第2話 さ〜ちゃん

「や〜!社長さんじゃ〜ありませんか。お元気でした?」

「何言うてんねん。さっきも会ったやないか。ウザイなぁ」

「挨拶やがな。いつもながら、元気やね。ええことあったみたいやねぇ」

「ええ事なんかあるか〜。悪い奴がこの辺でウロウロしてやんの。知らんやろ」

「何が?」

「恐ろしい三太郎を。怖いで〜。怖すぎるで〜」

「もしかして、その三太郎ってアレの事か?」

「おっ!あんなとこ歩いとる」

「そら足あるもの、どこでも歩きよるわ」


「ええ事教えたるわ。よう聞きや。アイツの缶ジュースだけは買わんこっちゃ。買うたら噛まれるで」

「何に噛まれるんや」

「さ〜ちゃんにやがな」

「何で三太郎がさ〜ちゃんになってるんや」

「アイツ、自分の事。さ〜ちゃんって言いよるねん。サービスのさ〜ちゃんです、ってな。けど、アレは詐欺師のさ〜ちゃんや」

「フ〜ン。何があったんや?」


「それはな。ある日缶ジュースを持って来よったんや」

「フ〜ン。そう言うたら売れへん缶ジュース売っとったな。あそこに見えるあの山やろ。でもよう頑張ってるよな。少しづつ減って来てるなぁと思とってん」

「その幾らかはオレが買うたってん」

「それやったら」

「違うがな。ここからが面白い展開になるんや。アイツ、缶ジュース持って来て飲んでみてって、缶開けて出してくるんや。それでな飲んだんや。そうしたら、アイツ、『どうや?美味しいやろ。飲んだ人は、皆んな美味しい美味しいって言うてくれますねん。安っしとくさかいに買うてくれへんか』って、さ〜ちゃんが言うのさ」

「それがどうしたんや。あの売れん缶ジュースを売ろうと言う気持ち、ヒシヒシと伝わってくるわ」

「『ほんならナンボ買うてくれます?』ってゆうから、5箱やなぁ。5箱でいいで。それ以上やったら断るわって、言たったんや。そしたら『お店の格がありますやろう。5ではあきまへんがな。少な過ぎます』って言いよるいねん。勝手な事言うな。あかんかったらいらん。言うたら、『10箱だけでもお願い出来ませんか』と返されて、まあええかって思って了承したんや」

「普通やん」

「アホ。これからやがな。いつもはあんまり来へんのに、その日から毎日顔出しよるねん。それも客がおるとこに現れるんや」

「ほう、感心な奴、自分の売ったジュースの心配しとるんか。毎日残数を数えとおるんやな」

「違うわ!ええか、よ〜く耳の穴かポジって聞きや。ここから始まる悪魔のような身の毛もよだつ話を。涙無しには語られへんし、聞かれへんで」

「フ〜ン」

「知っての通り、朝、お客にオニギリ振舞ってるんや。朝早いからちょっとでもお客さんが喜ぶようにと」

「ああ、知ってるよ」

「ある日気が付いたら客が、缶ジュースを左の手、右手にオニギリを握ってるんや。オレはあんまり深く考えんと見過ごしたんや。ああ、喉が乾いて缶ジュース買いはったんやなって。それが違うってわかったんが、この二、三日前や。アイツ、また缶ジュース10箱持って来よってん。なっ、恐ろしいやろ?」

「?」

「分かれへんのかいな。あんたもアイツの生贄や。気いつけんとあかんで」

「そやけど、箱から出して・・・・・、エッ」

「そうやがな。うちの客にな、『オニギリ、美味しおますやろ。けど喉乾きませんか?これ美味しいでっせ』って言うてフタ開けてわたしていきよるねん。『このジュースは混じり物なしの本物です。ええもんでっせ』そう言って毎日飲まし続けよってん。そんなもんすぐなくなるがな。客が買う前に消費してんねんから。それで1箱に欠けたら、何も言わんと10箱を勝手に積んどきよんねん。恐ろしいやろ」

「ホンマか?」

「まだあるねん。アイツは朝現れたら自分も右手にオニギリ、左手に缶ジュースを握ってますわ。自分も減らすのに一役買ってますって、ニコニコ顔で嬉しそうにしてやがるんやで。黒かったら踏み潰してやるんやが。『お客さん、喜んでくはりましたで。あっ、呼ばれてますから』そう言うて、すぐにおれへんようになりよるねん。上手いこと逃げよるから、困ってんねん」

「毎日現れるGかいな。ゴルゴやったら勝たれへんけど、アイツならやれる!頑張れ!応援したるわ。なんかあったら仇とったる」

「取れるか?返り討ちにあいそうやん」

「あんたがやられてるからなぁ。気いつけとくわ」


 一人で座ってると寄って来る三太郎。

「何一人で居てますねん。商売のネタありまっせ。こんなお値打ち品ないよ。オレ、サービスのさ〜ちゃん。皆んなに喜ばれてるんや。サービス精神旺盛やと言われてるの知ってるやろ。ね!」

「フ〜ン。それはいい事や!それで?オレに何かサービスしてくれるの?」

「そうやがな。ちょっと待っててや」


そう言って何処かに行くさ〜ちゃん。暫くすると何やら箱を持ってやって来た。

「これな、本来なら一本80円やけど、今なら60円でええねん。ええ話やろ」

「フ〜ン。けど、これ確かみんなに人気無い奴やろ。30円ぐらいにしてや」

「何を言うてんねんな!美味しいねんで。みんなこれ、欲しい、欲しい言うてるけど、みんなに黙ってあんたにだけ、安う言うてんねん。他の人には内緒やで〜」


そこに社長さん、現わる。

「あぁ!さ〜ちゃん。新たに生贄を見つけたんかいな」

「何、人聞きの悪いこと言いますねん」

「おおっ!おっひさ〜!最近どない?儲かってるって聞いてるで」

「そうやなぁ。モノごっつう儲かってまっせ!誰かさんのお陰で。それから友達やから、ええ事教えたろか〜?生贄さん」

「なんや?」

「その手に持ってるのん。安いやろ!」

「うん。30円はええ買い物やと思って100箱買おうかと思案中や」

「ええっ!30円!この嘘つきめオレに60円言うときやがって、こいつに30円やと!」

「違う、違う。30円は勝手に言うてんねんがな。オレ、正直に60円って交渉しててね、これは美味しいって言ってたんや。なぁ、社長、お客さん、皆んな美味しいって言ってるよね」

「フ〜ン。オレ、これ、人気無いぐらいは知ってるで。そうやろう。もしかして60円で買わされたん?かわいそうに。試合やったら馬乗りになられて上からバシッバシッって殴られた感一杯やで。ノックアウトや」

「やっぱりそう思うか?オレ、やっぱり騙されてた?」

「そりゃそうやん。あそこ見てみ!山積みやん。もっとさ〜ちゃんの足元見やなあかんで〜」

「そうか〜!オレ、魔が抜けてたなぁ」

「うん、君、ええ人やったんや!もっとエグい人かと思ってたけど」

「やっぱりそうなるよね。オレ、ええ人やったんや」

「なぁ、さ〜ちゃん。こんなええ人泣かしたらアカン。ここはひとつ200箱ほど30円にして、オレとこいつで分け分けするわ。それが君の為になると思うわ。悪い事したらええ事して体清めなあかんで」

「なぁ〜!オレもそう思うわ。お前、心、痛いやろ。30円にしろ。そうしたら痛いの何処かに飛んで行くわ」

「勝手に値段決めて、勝手に盛り上がらんといて!」


「こいつ、ホンマに悪い奴やで〜!」

「勝手な事言わんと。この美味しいのん、こうた方が得でっせ〜」

「30円か?それやったら200箱貰うわ。どうや?」

「アホな〜!そんな値段やったらもう無くなってるわ」

「ちょっと、ちょっと待ってや。こう言って騙しよんねん。騙されたらあかんで」

「騙す、騙すって人聞き悪いでっせ!知らん人が聞いたらオレのこと、本当に悪い人やと思いはるやん。そんな事になったら、あんたら罪重いと思いますで〜!謝るなら今のうちや。そうやなぁ、60円で一人100箱ぐらい買わんと謝罪にはなりませんで」

「フ〜ン。そんな事このオレに言えるんやな?」

「なんでそないな強気な物言いができまんねん!」


「なぁ、ちょっと聞いてくれへん?」

「うん。話してみい。オレが聞いたる。何か事情があるんやろう?」

「そうやがな。こいつはさ〜ちゃんはさ〜ちゃんでも、詐欺師のさ〜ちゃんやねんで〜!」

「そうやったんか!やっぱりか。話し口、態度。それなりの奴やと思てたが、やっぱりな〜」

「何を二人してしみじみとしてるんや。オレはサービス一筋やで」

「自分がそう思い込んでるだけやがな。オレは酷い目に合ってるねん」

「エッ!君みたいなええ人を、そないな酷い目に合わせるとは。酷い。ここは黙って30円にしとき。禊ぎや」

「勝手な事言うてたらあきまへんで〜」


「さ〜ちゃん。あんた、この前オレとこに持ってきたその缶ジュースがどうなったか言うてみい?」

「今日無くなったからオレが積みに店まで持って行ったがな。物凄いサービスやろ」

「そうやなぁ。無くなってもうこれで綺麗になったと思っていたのに、確か注文もしてないのに気がついたらそこに積まれてたんやけど。あれは30円か?」

「いややな〜ぁ、60円やで」

「勝手に持ってこんといて。人気無い商品を」

「そんな事ないやん。お客さん、美味しい、美味しいと皆んな言ってはりましたで。皆んなそら喜んではりましたわ」


「聞いた?こいつ、勝手に店やってきて、うちの客に暑いでっしゃろ、缶ジュース飲みなはれって言うて、缶開けて飲んで飲んでと手渡しして周りよんねん。オレとこの売りもん自分勝手に消費して無くして行きよんねん。それだけやないで。自分もしっかり一本飲んで帰りよんねん。そんな事してんねんで、ほんの数日で無くなってしまうがな。自分で無くして、ほんで無くなったら販売しよんねん。配達も勝手にしてくれんねん。どう思う?客の前やから止めろって言われへんやろ。それをいい事にニコニコして店の中走り回りよんねん。黒色やったら踏み潰してやるんやけど」

「すごいなぁ。営業マンの鏡やなぁ。オレとこにも一人欲しい人材や」

「こいつは人材は人材でも人罪や。材料やない罪のほうや。大きな箱買ってきてゴキホイホイにして追い込んでやりたいわ」


「何言うてますねん。お客さんは神様でっせ。喜んで貰うのが一番ですがな。オレはお店のためにサービスをしてますのや。」

「悪魔がなんか囁いてるで!オレはこいつに足かじられてんねん」

「腹の肉かじってくれたらちょっとはカッコ良くなるのになぁ」

「ふん!ほっといて。お前も早よ生贄になって見たらええねん。もう楽しいで!見てる間にこいつの売れへん商品が店先から消えてゆくねん。なんか人気でも出たかのように無くなって行くその光景は凄いで〜!怖いぐらいや」

「お〜怖!光景より財布が軽なるのが怖いわ!」

「そう言うと思たわ」

「何言うてますねん。あんまり損させやんように小さく小刻みに納品してます。お客が喜んでくれたらきっと年間通して利益が出ます」

「やっぱり自覚あるんや。この根性ただやないなぁ」

「この人近江商人やさかい。すごいなぁと感心するわ。オレは、君の言う事信じる!だから30円にしてや。200箱買うから。どうや?」

「60円で買うて言うてるやん」

「やっぱり、勝てんなぁ」

「買うてくれるんか?」

「諦めて逃げ帰るわ。生贄になる前に」


「辛い思いしたなぁ。コーヒー奢るわ。ここにある自販機やけど」

「ありがとう。本当やったらこう言う時はもっと上等のコーヒーになるのと違うか?」

「いや〜!時間無いやん。これやったらすぐ飲める。早い、安い。そうやろう」

「ほんなら、そうやなぁ。この一番高いのんをもらおうか」

「あ〜ぁ、ナンボでも高いのん奢るわ」

「あ〜ぁ、200円もせえへんのに、そんなに偉そうに言わんでも」

「えっ!詐欺師のさ〜ちゃん、飲むんかいな?30円にもせんといて、200円を笑いますか?」

「キツイなぁ。友達やん。ここはオレにも奢るところとちゃいますか?」

「しゃ〜無いなぁ。今日の所は負けとこか」

「ほな!60円でいっとこか?」

「アホか!30円や、30円」

「鬼やなぁ。キツすぎるわ」

「自販機のコーヒー飲んどいて、奢らせて文句言うとるわ。知らん人が聞いたらオレ悪者と思われるやん。30円にしてもらわんとアカンなぁ」

「ほんまやなぁ」

急によそ向いたと思ったら、「おっ、木村さ〜ん!久しぶり!」と叫んだかと思ったらどこに駆け出した。

「おい!」

声をかけるも走り去る。


「チッ!逃げやがったか。30円にさしたろうと思てたのに」

「やっぱりあんたが一番悪やなぁ」

「何言うてんねん。もうちょっとで君、生贄になるとこを助けてやったのに」

「ほんで自分だけ30円で買うつもりやたんやろ」

「何言うてんねん30円で買うたら、ちゃんと君に教えたるがな」

「やっぱり友達やなぁ」

「そらそうやがな。50円にしてもろうたってな。他の奴には内緒やで、とな」



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