第2話 エリーゼ・ローゼンハイム
「貴殿には身分を隠して学園に入学してもらう」
「…………は?」
正直、拍子抜けだ。
任務内容がまさかの学園への入学なんて、誰が想像できるだろうか。
しかも、規格外の力を持つこの俺に課す任務だ。学園入学なんて俺以外の誰かであっても達成できそうな任務だぞ? わざわざ俺に回ってくるなんて予想できるはずがない。
俺はそんな困惑を押し隠して陛下に問を投げた。
「学園に入学……ですか?」
「そうだ。とはいえ、貴殿も疑問に思っている通り、ただ学園に通えばいいというわけではない。貴殿には学園で起こる政治的な問題を未然に解決してもらう」
陛下の返答を聞いて、俺はようやく得心がいった。
なるほど、確かに学園には貴族の生徒が多く集まる。他国からも要人がやってくるし、その中で何らかの貴族的なトラブルが発生することはよくあることだ。
例えば、貴族の子息子女の喧嘩などがいい例か。こういった問題は放っておくと派閥争いにまで発展することもあるし、そうならなかったとしても将来跡を継いだ子息達の仲が険悪になり、派閥間、あるいは派閥内で軋轢を生むことになりやすい。そして、こういう問題は大人が入りにくいために解決しにくいのが特徴だ。
だから、俺を学園に投入してこういった問題を未然に解決したいのだろう。
しかし、疑問がないわけじゃない。
「陛下、質問してもよろしいでしょうか」
「許可しよう」
「なぜ、私なのでしょうか?」
そう、なぜ俺のような人間を選んだのだろうかは釈然としない。
なぜって、学園での問題を未然に防ぎたいなら、学園に入学できる年頃の諜報員にでもやらせればいいからだ。
主戦力の一端を削ってまで俺を学園に投入する価値は正直ないのではないかと思うが……。
陛下は俺の疑問に対し、一つ頷くと鷹揚に口を開いた。
「うむ。もっともな疑問だ。とはいっても、貴殿を選んだ理由はそれほど難しいものではない。ノーザンハイドの情報工作が激しさを増してきたからだ」
ノーザンハイドが情報工作? 確かに俺が暴れまわった影響で向こうの損害も軽視できないレベルにまで広がっていると思うが、かといって向こうに対抗手段がないわけじゃない。
そんなみみっちい戦法など取らなくても、さっさと直接対決してしまった方がコスパはいいんじゃないのかと思うが……。
そんなことを考えている間にも、陛下の話は続く。
「先の戦争以降、ノーザンハイドとは休戦協定を結んだが、その分直接戦闘以外の方法でこちらへの攻勢を強めている。我々も工作員を送り込んで対抗しておるが、学園は現在手薄になってしまっているのだ。そこへ充てる人員として適切なのは、貴殿のように学園に入学できる年頃で、かつ自衛力に秀でた人間しかおらん。特務騎士団の諜報員を送り込んでもいいのだが、さすがに両方の条件を満たす人材は早々数が揃わんからな。お主にも参加してほしいのだ」
なるほど。ノーザンハイドとは既に休戦協定を結んだのか。しかし、それは向こうが損害を回復し、俺への対策を立てるための時間稼ぎに過ぎない。
ノーザンハイドとしては、「黙って静観しているのも一つの方法かもしれないけど、どうせ戦争を企ていることはサウザンロードにも分かり切ったことなんだから今のところは情報戦でちょっかいかけとこう」とか思っているのかもしれないな。
そうすると、学園での任務にも危険が伴う可能性が出てくるわけだ。なにせ、ノーザンハイドの諜報員が襲ってくる可能性があるからな。そして彼らが襲うのは俺達だけじゃなく、学園の生徒も同様だ。そうなると、かなりの自衛力を必要とされるだろう。
そういうわけで、今回の任務は俺に白羽の矢が立ったわけか。
陛下の意図を理解した俺は、一つ頷いた。
そして、おもむろに口を開く。
「分かりました。その任務、謹んで拝命いたします」
「うむ。頼んだぞ」
こうして、俺は学園に入学することになった。
まあ、普段の任務に比べればそれほど難しいことはないだろう。いつまで続く任務かは分からないけれど、しばらくはゆっくりした時間を過ごせるかもしれないな。
と、そんなことを考えていると、陛下が再び口を開く。
「ああ、言い忘れておったが」
ん? 言い忘れ?
俺が疑問に思う暇もなく、陛下の次の言葉は紡がれた。
「今回の任務、協力者を用意してある。エリーゼ、入れ」
陛下がそういうと、謁見の間の右奥にある扉が開き、一人の女性が入室してくる。
その女性は長い金髪と立派な赤いドレスを揺らしながら玉座の傍へと歩み寄ってきた。そしてその青い瞳で俺の方を見据え、つややかに輝くピンクの唇を少し曲げる。
俺は彼女のその表情に息をのむ。
彼女の微笑は見る者によっては一目惚れさせてしまうほどの美しさがあった。
陛下が彼女に手を向けながら言う。
「この娘はエリーゼ。俺の娘で第三王女を務めている。お前と同じ14歳で今年学園に入学する予定だ。協力者として利用してくれ」
俺はその言葉を聞いた瞬間、ポカーンと口を開けてしまった。
いや、仕方ないだろう。だって、王女が任務の協力者って普通あり得ないだろう。確かに仲裁役とかやってもらったら、かなり役に立ってくれそうな予感はするけれども。
でも、王女は普通下々のことなんか気にしないし、王女が貴族同士の問題に介入していたら、それはそれで貴族に煙たがられるだろう。だから実は役に立ってもらえる瞬間はあまりないかもしれない。
まあ、王女は必ず参加してもらわなければならないわけじゃない。あくまで『協力者』に過ぎないんだから……。
そこまで考えて顔を上げると、エリーゼと呼ばれた少女と目が合った。
彼女は俺をまっすぐ見据えると、その瞳を怪しく輝かせながら再びほほ笑んだ。
俺はその殿下の視線に一瞬怯む。なんだ? 社交辞令ではない何か変わった視線を感じる……。
戦場暮らしで鋭敏になった俺の感覚は彼女の視線に異様な何かを感じ取っていた。
そんな感想を抱いているとはつゆ知らず。
彼女は、俺への視線をそのままに、鈴のように透明で美しい声を響かせて俺に語り掛けた。
「よろしくお願いしますね。クラークさん」
「よ、よろしくお願いします。エリーゼ殿下」
こうして、俺は学園に入学することになった。
一抹の不安を背負って。
〇 〇 〇
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