄。なかなか威圧感のある立ち姿の彼だが、明るく元気な人柄をしているため近づきにくいということはない。冒険者の子供らしく体を動かすことが好きとのことで、クラブ活動に興味津々のようだ。


 最後の一人は、女の子だ。ベンヤミンと同じ栗毛のボブヘアーにくりっとした青い目を持つ彼女はロッテ・カーマン。苗字で察しているかもしれないが、ベンヤミンの親族で双子の妹である。身長は150センチと小柄な彼女であるが、頼りないということはなく、はきはきと喋る姿は自信に満ち溢れている。


 以上の三名と仲良くなることが出来た。幸いにも俺の非常識な挨拶——未だにどこが非常識なのかは全く分からないが——をベンが茶化してくれたおかげで他の2人の緊張も解けてすんなりと仲良くなれたのだ。ベンには感謝してもし足りないな。


 そんなわけで、今現在はベン、ゲルト、ロッテの3人と寮に向かっているところなのである。


 

「おーい、クラーク、聞いてるのか?」


 と、考え事をしていると、ゲルトが俺に話しかけてくる。

 俺は意識を切り替えると、ゲルトに顔を向けた。



「ん?……ああ、すまん。考え事をしていた。何の話だ?」


「おいおい、大丈夫か? 明日から始まる履修登録の話をしていたんだよ。一緒に履修を組もうってな」



 ゲルトがそういうと、ゲルトの横にいたベンが首肯する。



「僕らは1年生だから授業の大半が必須科目だけど、それとは別に自由科目っていうのもあるらしいよ。必須科目が一般教養を教える科目ならば、自由科目はより専門性の高い授業を教える科目ってイメージらしいね。ただ、この自由科目は自分で自由に選べる分、仕組みが複雑みたいだから、みんなで協力して履修を組もうってことになったんだ」



 ベンの話を聞いて俺は得心がいった。


 そういえば、試験に合格した後にもらった資料にそんなことが書かれていな。

 その資料によると、この学園の授業は単位制を採っているらしく、規定の単位さえもらえれば卒業できる。

 ただ、授業には必須科目と自由科目があって、必須科目は必ず全て受講しないと卒業できない仕組みになっているらしい。そこで教える内容は、各分野の基礎の部分だ。魔法学で例えるなら、『初級魔法実践』とか『基礎魔法理論』といったものが挙げられる。つまり、木でいうところの根っこや幹の部分を教えるらしい。この必須科目は学年ごとに受ける科目があらかじめ決まっているため、自由に選んだりすることはできない。

 対して、自由科目というのは、必須科目で教える基礎のさらに先、応用や発展といった内容を教えるものだ。こちらも魔法学で例えると、『戦闘用上級火魔法』とか、『古代の術式』といった科目が挙げられる。つまり、木でいうところの枝葉の部分だな。この自由科目は何を受けるか自由に選択できるのだが、数が膨大なうえにシステムが複雑なので新入生にはちょっと難しいものがある。


 俺が資料の内容を思い出していると、ゲルトが言った。



「まあ、俺は何を受けるか大体決めているけどな!」


「何を受けるんだ?」


「そりゃきまってるだろ? 俺は火魔法を極めるぜ! あとは戦闘技術系の科目とかも受ける!」


「なるほど、ゲルトは冒険者になった時に必要な技術を学びたいのか」


「おうよ! 早く立派な冒険者になって俺の名を世間に轟かせるんだ!」



 ゲルトはそういうと、右腕の力こぶを左手で叩いた。

 そして、何かを思いついたような顔をすると、ベンの方を向いて言う。



「そういえば、ベンは騎士を目指しているんだっけ?」


「え、うん。まあそうだけど……」


「なら、お前も戦闘技術は必要なんじゃないか? 俺と一緒に授業受けようぜ!」



 それに対し、ロッテが嫌そうな顔をした。



「ちょっと! お兄ちゃんは騎士の中でもエリート騎士を目指しているの! お兄ちゃんに必要なのは泥臭い戦闘技術じゃなくって、戦術指揮のほうよ! 強引に誘ったりしないでよね!」



 そんなロッテの言葉にゲルトは面食らった顔をする。

 そして、ロッテに向かって少し興奮した様子で話しかけた。



「ど、泥臭いだと!? お前、冒険者をバカにしているのか!」


「してないわよ! 事実を言ったまでじゃない」


「なんだと!? あれは泥臭いんじゃなくて、熱い戦いっていうんだよ! ていうか、そもそもどの授業を受けるかはベンが決めることだろ? なんで妹のお前が勝手に決めてるんだよ! さてはお前、ブラコンか!」


「はぁ? 私がブラコンなわけないでしょ!? お兄ちゃんが騙されやすいから庇っているだけよ! 勘違いしないでよね!」



 それからゲルトとロッテはしばらく言い争いを続けていた。その周りではベンがおろおろと二人を宥めようとしているが……うん、二人とも大して怒っているわけではなさそうだな。多分、軽いじゃれ合いみたいなものだろう。


 とはいえ、そろそろ寮に着くころだ。ここらで二人の言い争いを止めに入った方がいいだろう。


 そう考えた俺は二人に近づこうとした。


 しかし、その前に俺を引き留めるものがあった。



『少佐。陛下から指令が下されました——』



 通信魔導具に部下からの通信が入ったのである。



 


 

 

 

 


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