第5話 缶とコイン

「ふ〜!」

「どうした、ため息なんかついて?」

「空を見て居て。急に悲しくなって来たんです」

「お前が?ポエムみたいなこと言い出すとは。熱でもあるんと違うか〜?」

「何で、オレだけそんなに悪う言われやんとあかんのですか?」

「しかしなぁ〜。いつもはそんな事でため息なんかつかんがな。あっ!なんか拾ったもん食って腹痛なったんか?」

「アホな!そんな食い意地張ってません。だいたい落ちてるもん食いまっかいなあ。余りにもバカにしすぎです!」

「なら、頭でも打ったんとちゃうんか?」


「あの空見て何も感じませんか?」

「いや〜。何も」

「感じますやろ。みんな暑いやろうなぁ。喉乾いてるんと違うか、とか」

「そんなもん、空見んでも暑いぐらいは感じてるわ。何か飲みたいんやったら早よ、ジュースでも何でも買いに行って来い。買いに行くくらい文句言わんわ」

「ちゃいますやろ」

「何が違うねん。大きな心で仕事を抜けて、遊びにいかしたるって言ってるんやから。文句でもあるんかいな」

「ありますがな。行きとうても先立つモノが有りませんねん」

「えっ!」

「えっ。って何ですねん。こんな所で『えっ』は、ありませんわ。オレの右手を握ってやなぁ。早う言って来いと言うもんでっせ」

「そう言うもんやったんか。悪かった。オレの気付きが悪うてお前に苦労をかけるなぁ。早よ、行っといで」


「何してますねん。オレの手を握って。オレ、男に手握られても嬉しないで。困った人やなぁ」

「お前、今握れっていうた所やないか。オレかて、お前の手なんか握りたないわ」

「違いますがな。先立つモノがない、と、なれば、コインの一つぐらいは手に握らせて。お前の好きなもん買うといで、って言わんと、あきませんで〜」

「そうやったなぁ。すまんかった。これで好きなもん買うといで」


「あの〜、何でも好きなモン買うといでは良いんですけどな。手に握らせてもらったん、10円玉ですがな。これではジュースのスの字も買えませんって」

「えっ!後、百円でも二百円でも、好きなだけ入れたらええやん。何でも飲めるやろ。オレ優しいなぁ」

「その百円玉が、オレの財布の中から旅立ってまだ帰って来てませんねん」

「そらお前が悪いんや。百円玉を大事にしてやらんから居らん様になるんや。百円玉が言うてるわ。タバコ買えへんかったらオレら居てられるのにってな」


「は〜。冷たいコーヒーが飲みたい。大阪も人の心が荒んで砂漠みたいや。人情のカケラもあれへん。オレはここでミイラになるんやろか」

「ミイラに早よなり。博物館に送ったるわ」

「ここでオレがミイラになったら問題になりまっせ」

「どんな?」

「商都大阪で人知れずミイラになる。ニュースになりまっせ」

「そうやなぁ。丁度ええ宣伝になるなぁ。そこの箱の上に座れ、ミイラになるまで何日かかるか皆んなで当てっこしようと思うわ」

「そう簡単になりますかいな。朝はモーニング。昼は定食。夜は家に帰りますからチョットやそっとでなりませんで」

「ホンマになりそうにないわ」

「そこでです。気持ちように働きますよって。500円一つ握らせてください。頑張りまっ」

「負けたわ。これ持っていけ。ただし、釣り返せよ。それとオレは水な」


「お待たせしました。これ水です」

「これ水は良いとして。さっき自販機の前で通りかかりの人と何話しててん?」

「ああ、アレですか。何やらあの自販機でジュースを買いはったそうですけど、お釣りを取り忘れはったみたいで。慌てて戻って来はったらしいです」

「なかったんかいなぁ。気の毒になぁ」

「オレに580円無かった?って聞くもんやから。さぁ、オレの前に何人も買うてはりましたから、どうですやろって言っときました。はいっ。お釣りの220円です」

「お前、お財布の中に500円玉あるやないか」

「そうですねん。百円玉さんが成長しはって500円になりはりましてん。可愛いやつですわ。旅に出て大きくなって故郷に錦を飾りましてん」

「お〜い。故郷に帰って来るのはええけど、直ぐにタバコに変身するんと違うか〜?」

「おい!今度帰って来る時は1万円になって帰って来るんだよ」

「ふん。やなこった。二度と帰って来ませんわ。って言うてるわ」





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