第3話 入学式
入学式までの時間は思ったよりも慌ただしいものだった。
試験は難なく合格したのだが、入学準備にかなり手間取ったのである。
というのも、今回俺は『アーク少佐』としての身分を隠すために、『クラーク・シールド』として学園に入学する。
しかし、その任務は突然決まったことだったので、シールド家の面々は入学準備など全く行っていなかったのだ。
必然、入学中の荷物をまとめたり、方々の手続を済ませたり、挨拶周りに駆り出されたりと慌ただしく入学準備を行う羽目になったのである。
とはいえ、その甲斐あって無事に入学準備は間に合った。
そして、今日は入学式が執り行われる日だ。
王都にあるシールド家の別邸を出て、学園へと向かう。
移動は馬車だ。それなりに立派な馬車に身を預けながら車窓の外を眺める。
窓の外には俺の乗る馬車と同じような、豪華な馬車がたくさん行きかっていた。
学園の制服を着た平民達の姿も見えるな。おそらくみんな行先は同じなのだろう。
そんな平和な景色を眺めていたのだが、突如として俺の平穏は破られる。
俺の隣の座席に座った少女が話しかけてきたのだ。
「皆さん制服ですね! なんかドキドキしてしまいます!」
察しているかもしれないが、彼女はエリーゼだ。彼女は俺に顔を近づけると、子供のように興奮しながらまばゆい笑顔を作った。
さて、なぜ王族である彼女が一介の男爵である俺の馬車に乗り込んでいるのか。疑問に思った者もいるかもしれない。
しかしこれには深い訳があるのだ……。
遡ること2週間前。
陛下から任務を拝命した翌日のことだったか。
試験勉強で忙しかった俺は、シールド家の別邸で猛勉強に励んでいたのだが、突如として彼女は俺を訪ねてきた。
そして、言ったのである。
「これからしばらく、試験勉強をお手伝いさせていただきます!」
「…………は?」
いきなりやってきて試験勉強を手伝うと申し出る彼女に、俺はひどく困惑した。
しかし、王族の頼みを一介の男爵が断れるはずがなかったので、俺は流されるままに彼女を受け入れた。
しかし、本当に驚くべきなのはそこからだった。
「同じ目的を共有する仲間なのですから、どうか私のことはエリーゼとお呼び下さい!」
「え、いや、あの」
「そ、それとも、……エリィと愛称でお呼びになりますか?」
「エリーゼと呼ばせていただきます」
身分差など関係ないと呼び捨てを強要してきたり……。
「クラークさんは竜人の血を引いているんですよね? どんな食べ物がお好きなんですか? 趣味は? 好きな女性のタイプは?」
「エリーゼ。落ち着け。俺は女性に興味は——」
「ハッ!? まさか人には言いづらい性的趣味をお持ちで!?」
「違うわ!」
俺を質問攻めにしつつ、ぶっ飛んだ考えを披露したりしたのである。
そう、エリーゼという少女はとても好奇心旺盛で型破りな性格の持ち主だったのだ。
そんなエリーゼは毎日のように俺を訪ねてきた。
協力者だから仲良くしようということらしく、暇さえあれば俺の家に遊びに来たのである。
さすがに毎日来られるのは面倒だと思って追い返そうとしたのだが、無駄だった。
どんなにおざなりで冷たい対応をしても、彼女はめげずに食らいついてくるのだ。
そして家に上がり込んでは俺の傍で楽しそうに入学準備の手伝いをしている……なんとも王女らしからぬ王女であった。
俺が彼女に振り回されたのは言うまでもない。
そんなわけで、彼女が俺と一緒に登校しているのは、何ら不思議なことではないのだ。どうだ、ふかーい訳があるだろ? 察してくれると助かる。
「ぼーっとして、どうなさったんですか?」
「……ああ、悪い、ちょっと考え事をしていた」
「クラークさんがぼーっとなさるなんて珍しいですね」
「そうか? まあ、最近は忙しかったからちょっと疲れてるのかもな」
「ふふ。お疲れ様です」
エリーゼはそういうと、楽しそうに微笑んだ。
何がお疲れ様、だ。疲労の主な原因はお前だろうが。協力者として手伝ってくれたのはありがたいが、ことあるごとに変な行動をするからこっちはヒヤヒヤしっぱなしだったんだぞ。いったい何を考えたら「息抜きに商店街に行きましょう!」なんて発想が思い浮かぶんだ? 頼むから王女が平民の街に行かないでくれよ。何かあったら俺の首が物理的に飛ぶかもしれないんだぞ?
まあ、そんな王女らしからぬ提案の数々のおかげで、遠慮なくエリーゼと会話できるようになったけどさ。
エリーゼとの2週間を思い返して内心ため息をついていると、窓の外から巨大な敷地が見えてきた。
どうやら学園に着いたようである。
それを認めた俺は、エリーゼに任務の最終確認を行うことにした。
何度も念入りに言い聞かせて置かないと、彼女は本当に何をするか分からない。
俺はエリーゼに、今まで何度も行ってきた注意事項を説明した。
「エリーゼ。学園に着く前にもう一度確認しておくが、学園内での俺達は男爵と王女だ。協力者ってことがバレないよう、あくまで無関係の他人同士を装ってくれ。男爵と王女が仲良くしているなんて不自然もいいところだからな」
「分かっていますよ」
「それと、任務の遂行については俺の指示に従ってもらう。勝手に動かれると部隊との連携も崩れるし、その分失敗のリスクも上がる。危険に遭遇でもしない限りは指示通りの行動をするように」
「了解ですわ。少佐!」
エリーゼはそういって、不慣れな敬礼を俺に向けた。
と、そこでちょうど馬車が学園の門をくぐる。
俺達は目立たないように、ロータリーの端っこで馬車を降りたのだった。
まもなく入学式が始まる——。
……気合は入っているみたいだけど、本当に大丈夫だろうか。不安だ。
◇ ◇ ◇
国内最高峰の学園だけあって、入学式は立派なものだった。
まず、会場の規模がでかい。オペラ劇場みたいな、半円状のひな壇に座席がくっついたような会場で、その座席いっぱいに約2000人もの新入生が座っているのだ。
さらに、その上には高位の貴族専用の個室も用意されていて、貴族の子息子女達が優雅にステージを眺めている。
そして、式の内容もそれなりに趣向が凝ったものだった。校長の挨拶、新入生代表の挨拶などといったお約束のイベントはともかく、劇団によるちょっとした入学記念のショーや有名人によるウィットの効いた感動的な挨拶など、様々な企画が用意されていたためそれほど飽きることもなく入学式を終えられた。
そして、入学式が終わった後は、クラス分けの発表である。
——クラスってなんだ?
そう思った諸君に改めて説明しよう。クラスというのは学園側が生徒を効率的に管理するために作ったグループのことだ。
具体的には、ホームルームを開いて重要事項の伝達を行ったり、行事に一緒に取り組むためのチームを組んだりすることがある。それ以外にも、課外授業や修学旅行で一緒に行動するグループになったり、必須科目(注:この学園は単位制を採用している。必須科目は選択の余地なく必ず受講しなければならない科目のこと)を一緒に受ける仲間になったりすることがある。
そんなクラスは1学年あたり50クラス用意されていて、約2000人いる新入生は先生の裁量でそれぞれのクラスに割り振られるのだ。
授業が履修制なんだったらクラスメイトと関わる機会なんてそんなにないんじゃないの? クラスって重要なの? と思うかもしれないが、このクラス分けは案外蔑ろにできない。
なぜなら、クラスメイトは行事や課外授業で苦楽を共にすることが多いからだ。その分、普通の授業仲間よりも仲が深まりやすいこともある。
クラスメイト同士だった二人が一生続く友情を育むという話はよくあることだといえば、クラスの重要性が分かってもらえるだろうか。
そんなわけで、クラス分けの発表を前にした新入生達は、固唾を飲んで正面のステージに注目していた。
その空気に流されて、俺も言い知れぬ緊張感を感じながらステージの方に注目する。
やがて、ステージに立った先生の一人が口を開いた。
「それでは、クラス分けを発表します!」
そして、先生の宣言が終わると同時に魔法の光がステージに現れた。
光が文字を形作り、中空に巨大な画面を生み出す。
やがて、そこに現れたのは新入生全員の名前を書き写したクラス表だった。
……さすが王国最高峰を謳うだけあるな。演出は最高に凝ったものを用意したようだ。使われた魔法も相当難度の高い魔法だし、教師陣も優秀なんだろうな。
まあ、今はそんなことに感心している場合じゃない。軍人の性ゆえに魔法の方に気を取られてしまったが、さっきから周りでは、生徒達が「キャー!」とか「ギャー!」とか騒ぎまくっているのだ。
クラス分けの結果に一喜一憂しているのであろう。
俺もそんな彼らに倣って、自分の名前を探すことにした。
えーっと、どこかな……。
しばらくクラス表を眺めていたら、思ったよりも早く俺の名前を発見した。というか、3秒で発見できた。どうやら俺は1年1組のクラスに配属されたようである。
そして、同じクラスメイトの名前を見ていく……貴族の名前は必須知識なのである程度覚えているのだが、見知った名前は半数程度しか見かけないな。残りは平民か名前も覚える必要がない弱小貴族ってところか。
そんな感じでクラスメイトを確認していたのだが、最後の一人の名前を見て、俺は思わず「げっ」と呟いた。
その人物は、あまり貴族に興味がない俺でも風の噂で聞いたことがあるほど有名な人だった。
王国内の5大派閥の一つ、森林派の筆頭を務める貴族の令嬢だ。
その生徒の名は——。
「イレーネ・フュルスト・デ・フォン・アルブレヒト……」
エルフ族らしく、プライドと選民意識が高いと噂の女性である。
〇 〇 〇
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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