第30話 笑顔で! はいチーズ!

 最後の一週間、それはあっという間に過ぎていった。面識もあまりない三年生たちを送る卒業式もあったが、結果的に言えばほぼ毎日下校時間は早く、理人が蛍と過ごす時間も日に日に増えていった。

「明日……終業式だね」

 四限で学校は終わって、今一番高い太陽に暖かさを感じながら二人は歩いていた。顔の半分が日に照らされて輝いて見える。直接付き合った時間は普通のカップルにしてはとても短かっただろうが、お互いを想う質は他のカップルにも負けてない。

「明日が終われば荷造りして来週の初めにはもう向こうだ。転校の手続きとかは済ませてるけど、まあしばらくの間は忙しくなるな」

 やけに淡白な理人の様子を蛍は寂しそうに見つめる。


「なんかそういう所馬鹿だよね、理人は」

「ん?」

「私は理人と会えなくなって寂しいよ」

 まさに暗に理人が何も思ってないようじゃないか。理人も少し不満そうな顔をあらわにする。寂しく思ってないなんて全くの逆だ。"強がり"というのが今の理人の様子を表すにはぴったりの言葉だ。でも、それを少しでも出せば一気にあふれてしまいそうだ。理人はまた"強がって"蛍の目を見据えて彼女の頭に手を置く。

「俺も寂しいに決まってる」

 二人の身長差の都合上、こうすると理人の手の位置に蛍の頭がちょうどいい具合にある。ここ数日の間でことあるごとにこうするのが理人の間でかすかな流行になっていた。それに何より、この行為はいい塩梅に二人の関係が進んでいるとお互い感じることが出来る。

「なんかずるいなあ」

 蛍は目線を外しながらそう言った。理人が明らかに自分の前で感情を抑えようとしているのは見て取れた。しかしそれが二人の間を引き裂いたり、喧嘩を起こしたりする要因にはならない。なぜなら彼はそういう性格だからだ。


「じゃあ、また後でね」

 マンションのエレベータ―で蛍は笑顔を浮かべて帰っていった。

 

 

「~であり、~は、今後も~」

 終業式は特に背中の肉と足がしびれて痛くなる。理人はその痛みを紛らわすため少し違うことを考えていた。これから荷造り等で忙しくなることは確定している。家の中は既に少し殺風景になっているがそれでもやることは山積みだ。

 それに蛍のこともある。向こうに行く前にもっと彼女の色々なことを知りたい。例えば彼女に兄弟や姉妹がいないことは知っているが、両親がどんな人物なのかということは全く知らない。知っていることが増えていくほど知らないことがそれ以上のスピードで増えていく。このモヤモヤとした気持ちも恋愛の楽しさなのだろうが、二人の場合は直接会える時間が他人より圧倒的に少ないことからモヤモヤのままだ。

「これで三学期終業式を終わります」

 ボーっと考えて、知らないうちに式が終わってしまった。ホームルームを経て一時間後には最後の部活をやって理人の高校生活は一度終わる。理人は体育館をぐるりと見まわして何となく感傷に浸っる。


 一年間、幾度も通ってきたドアをくぐりぬける。いつも通り、いるのは二人の先輩。

「お疲れさまー」

「お疲れ様です」

 川原先輩が一瞬理人の方に視線を向けて言葉を交わす。河本先輩も「よ」と一言言葉を向けてくる。二人は付き合うことになったらしいが、二人の間にそんな甘い空気は中々流れていない。もしかしたら陰でイチャイチャしてるのかもしれないが、付き合う前と後で部活での雰囲気が変わったとは感じない。しいて言うならば河本先輩が少し理人に対してフレンドリーになっただろうか。

「理人君、今日で最後だよね。さびしいな」

 部活は普通の授業より明らかに少ないので転校の話が出るのも必然的に少なかった。だから川原先輩が転校のことについて話すのは何だか新鮮で違った感覚がある。

 「ホントです」

 10ヶ月くらい前に入った放送部。まず器具の使い方を覚えることから始めた。器具のいじり方自体はすぐ覚えたが時折変に触ってしまわないかと不安になったこともあった。そんな理人ももう立派に他人に教えられるレベルには熟知している。だが、それは出来ず終いだ。

 「ねえ、最後に放送部で集合写真撮ろうよ」

 川原先輩が2人に向かってそう切り出す。

 「え? でもスマホ――」

 「どうせ先生も来ないからいいだろ。はい、カメラ起動した」

 理人の学校の校則によると学校敷地内でのスマホの使用は全面禁止となっている。それでも理人に有無を言わさず、2人が準備し始める。もしかして事前に口裏を合わせていたのだろうか。

 河本先輩と川原先輩が座った体制のままくっつき、河本先輩が二人の間に理人を入れる。内カメに写った3人。2人はもう撮る気満々だ。理人は流れが突然過ぎてまだ少し戸惑っている。

 「じゃあ、はいチーズ」

 腰を浮かせた少し辛い体制でシャッターが切られた。カシャっと言う機械音が妙な耳に響く。

 「理人くん、もっと笑顔で行こ」

 右にいる川原先輩が場を盛り上げようと少しテンション高めにそう言う。河本先輩も露骨にテンションが上がることは無いが、それでも理人に何かを促しているようだ。

 「もう一回行くぞ」

 理人は取り敢えず校則のこととかそういう堅苦しいことは置いておくことにした。まあ確かにクラスの奴でも触っているやつはいるし、それに最後の記念だしとやかく言うものでもない。

 「はいチーズ」

 すぐ後、河本先輩から送ってもらった写真にはピースで笑顔の3人が写っていた。

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